雑踏
劇場入口は殺到する観客たちで、芋を洗うがごとくの混雑を見せている。
派手な金モールの飾りをつけた警備員が、声を枯らして観客たちに整然と入場するよう叫んでいる。
が、一瞬でも早く場内に入りたい観衆にとっては、馬の耳に念仏で、後から後から入口に押しかける。
「押さないで! まだ時間はありますよ! 転んで怪我をする怖れがあります。どうか、押さないで!」
顔一杯に汗を掻き、両手を振り回す警備員だったが、まるで観衆には届いていない。
二郎とタバサの二人は、押しかける観衆の混雑に紛れ、会場へと押し流されるように運ばれていく。押し合いへし合いの混乱から、二郎はぐいぐいと力強く抜け出し、タバサの腕を掴んで会場の中央部分へと案内していく。
ぽかんと、真空地帯のように、お誂え向きに二つの空席が見つかった。慌てて座り込むタバサの隣に、ゆっくりと二郎が腰を降ろしてくる。
「運が良かったわね。ちょうど席が空いていて」
「まあな」と短く答える二郎の片頬に、皮肉そうな笑みが浮かんでいるのを見て、タバサは顎を引いた。
「なによ……。また裏技?」
「違う。慌てる必要はなかった、と言いたいのさ。周りを良く見て、何か気付かないか?」