感覚遮断
エミリーが手足を投げ出し、床に横たわるのを見て、シャドウは、北叟笑んだ。
もうすぐだ……もうすぐ、エミリーはシャドウの言いなりの心理状態になる……。
シャドウの居城、最上階の一室に、エミリーは各辺十メートルの立方体の空間に閉じ込められていた。
壁は透明で、シャドウからはエミリーの姿がはっきりと見てとれる。
エミリーを囲む透明の壁は、ガラスではなく、空間を一時的に通行不可能な領域にさせた、シャドウ特性の檻である。
エミリーの視覚は、シャドウによって完全に遮断され、全く光を感じることはない。つまり、エミリーにとっては、光のない闇にいるのと同じである。しかし、シャドウには、エミリーの姿は完璧に見えている。
「この音を停めて……停めてよう……」
エミリーは虚ろな表情のまま、呟きを繰り返している。
音!
強制切断を知らせる警告音である!
エミリーは知らないのだ。もっとも、生まれてから以降ずっと仮想現実のみで生活していたのである。知らないのも無理はない。
やがて警告音は、残り時間を知らせる、秒読みに変わる。エミリーにとっては何が残り時間なのか判らないだけに、恐怖は一層ぐんと募るはずだ。
そうなったらいよいよ、シャドウがエミリーに語りかけるのだ。自分を信じよ、崇めよと。暗闇と、完全な静寂の中、聞こえてくるシャドウの声に、エミリーは絶対に抵抗できない。
これは「感覚遮断」と呼ばれる心理学の、洗脳手法である。
完全な暗闇、静寂に置かれた人間は、最初は混乱と困惑に襲われるが、やがて無力感に支配される。無力感はあらゆる心理的抵抗を突き崩し、この状態に達した被験者は、他者の洗脳に完璧に従うロボットとなる。
エミリーを取り囲む透明な壁は、音も完全に遮断する。
しかしエミリーの声は、シャドウには聞こえている。言わば音のマジック・ミラーなのだ。洗脳の時が来たら、シャドウは自分の声だけを通過させ、語りかけるつもりである。
エミリーは、生まれ変わるのだ。
仮想現実世界を支配する玉座に座る【ロスト・ワールド】の女王に!