バルク伍長
バルク伍長は、そろそろ交代の時間だなと、ちらりと手首の蒸汽腕時計の上蓋を持ち上げ、文字盤を見つめ思った。
腕時計には超小型の蒸気エンジンが仕組まれている。
だから、耳に押し当てると、微かに「しゅっ、しゅっ!」というリズミカルなシリンダーの音が聞こえる。
王宮前広場に出現した、異様な渦巻きを見張るよう命令を受け、こうして日がな一日、直立不動で一般人が近寄らないよう見張っている。
伍長は不安な気持ちで、背後の渦巻きを見上げた。
渦巻きはゆっくりと旋回を続け、排水口に吸い込まれる水流のような、しかし遥かに巨大な規模で、広場の上空にしっかりと存在している。
真ん中には、真っ白い光を放つ階段が、渦巻きの中心に向かって伸びているのが見えた。
つい昨日、渦巻きを中心に起きた騒ぎは、はっきりと脳裏に焼きついている。
巨大な怪物のような「シャドウ」と名乗った怪人が、あろうことかエミリー皇女を腕に抱え、哄笑とともに消え去ったあの場面は、帝国軍兵士たち全員が目にしていた。
直後、奇妙な二人連れがターク首相に何か申し入れ、シャドウが立ち去った渦巻きに誰も近寄らないよう、厳戒態勢を敷くように命令が下ったのである。
てっきり、渦巻きに突入し、エミリー皇女を救出するものとバルク伍長は思っていた。
同じことを、連隊の総ての兵士は思っていたはずである。全軍に命令を下すガント元帥の、大量の苦虫を思い切り噛み潰したような不満顔は、今でも憶えている。ターク首相直々の命令だから仕方ないが、下士官以下の兵士は全員が不服であった。
もう一度、伍長は背後の渦巻きを見上げる。
やはり、変だ。