鉄路
個室に向かい合わせに座ると、すぐ汽車は走り出した。
ぽおーっ、という汽笛の音がして、がったんと大きく揺れて汽車は走り出す。
ごとん、ごとんという鉄路の響きが、すぐたたたん、たたたん……というリズミカルな震動に変わる。ようやく落ち着いたタバサは、物珍しげに窓の外を見やった。
平坦な田園地帯が続き、ときおり絵葉書にありそうな、ちんまりとしたヨーロッパ風の農家が遠くに見えている。農家の庭先には、赤ら顔の農婦が、物干しに洗濯物を乾かしているのが見えた。
「あれも、ここの住民なの?」
二郎は首を振った。
「いや、あれは繰り返しの背景なんだ。〝シティ〟に向かうプレイヤーたちに、ここが十九世紀であると思わせるための演出でね。実際、この列車からは、到着するまで外へ出ることは絶対できない」
「良くできているわね……」
タバサは溜息をついた。二郎に視線を戻し、尋ねる。
「それで【蒸汽帝国】って、どんな〝世界〟なの? どうして最大、最古の〝世界〟になれたの?」
二郎は手を上げた。
「やれやれ、質問攻めだな!」
タバサはしゅん、となった。二郎は「仕方ない」とばかりに肩を竦め、説明を始めた。
「もともと【蒸汽帝国】は、三つの〝世界〟が合わさったものなんだ。一つは鉄道マニアが作った〝世界〟。一つはミュージカルの愛好者、もう一つが、十九世紀末の英国の生活に憧れる同好の士で作った〝世界〟でね。その三つの〝世界〟が一つに統合したから、最初から、かなりの規模だった。RPGの愛好者も参加したから、あそこでは魔法が使用されている」
「魔法!」
最後の二郎の言葉に、タバサは飛びついた。
「魔法が使えるの! あたしでも?」
二郎は、微かに首を振った。
「君の考える魔法とは、少し違うな。向こうでは魔法という名前は使っていない。単に蒸汽の驚異、という表現になっている」
首を捻るタバサに、二郎は付け加えた。
「ともかく、呪文を使ってどうのこうの、といった類の魔法じゃないことは確かだ。ま、行けば判るさ」
ちら、と窓の外に視線を向け、二郎は指先を上げた。
「ほーら、見えてきたぞ」
遠景に【蒸汽帝国】が見えてくる。