後悔
寝椅子に近づくと、どすんと腰を落とした。がっくりと項垂れ、頭を抱える。
怖れていたことが現実に起きてしまった。
自分は〝ロスト〟したのだ!
二郎の分身は、仮想現実に置き去りにされ、立ち往生している。
もう、取り返しはつかない。
なぜこんな事態に?
原因は、はっきりしている。自分が作り出したプログラムに〝バグ〟があったのだ!
二郎のプログラム、それは仮想現実構築支援ソフト【パンドラ】である。誰でも仮想現実世界を簡単に構築できるソフトウエアで、二郎は完成直後に、まず自分の仮想現実を作り出そうと試みたのだ。
仮想現実装置が普及して数年が経つが、肝心の仮想現実の中身といえば、大企業による寡占により、毒にも薬にもならない面白みのない世界ばかりだった。何しろ仮想現実世界を構築するには、専門のプログラマーが大量に必要で、個人では不可能とされていたのだ。それに二郎は不満を感じ、現状を何とかしたくて、独力で、個人で仮想現実を構築できるソフトウエア【パンドラ】を開発したのだ。
ぎゅっと二郎は拳を握りしめた。
なんとしても【パンドラ】のバグは大至急、修正しなくてはならぬ! 二郎には、すでにバグの原因である仮説があった。
しかし【パンドラ】が最初に作り出した〝世界〟には、そのバグが残されたままだ。オリジナルのプログラムのバグは修正できるであろうが、失敗作である最初の〝世界〟のバグは、どうにも修正不可能だ。
もし、修正しに再度仮想現実に接続しても、また帰還できなくなって、同じことの繰り返しになる可能性が確実に大きい。
身を絞られるような後悔に、二郎は深々と頭を垂れていた。