行進
時間は少し過去に戻る。
二郎たちがシャドウの居城へ潜入するため待機していた頃、【蒸汽帝国】では、ガント元帥の命令により、帝国軍機動部隊が【ロスト・ワールド】攻略のため、続々と王宮前広場に集合していた。
「いよいよ、始まりやがったぜ!」
バルク伍長は嬉しげな声を上げた。今までシャドウとか名乗る怪人が設置した〝門〟を、ただボケっと馬鹿のように監視する任務を与えられていただけだった、これで意味のある行動に移れる!
伍長と同じ意見の者は帝国軍兵士たち、全員の総意でもあった。何しろ監視任務というのは退屈極まりなく、兵士たちの最も嫌うシチュエーションである。
「伍長殿。我々の装備は、これで宜しいのでしょうか?」
部下の初年兵が不安そうな顔つきで尋ねてきた。伍長は眉を上げ、話しかけてきた初年兵を見つめた。背後に同じ年度の兵士たちが、もじもじと決まり悪そうに待機している。
全員、帝国軍から与えられた蒸汽機関銃、蒸汽手榴弾、蒸汽突撃銃、蒸汽迫撃砲、蒸汽拳銃を装備している。伍長は快活な声を上げた。
「当たり前だ! 我が蒸汽軍は、全ての仮想現実で〝世界〟イチイイイイ……と! 訓練で教えられなかったのか?」
「はあ……」
初年兵たちは益々不安そうな声になる。
無理もない。なにしろ帝国軍が実戦を経験するのは、これが初めてなのだ。他の様々な戦場を舞台にした〝世界〟では、二十四時間休むことのない戦闘が続けられているが、【蒸汽帝国】の軍隊は、言ってみれば装飾である。
十九世紀末の英国をモデルにする際、最強の軍隊を保持するのは当然のことだったが、何しろ戦争する相手が存在しないのだ。
【蒸汽帝国】創立の頃、敵国も必要ではないかという意見が出たが、肝心の敵国人としてプレイする人間が誰もいなかったので、仕方なく諦めた経緯がある。
誰も悪役はやりたくなかった、ということだ。
しかし軍隊のパレードは市民の熱狂するところで、帝国軍は何か機会があれば、度々軍事パレードを開催して、磨き上げた装備、派手な軍装、一糸乱れぬ行進などを、市民の前で披露していた。今も、その成果が目の前を通り過ぎていく。