不安
エミリーは頑固そうに頭を振った。
「わたくし、絶対に、この公演を中止することなど致しませんからね!」
言い放つと、足早に壁の通話装置に駆け寄り、送受口に向かって叫ぶ。
「衛兵! 衛兵! 何をしているの? 曲者が現れました! すぐ逮捕なさい!」
エミリーの通報に、すぐ反応があった。扉の向こうから、ばたばたという数人の足音が近づいてくる。
二郎は「まいったな」と呟くと、頭を掻いた。
「それじゃ、一応、警告はしたからな。では、ご無事で……」
軽く山高帽の鐔に手を掛け、会釈をすると、すっと二郎は後じさる。
そのとき、ばあーんっ! と派手な音を立て、執務室の扉が開け放たれた。どどっと、数人の衛兵が雪崩れ込んでくる。
「皇女さま! 曲者は?」
「そっちです!」
皇女の指さした方向を見て、衛兵たちは「あっ」と小さく叫んだ。
なんと、執務室の壁に二郎の身体が溶け込んでしまっている。背中が、足が壁にめり込み、遂には首だけが壁から突き出している。
二郎は、にやりと笑うと、そのまま壁の中へと消えていった。後には痕跡すら、残さない。
慌てて衛兵たちは壁に殺到した。目を皿のようにして、壁に何か隙間がないか、仕掛けがないかと探り回る。だが、虚しい作業であった。
「皇女さま! 壁は、まったく異常なしです。あやつは、どこへ?」
一人が振り返り、叫ぶ。皇女は、ぽっかりと目を見開いたまま、力なく首を振った。
「何が起きたのでしょう?」
首相を見つめるが、タークもまた何が起きたのか、さっぱり判らないことでは同じであった。唇を湿し、首相は皇女に話しかける。
「皇女さま……公演は、やはり……?」
皇女は強く首を振る。
「いいえ! 何としても、公演は行います! 盗賊などに脅され中止など、わたくしが許しません!」
首相は、微かに肩を落とした。
「左様ですか……」
ふと顔を手で撫で上げ、手の平が冷や汗にべったりと濡れていることに気付く。
不安が込み上げる。