タバサ
唐突に、その場の空気の温度が下がったかのようだった。【ロスト・ワールド】という名称には、それだけ危険な印象がこびりついている。
少女は、ゆっくりと頷いた。
「知っている……。この仮想現実にリンクするとき、説明書にあったわ。決して【ロスト・ワールド】に立ち寄ってはいけない、って注意されていたわ。もしうっかり、迷い込んだら〝ロスト〟が起きて、あたしの分身が仮想現実に取り残されてしまうって」
「その【ロスト・ワールド】を作り出した張本人が、おれなんだ。おれは、なんとしてでも【ロスト・ワールド】を正常な状態に戻さねばならない。だが、一人では無理だ。だから仲間を探している」
二郎の言葉に少女はびくりと顔を上げた。
「あなたが? あなた、いったい誰なの?」
二郎は名乗りを上げた。
「おれは、客家二郎。【パンドラ】の開発者だ。仮想現実のプレイヤーなら、一度くらいは、おれの名前を聞いたことあるだろう」
少女は、がらりと態度を変えた。今までの用心深さをかなぐり捨て、興味津々といった表情になる。
「本当? あなたがそうなの? まさか、信じられないわ」
「信じられなくてもいい。ともかく、おれの案内が要るかね? おれは、この仮想現実が産声を上げた頃から多数の〝世界〟を渡り歩いている。おれが指導すれば、君は短期間で独り立ちできるようになるだろう」
少女はしばし、考えていた。
やがて少女の表情に、最初に見た悪戯っぽい笑いが浮かぶ。
右手を差し出し、口を開いた。
「いいわ! あたしは、タバサ。あんたの言うとおり、初心者だけど、この仮想現実であんたを先輩として付き合うわ!」
「おれは、客家二郎。二郎、と呼んでくれ」
二人は握手を交わした。