潜入
ごくり……と、タバサは唾を呑みこんだ。
ティンカーの発条仕掛けは回避できたが、今度は見るからに心細い貧弱な梯子を登らなくてはならない!恐る恐る梯子を掴み、登っていく。
下を見ちゃ駄目だ! 上だけを見るんだ!
自分に言い聞かせ、必死の思いで登っていく。膝は震え、梯子を掴む手の平には、じっとりと粘っこい汗が滲んだ。窓枠に手が掛かると、二郎がぐいっと腕を伸ばし、タバサの腰の辺りを掴んで持ち上げた。軽々と持ち上げられ、部屋の中へ転げ込んだ。
ふう……と、溜息が漏れる。
晴彦は、どうしたのだろう?
窓から覗き込むと、晴彦はさっさと梯子をコートに仕舞い込み、にっこりと空を見上げて笑い掛ける。今度はコートから、ボンベを取り出し、ゴム風船を膨らませている。ぷうーっ、とゴム風船が膨らむと、晴彦は風船に紐を巻きつけ、握りしめた。
そのまま、ふわふわと上昇していく。澄ました表情で登ってくると、ゆっくりと反動をつけ、窓枠に足をつけた。ぱっと指を離すと、風船はあっという間に上昇して、真っ赤な空に小さくなって消えていく。
「ずるいわよ! あんただけ楽して!」
タバサは晴彦を睨みつけた。晴彦は罪のない天真爛漫な笑顔になって、肩を竦めた。
「そう喚くな。気付かれるぞ!」
二郎が顔を顰め、割って入る。
タバサは慌てて口に手を当て、周りを見渡す。
潜入した部屋は、壁面と同じく、何の飾り気もない、がらんとした場所だった。家具一つすら、見当たらない。
「ここは、何の部屋?」
「知らん」
二郎は憮然と答える。まじまじとタバサが二郎を見ると、肩を竦めた。
「シャドウの居城は、外から眺めるだけだったからな。何しろ愚図愚図していたら、こっちが〝ロスト〟してしまうから、ここまで来たことは全然ないんだ。シャドウの奴、自分の住処を飾り立てる趣味はないと見える。まあ、おれ自身そんな趣味はないから、当たり前とはいえるな」
タバサは窓から顔を突き出した。
巨大化したシャドウが、ギャンのパレードの真ん中に飛び込み、暴れ回っている。パレードに加わっていたプレイヤーたちは、悲鳴を上げ、ただ逃げ惑っているだけだ。