バザー
町に近づくと、タバサの仄かな常識などは、あっけなく朝日に消えていく靄のように溶けていった。
町とは、人間が住まう場所である。少なくとも、現実世界ではそうだ。
ところが、この〝ロスト・シティ〟ときたら、はっきり人間だと思えるのは僅かばかりで、後は人間のプレイヤーと【ロスト・ワールド】土着らしき生命体との融合した、訳の判らない連中ばかりだ。
半魚人がいる。
岩男がいる。
両足が竹馬のような奴、鳥の羽が全身にくっついているやつ、亀の甲羅を背中につけている……ああ、あれは河童か!
ともかく、目がクラクラしてきそうな雑多な連中が、町の通りを闊歩し、お互い無言の敵意を飛ばし合っていた。
二郎は小声で囁いてきた。
「いいか、目を合わせるな! 話し掛けられても、返事をするな。否定も肯定もするな。一番いけないのは、首を振ることだ。返事したと思われる。とにかく、無視するに限る。ここは生き馬の目を抜いて、目玉焼きにして目の前に出されても気付かないほど、素早い盗人が揃っているからな!」
建物の壁には、ずらりとテントが並び、小商いをしている商人が大声で客引きをしている。
「さあさあ! これにありまするは【ロスト・ワールド】全体を踏破した、伝説の旅人。あのマカリー卿の記しました地図に御座います! 今まで未踏破だった地域も、事細かに記載され、あなたの旅の供に便利で御座いますぞ! 一枚どうだね。値はたったの、十ハビタットだ!」
「そこのお客さん、あんな奴の台詞を真に受けちゃいけませんぜ!
マカリー卿の地図だって? そもそも【ロスト・ワールド】で不変の場所なんて、金輪際ある訳ねえぜ!
それより、身を守る武器が欲しくないかね? なんと、こっちには伝説のAK47カラシニコフにウージー短機関銃が揃ってるぜ!
現実世界からデータを入手したから、完全な状態であんたらの身を守る逞しい友人だ!」
「へっへっへっ! なーにを出鱈目こいてやがる! データを入手だって? そいつは模型のデータじゃないか! それが証拠に、銃身に穴が空いてねえ! あっしの売り物は、寂しい一人身を慰める、パンダ娘のデータ一揃いだ! 究極の萌えNPCは欲しくないか?」
わあわあと、鼓膜が破れそうになるほど、町は喧騒に包まれている。