武器
晴彦は蒸汽軍の真ん前に、両手をだらりと垂らし、無造作に立っている。顔には、相変わらず笑顔が張り付いていた。
ガントは怒声を上げた。
「そこをどけ! どかんと、轢き殺すぞ!」
晴彦は何も聞こえなかったかのように、案山子のようにただ立ち尽くしているだけだ。
「うぬぬぬぬ!」とガントは唸り声を上げた。
部下が「どうします?」とガントの顔を窺っている。ガントは唇を噛みしめた。
「敵か、味方か? しかし、こんなところに馬鹿のように突っ立っているところを見ると、味方とは思えん! 銃、構えーっ!」
ガントの号令に、蒸汽軍兵士の全員が晴彦一人に銃口の狙いをつけた。
晴彦は、まるで怖れる様子もなく、コートの懐に手を入れる。それを見て、ガントは口を一杯に開き、叫んでいた。
「奴は何か武器を持っているぞ! 撃て! 撃ちまくれ!」
兵士たちの指が銃爪に掛かったのが先か、あるいは懐に手を入れた晴彦の動きが早かったのか?
びしゃっ! と、何かがガントの顔を直撃していた。
ガントは「わっ」と叫ぶと、車の上で引っくり返っていた。兵士たちは、ぎょっと、ガント元帥を見た。
ガントは、すぐ起き上がってきた。
その顔にべっとりと、何か真っ白なものが貼り付いている。べとべととした柔らかい質感で、ぼたぼたと白い粘液がガントの厚い胸板に毀れていた。
ガントは手を挙げ、顔にこびり付く何かを拭った。
パイだった。
ガントの顔を目掛け、晴彦は特大パイを投げつけたのである。