回答
「タバサよ、それに、ゲルダ」
声にタバサは顔を上げた。
【裁定者】はタバサとゲルダに視線を向け、莞爾とした笑みを浮かべていた。
「タバサ、お前は初めての冒険に、十分な働きを果たした。もう、お前は初心者などではないな。どうだね、仮想現実というのは、お前の期待通りだったかな?」
タバサは仄かな満足感を感じていた。
「ええ」
頷いた。
「期待通り……いや、想像以上でした!」
ふと、ゲルダを見る。ゲルダは肩を落とし、全身から何か力が抜けてしまったようだ。顔には緊張感が、欠片も見受けられない。
「そこのゲルダというプレイヤーは、シャドウにより悪意ある洗脳を受けているが、もう治癒されている。すでにゲルダは、本来の自分に戻っている。さて、ゲルダ。何か忘れてはいないかな?」
【裁定者】に呼びかけられ、ゲルダは「はっ」と顔を上げた。
そろそろと胸のポケットに手を伸ばし、修正ディスクを取り出す。ディスクをタバサに向け、口を開いた。
「これを……。返すわ……。あたし、もう帰らなきゃ……」
タバサがディスクを受け取ると、ゲルダは目を閉じた。ゲルダの姿が薄れていき、消えていった。現実世界で、本来の自分が目覚めたのだ。それを見て、タバサは思い出した。
自分の時間も、もう残り少ない。しかし、二郎は?
タバサは地下室の真ん中に目をやった。あの辺りに、二郎とシャドウがいたはずだが。
いた!
しかし立っていたのは、たった一人。二郎だろうか、それとも、シャドウ?
「二郎?」
タバサは、おずおずと声を掛ける。
人物は、ゆっくりと右顔を向けた。
真っ白な髪の毛、真っ黒な艶のない皮膚。
シャドウだ!
遂に人物はタバサに全身を向けた。タバサの顎が、だらんと垂れ下がった。
「あんた、誰?」
「おれは……」
人物は唇を開く。自分の名前を告げようとするのだが、その顔に当惑が浮かぶ。
「おれは二郎? いや、シャドウだ! 違う! おれは、おれは……」
人物は手で顔を覆う。ぶるぶると震える両手が下ろされる。
そこには奇妙な人物が立っていた。
右半分はシャドウである。真っ黒な皮膚に、真っ白な雪のような髪の毛。
しかし、左半分は二郎のものだ。顔の真ん中で、二つの顔がぴたりと合わさっていた。
「このプレイヤーは、客家二郎であり、シャドウである。両方の記憶を持っているのだ! 我が一大方便により、二つの人格を合わせ、一つにした。もはやシャドウの憎しみも、二郎の悔恨も消え去った! さあ、全員、現実世界に戻りなさい」
巨人の大音声が、その場を支配していた。巨人の背後から、金色の光が現れ、全体に満ちていく。光を浴び、タバサは目を閉じていた。
──強制切断まで、あと十秒……。
時を告げる声が単調に響いていた。