手詰まり
はあっ、はあっと肩で息をして、二郎とシャドウは睨みあっている。
戦いは決着がつかず、疲労だけが二人の身体に重く圧し掛かっている。文字通りの手詰まりに陥っていた。ゆっくりと顔を挙げ、シャドウが話しかけてくる。
「どうした二郎……。もう、お終いか?」
二郎は低く唸ると、答える。
「お前こそ。おれを殺すつもりじゃなかったのか?」
シャドウは「はっ」と肩を竦めた。
「当たり前だ! 【ロスト・ワールド】には、創造者は一人しかいらないからな。【パンドラ】を制するのは、おれか、お前か、どっちしかいない」
ちら、と二郎は睨み合っているタバサとゲルダを見る。視線をシャドウに戻し、皮肉たっぷりに話し掛けた。
「あっちも立ち往生しているみたいだぜ。あんたのゲルダには武器がない。タバサはそのゲルダを殺すほどの残酷さはない。なあ、いい加減に諦めて、修正ディスクを渡して【ロスト・ワールド】を正常化しないか? それで、お前に何の損がある? 仮想現実全ての征服など、馬鹿らしいとは思わないか。それより、正常化した【ロスト・ワールド】から飛び出して、全〝世界〟に居場所を探す努力をしたほうが利口だし、楽だぜ」
シャドウは怒りの表情を浮かべた。
「お前には判らない!」
指を突きつけ、叫んでいた。
「おれが〝ロスト〟したときの、あの絶望感! そりゃ【パンドラ】のプログラムのバグなら、おれだって修正できた! しかし、修正したところで、何の変わりがある? おれが現実世界に一生戻れないことは、はっきりしている。ぬくぬくと現実世界に戻っているお前を、こっちから指を咥えて眺めているだけしかないおれは、どうなる? これは、おれの復讐だ。プログラムのバグを見逃したお前、つまりは、かつてのおれに対する復讐なんだ!」
二郎は片頬に苦い笑いを浮かべた。
「自分の誤りを指摘されるほど、辛いことはないな。しかも、その誤りを指摘するのが他人ではなく、他ならぬ自分とは!」
喋りながら二郎は微かな疑念を感じていた。まるでシャドウは話を引き伸ばしているかのようだった。
待っている。
シャドウは何かを待ち続けている。
何を?
不意に、シャドウの狙いに思い当たり、二郎は愕然となった。
「シャドウ……お前!」
ニタリと、シャドウは笑いを浮かべた。
「やっと気付いたか! しかし、もう、遅い!」
さっと〝門〟に続く階段を指さす。
「二郎! 我が【ロスト・ワールド】の〝門〟は、すでに【蒸汽帝国】を通じて【大中央駅】と繋がったぞ! もう、全ての〝世界〟は【ロスト・ワールド】の支配下にある!」