梯子
二郎は聳え立つ灰色の壁面を見上げる。
のっぺりとして、何の装飾も施されていない壁面には、手がかり一つ見当たらない。侵入者を頑と拒んでいるようだった。
「どうやって潜入するの? また、ティンカーに入口を作らせるの?」
タバサが質問すると、二郎は短く首を振って答える。
「いや! あれは、ここでは使えない。シャドウは〝パンドラ〟の初期バージョンを保持しているから、プログラムの書き換えは瞬時にバレる」
二郎は壁面を見上げた。
壁にはところどころに窓があるが、壁面のかなり上のほうにあるため、手が届かない。壁には手がかり一つないため、登攀もできない。
またティンカーの発条仕掛けで飛び上がるつもりだろうか。あれは苦手だ。
タバサがそんなことを考えていると、やっぱり二郎はティンカーをポケットから飛び出させた。ティンカーはくるくると発条の形になって、待ち構えている。
と、晴彦が窓を見上げ、コートの前を開いた。
なにをするのだろう……と、タバサが見守っていると、晴彦はコートからするすると梯子を引き出す。
梯子は晴彦のコートからずんずん伸び、遂には十メートルほどになって、窓に達した。
「まあ、このほうが、少しは文明的ではあるな」
玄之丞は快活に宣言すると、素早く梯子に手を掛けた。するとゲルダが玄之丞を制し、首を振った。
「ここは、あたしが先に上るわ!」
真剣な表情になって梯子を登り始める。
程なく梯子の先端に達すると、窓に手を掛け、用心深く内部を覗き込んだ。手にはナイフを構えている。下を見て、頷いて見せた。
「大丈夫、誰もいない!」
小声で叫ぶ。二郎は肩を竦め、ティンカーを納める。
「まあ、こっちのほうが、安全かもな」
率先して梯子を上り始めた。玄之丞、知里夫と続いて登っていく。晴彦は梯子を支え、タバサの顔を見て合図した。