裏技
「え、ええ……」
訳が判らず、タバサは恐る恐る踏み込んだ。
床には柔らかなカーペットが敷き詰められ、壁には公演予定のポスターが幾枚も貼られている。確かに、劇場の内部のようだ。長い廊下のあちこちに、木のベンチが置かれ、天井からは黄色いランプが点々と柔らかな光を灯している。
がちゃり、ともう一度音を立て、二郎はドアを閉める。途端にドアが壁に溶け込むように消えていく。あとには白い漆喰の壁が残っているだけである。
「な、なんなのよ……。これって、魔法?」
「違うな」
二郎は首を振った。
「おれは【パンドラ】の開発者だと言ったろう? 従って【パンドラ】を使って作成された〝世界〟では、色々な裏技が使えるのさ。ティンカーに命じて、劇場の壁に入口を作らせたのも、裏技の一つだ。結構、便利だろ?」
得意そうに、二郎は軽薄な笑みを浮かべる。
タバサは目を細めた。
「ふうん……。あんた、確か、電脳盗賊って名乗ったわね……。なーるほど、これなら腕利きの盗賊になれるわ!」
二郎は「へっ!」と肩を竦めて見せる。
「そりゃな。だけど、盗賊になるために【パンドラ】を開発したわけじゃない! さあ、ともかく皇女さまの公演とやらを見物しに行こうじゃないか!」
悠然と、二郎はタバサの腕に自分の腕を絡ませた。大人しく二郎に案内されながら、タバサは、これから始まる冒険の予感に密かに胸をときめかせた。