パイ投げ合戦
渋面を作るガントを見て、晴彦は大袈裟に声もなく笑い転げている。ガントの顔を指差し、身体を折り曲げ、腹を抱え笑う。
ガントは立ち上がった。顔には、怖ろしいほどの怒りが湧き上がっている。
「撃て! 何をしているか!」
ガントの命令に、兵士たちは「はっ」と我に返って銃を構える。
銃爪を一斉に引いた!
ぽん! ぽぽぽぽん! ぽん!
銃口から白い蒸汽が噴き出し、何かが晴彦を目掛けて飛び出した。
びしゃっ! びしゃっ!
銃口から飛び出したのは、やはり真っ白なパイだった。
晴彦の全身は、たちまち真っ白なパイに埋まっていた。晴彦はもったいぶった仕草で、顔にへばり付いたパイを拭うと、かっと大口を開けた笑いを浮かべ、身に纏ったコートの前を開いた。
途端に、コートの前から、どどーっと大量のパイが零れ落ちる。
どさどさどさ……! と、まだまだ放出は止まらない。たちまち晴彦の目の前に、パイの山ができていた。
晴彦はパイを一つ掴むと、えいやっとばかりに蒸汽軍兵士たちの真ん中に投げつける。
びしゃっ!
一人の兵士の顔面が、パイに覆われる。呆然と顔面のパイを拭った兵士は、隣の仲間の顔を見た。仲間は笑いを必死に、押し殺しているが、口元にはニンマリとした笑みが浮かんでいる。
「野郎!」
投げつけられた兵士は怒りの表情になり、銃を構え、銃爪を引いた。
すぽーんっ!
それが切っ掛けに、蒸汽軍兵士たちは次々と蒸汽銃の銃口から、パイを晴彦を目掛けて浴びせかける。ガントもまた、蒸汽銃を撃ちまくり、次々と白いパイを打ち出していた。
すでに全員の頭から、シャドウのことも、【ロスト・ワールド】のことも、綺麗さっぱり跡形もなく吹き飛んでいるようだ。
「こうしてはおられんぞ!」
玄之丞は叫んでいた。
「晴彦の奴、【スラップ・スティック・タウン】をこの【ロスト・ワールド】に再現する能力を獲得したらしい!」
一気に喋り終わると、ぴょんとその場で飛び上がり、空中で両踵を打ち合わせた。
「【スラップ・スティック・タウン】のプレイヤーとして、パイ投げ合戦に参加せぬとは、吾輩の名折れになる!」
喚くと、猛然と晴彦のところへ駆け寄っていく。それを見た知里夫も「あっ」と叫んでいた。叫んだと同時に駆け出している。
真葛三兄弟と、蒸汽軍兵士によるパイ投げ対決が始まった!