控え室
続々と詰め掛ける観衆を見て、皇女エミリーは満足そうな笑みを浮かべた。
今日、開催される演目〝蒸汽よ永遠なれ!〟のメイクを施しているので、いつもよりさらに美しさに磨きが掛かっている。
国立蒸汽劇場の二階にある、控え室の窓から広場を覗き込んで、エミリーは傍らのターク首相に言葉を投げかける。
「この前の公演より、ずっと沢山の人が来てくれたわ! 大成功は、約束されたようなものね?」
「左様で御座います」と返事をするタークは、内心の不安を顔に出さないよう努力していた。
だが、エミリーは瞬時に気付いたようだ。
「どうしたの?」と、エミリーの形のいい眉が微かに寄せられる。
タークは疑念を隠すことを諦めた。
「心配なので御座いますよ、エミリーさま」
エミリーは、わざとらしく、開けっぴろげな笑みを浮かべる。
「この前の曲者の言葉ね! ターク首相って、本当に心配性なのね。大丈夫よ。もしもの事態を考えて、警備は厳重にしているし、王宮では帝国軍がすぐに駆けつけられるよう、待機しているわ」
「それは確かに、そうで御座いますが……」
タークは口篭る。
【ロスト・ワールド】の噂は、この【蒸汽帝国】でも色々と耳にしている。
仮想現実の初期に【パンドラ】が無数の〝世界〟を産み出す最初期に誕生したと言われている【ロスト・ワールド】は、どこの〝世界〟にも通じていない孤立した〝世界〟であったという。本来なら、そのような〝世界〟は〝ハビタット〟の注入がなされないまま、消滅してしまう運命にあるはずなのだ。
ところが、それが大違いだった。
なんと【ロスト・ワールド】は、他の〝世界〟に綻びを作り出し、一目ちらっと見た程度では判然としない罠を作り出していると言う。
それらの罠に気付かず、うっかり【ロスト・ワールド】に迷い込んだが最後、もう元の〝世界〟には戻れず、永遠に囚われてしまうそうな。仮想現実に接続して七十二時間の期限が来ると、プレイヤーは分身を【ロスト・ワールド】に残したまま〝ロスト〟してしまうのだ。