伍長
「大丈夫だったら!」
エミリーは黙り込んだタークの背中を気安く叩いた。
その時、部屋のドアが、どんどんと勢いよく叩かれた。
「どなた?」とエミリーが声を掛けると、ドアの向こうから喚くような一本調子の声が応える。
「帝国軍第一連隊所属伝令の、バルク伍長であります! ご報告にまいりました!」
「お入りになって」
エミリーの声に「はっ! 失礼します!」と返答があり、ドアが叩きつけられるように開かれた。ドアの向こうには、頬を真っ赤に染めた陸軍下士官がしゃっちこばって立っている。直立不動のまま、さっと敬礼をすると、叫ぶように報告をする。
「わが帝国第一連隊は、本日完全に配備を完了! 水も漏らさぬ態勢で、国立蒸汽劇場の警備に着いております! どうかエミリー皇女さまにあられましては、全幅の信頼を置かれたいと、連隊長のお言葉であります!」
こちこちに緊張している伍長は、声の加減ができず、あらん限りの声を張り上げる。
首相のタークは、思わず両耳を手で塞いでいた。やっと伍長が報告を終えたので、タークは叱り付けた。
「伍長! ここは演習場の野っ原ではないのだぞ! もう少し、声を抑えるとか、考えろ。鼓膜が破れる!」
「はっ! 申し訳ありません!」
詫びる伍長の言葉は、さらに大声になった。窓ガラスがビリビリと震動する。
エミリーは気の毒そうな表情になると、優しい笑顔を伍長に向けた。
「まあ、伍長さん。気にすることないのよ。わたくしが感謝していた、と連隊長さんに伝えて下さいな」
エミリーの言葉に伍長は感激して、もう一度、口を開きそうになった。だが、タークが睨みつけると慌てて口を噤み、さっと敬礼をして回れ右をして退出した。
伍長の背中を見送り、エミリーはタークに顔を向けた。
「さあ、そろそろ開演の時間よ! 遅れると、お客さまに悪いわ。まいりましょう!」
「はあ」と生返事をして、タークは重い腰を上げた。