感覚
足音に気付いたのか、ゲルダは「はっ」と視線を戻した。
さっと、手にした武器を構える。
武器は、片手に青竜刀、もう片方にはヌンチャクである。
ヌンチャクのほうは、腰のベルトに捻じ込み、両手で青竜刀を持ち上げる。
青竜刀は見るからに重そうなのに、ゲルダは軽々と扱っている。
ゲルダの顔が、戦いへの期待に輝く。両手で青竜刀を頭の上へ持ち上げると、無造作に突っ込んでくるタバサの頭に振り下ろす。
そのままでは、タバサの頭は青竜刀で真っ二つ! タバサの心臓が恐怖で縮み上がる。
その時、奇妙な現象が起きた。なんと、目の前のゲルダの動きが、のろのろとしたものになっていくではないか。
明るさが暗くなり、周りの物音が低く籠もったような音に変わる。
スローモーションだ……。
何が起きたのか、さっぱり判らず、タバサはぼうっ、とゲルダの動きを眺めていた。じりじりと蝸牛が這うような遅さで、ゲルダの握る青竜刀の刀身が迫ってくる。
ああ、逃げなきゃ……と、タバサは、ぼんやりと考えていた。自分の思考も、同じように粘っこく、低速になっているようだ。
ぐぐっと迫ってくる刀身を避けるため、全力で身体を捻じる。全身の力を込めているのに、まるで糖蜜の中にもがいているかのように、徐々に、徐々にしか動けない。
それでもタバサの身体は、ゆっくりとだが、着実にゲルダの刀身から逸れていく。ぎりぎりのところで、躱すことができた!
がつん! と不意に青竜刀の切っ先が床に食い込む音が響く。途端に、辺りの風景も元に戻り、音も普通に聞こえるようになった。
ゲルダの顔が驚愕に歪んでいた。信じられないという顔つきである。
しかし、ゲルダは再び青竜刀を持ち上げた。今度は、タバサの腰を狙って、横殴りに振り回す。ゲルダの切り返しは素早く、タバサには、避けることなど完全に不可能である。
ぐっと腹筋に力を込め、背筋を反らし、仰向けになる。その時、再びあの感覚が戻ってくる。回りの音が高音から低音に変わり、明かりが暗くなって、ゲルダの刃がスローモーションに見えてくる。今度もタバサは楽々と、ゲルダの青竜刀を避けられた。
目の前を青竜刀のばんびろの刃が通過した。ふわりと持ち上がった自分の髪の毛が数本、ぷちぷちと切断されるのをはっきりと見てとれる。