観客
言われてタバサは、改めて会場を見回す。
丸い天井、観客席は一階の一般席と、二階、三階と桟敷席が取り囲む。複雑な彫刻が施された柱に、天井からは豪華なシャンデリアが垂れ下がっていた。クラシックな、会場であるという印象の他は、何も訴えてくるものはなかった。
「別に……」
「観客席さ。いったい、収容人数はどのくらいだろうな」
二郎の言葉に、タバサはざっと見当をつける。
「そうね……五百人も入れば、一杯かしら」
「外に何人、入場を待っていたと思う? 少なくとも、五千人はいたろうな」
タバサは目を丸くした。
「どういうこと?」
「この会場に、たとえば全世界の人間が集まったとしても、平気だと言えば信じるかな?」
二郎の目が悪戯っぽく、笑っている。タバサは無言で頭を振った。
「ここが仮想空間だということを忘れちゃ駄目だな。辺りにいる他の観客は、言ってみれば、幻影だ。本当の観客じゃないんだ」
「じゃ、本当の客は、あたしたち二人きりなの?」
二郎は苛立たしげな表情になる。
「違うと言ったろう? ここには数千人の客がいるが、おれたちには仮想空間が見せてくれる象徴的な意味での観客しか見えていない、ということさ。他にいる観客たちにとっても、同じさ。単に、沢山いる観客というイメージだけが展開されている」
タバサはくらくらするような眩暈を感じる。まったく仮想現実ってのは……!
二郎が呟く。
「始まるぞ……」
タバサは慌てて舞台に目をやった。