時間
ガントは大きく眉を上げ、続きを待ち受ける表情になる。
「もっと悪い? 何だ、それは?」
タークは押し殺した声を出した。
「【蒸汽帝国】からの追放だ! お前は二度と、この【蒸汽帝国】に足を踏み入れることを許されない!」
仮想現実の〝門〟に特定の「好ましからざる人物」設定をすることにより、立ち入りを遮断するのである。滅多に行われないが、現実世界では死刑に近い極刑であった。
だが、ガントの顔に浮かんだのは、抑え切れない笑いの衝動であった。唇が震え始め、大きな肩が波立つ。遂にガントは爆笑した。
「だーはっはっ! 追放か! これは面白い! 何年ぶりかで聞いた、極上の冗談だ!」
身を折り曲げ、顔を真っ赤にさせて「ひいひい、はあはあ!」と荒々しい呼吸で咳き込みながら笑っている。
太い腕を伸ばして、タークの肩を思い切り、ぶっ叩く。
勢いで、タークは軽々と吹っ飛び、兵士が慌てて転がるのを支えてくれた。
不意に真面目な表情に戻ると、ガントは両手を腰に当て、立ちはだかった。
「ターク! 今更そんな脅迫、無駄にも程がある! 皇女を救助できなければ、この【蒸汽帝国】の存在自体が、意義を失うのだぞ!」
よろよろと立ち上がったタークは、両目に思い切り怒りを込めてガントを見上げた。
「だったら、おれを連れて行け!」
ガントは「はあ?」と間抜け声を発し、ポカンとした顔になった。
タークは叫んだ。
「おれを同行させろ! こうなったら、王宮で待っているわけにはいかん!」
「むう……」
ガントは口をへの字に曲げた。じろり、と横目でタークを睨む。
「判った……。同行を許す」
低く呟いた。
「一緒に来い!」
タークは立ち尽くしていた。
ガントは大声を上げた。
「何をしている? 時間がないのだぞ!」
タークはガントの大声に、びくんと電流が走ったように全身を奮わせた。急ぎ足で車に戻るガントの後を追い、走り出す。
そっとタークは、ズボンのポケットを上から押さえた。
ポケットの中には、二郎から受け取った修正ディスクが入っている。
──時間がない……。
まさしく、ガントの言うとおりだ。今や皇女エミリーの、強制切断の時間が迫っているのだ!