希望
タバサは、ぞっとなった。
試しに、目を閉じ、仮想現実装置の接続解除コードを思い浮かべる。
が、何も起きない。普通なら、コードを思い浮かべただけで接続は終了され、タバサは元の肉体で目覚めるはずだ。改めて、タバサは【ロスト・ワールド】に自分がいる現実を、否が応でも納得させられていた。
二郎は同情するような目付きになった。しかし二郎の口から出たセリフに、タバサはかっとなっていた。
二郎は「だから言ったじゃないか?」と皮肉たっぷりのセリフを口にしたのである。
タバサは、猛然と怒りを表明した。
「そんなこと言わないで! 何よ、偉そうに……!」
二郎は取り合わず、籠から地上を覗き込む。
「どうやら降りるようだぜ」
二郎の言葉どおり、ふんわりと気球は地上に降下した。
気がつくと、ケストと同じ蝶人が数人、羽根を羽ばたかせ近づいてくる。蝶人はケストが投げかけたロープを受け取ると、地上にぐいぐいと引き寄せた。
とん、と軽く音を立て、籠が地上に着地すると、待ち受けていた蝶人たちが地上に固定して、タバサたちが降りる手助けをしてくれた。つまりここは、気球専用の発着場なのだ。
全員が地上に降りると、ケストは二郎を真っ直ぐ見詰め、話し掛けた。
「これでお別れです。二郎さん。シャドウと対決して【ロスト・ワールド】を是非とも正常化してください。これは〝ロスト〟した、わたしたちプレイヤーの全員の願いです」
「判ってるさ」
二郎は軽く答えたが、表情は真剣だった。ケストの表情も真剣だった。
タバサはケストに尋ねた。
「どうして〝ロスト〟したプレイヤーたちが【ロスト・ワールド】の正常化を願っているの?」
タバサの疑問に、ケストが答える。
「なぜなら【ロスト・ワールド】からは、どこの〝世界〟にも行けない、一方通行だからです。わたくしたち〝ロスト〟プレイヤーは、もう自分の肉体に戻ることはできなくなっていることは承知していますが、それでも一度は仮想現実ではない、現実世界を見てみたい。遠隔操作義体を使えば、その願いも叶います。しかし【ロスト・ワールド】が今のままの状態でいる限り、望みはありません。『パンドラ』の開発者の客家二郎さんが、わたくしたちの希望でもあります」
二郎は肩を竦めた。
「へっ! 大袈裟だな。だが、まあ、何とかやって見るさ!」
タバサは何だか、二郎が照れているみたいだ、と思った。