懇願
エミリーの呟きに、首相は大きく頷いて見せた。
「成功なさいますとも! これまで皇女様が参加なされた公演は、悉く大成功でした。劇場に入れなかった不運な市民たちは、公演を記録した蒸汽映画を、今でも何度も見返しておりますわい」
首相の言葉に、エミリーは悪戯っぽい笑顔を見せた。
「ねえ、タークさん。いつか……いいえ、今度という今度は、あなたにお願いしたことを実行して頂けませんの?」
エミリーの口調に、何を悟ったのか、ターク首相はぎくりとした表情になった。
「と仰いますと?」
「あたくしとの共演ですわ! あなたが一緒に出演して貰えれば、とっても素敵だと思いますわ! ね、今度こそお願い。あなたにぴったりの役どころが御座いますのよ!」
首相の眉が上がり、単眼鏡がぽとりと落ちた。それを無意識に片手で受け止め、首相はぽかんと口を開け、ぶるぶるっ、と顔を振る。頬の肉が、たぷたぷと波打った。
「御免蒙ります! 我輩、心臓が弱くて……あんな沢山の観客の前に出たら、一発で止まってしまいますわい!」
エミリーは小走りに首相の側に近寄り、縋り付くような姿勢になった。
「ねえ、お願い……タークさん。うん、と仰って!」
「いいえ! 断固、お断りします! 絶対に、金輪際、天地が裂けようと、海が二つに割れようとも、不肖このターク、舞台に上がることだけは絶対に……」
「お願い……!」
何度も拒否の言葉を口にするターク首相であったが、敗北は確定的であった。
エミリーの懇願を敢然と退けるのは、そう簡単なことではなかった。