水母
「大丈夫。切れることは絶対にない」
紐を弄っているタバサに、二郎は自信ありげに断言した。
それでも恐る恐るタバサは乗り込んだが、二郎の言うとおり、切れる様子は微塵もなかった。ゲルダも同じ思いなのか、タバサと顔を合わせると、眉を上げ、肩を竦める。
平気な顔をしているのは三兄弟で、玄之丞はポケットから葉巻を取り出し、悠然と口に咥えた。マッチを籠に擦りつけようとするのを、ケストは慌てて制止した。
「止めて下さい! 気球が嫌がりますので」
「へっ?」
玄之丞はポカンとする。
目を上げ、頭上の熱気球を見上げる。
「どういうことかな?」
「この気球は生き物です。わたくしたち、蝶人は気球の世話をすることが使命なのです」
「ほおおおっ!」
感嘆の声を上げる。それでも葉巻を喫うことは諦めた。渋々、口の葉巻をポケットに戻す。
気球部分の真下には、ぶよぶよとした質感の固まりが吊り下がっている。ケストは固まりに顔を近づけ、低く歌いかけた。
「フーン、ホーン、フーン……」
と聞こえる歌声で、固まりはケストが歌い出すと、ぶるぶると震え出す。気球部分がゆっくりと膨張し、気がつくと高度が上がっていた。
ケストは籠の中から外の様子を確かめる。
「この上の上空に、シャドウの本拠地に向かう風があります。そこまで上昇しましょう」
ケストは言葉通り、気球を上昇させた。
「これが生き物……」
タバサが気球を見上げ呟くと、玄之丞は肩を竦め、感想を述べる。
「なんだか、水母のようであるな!」
玄之丞の言葉にケストは大きく頷いた。
「そうです! 気球は【ロスト・ワールド】では、水母のような生き物なのです。【ロスト・ワールド】では例外的に弱々しい生き物で、わたくしたちが世話してやらないと、あっという間に絶滅してしまう危険があるのです」
会話の間にも気球は着実に上昇を続け、ケストの言う気流に乗った。気流に乗っているため、タバサは風を感じなかった。
但し、籠から下を見ると、移動している証拠に、ぐんぐん地上の景色が動いていく。
動いていく。
動いて……。
「おええええっ!」
タバサは高所恐怖症だった事実を、すっかり忘れていた。
二郎は黙って、タバサの背中を擦った。