ケスト
呼びかけられ、二郎は笑い返した。
「やあ! ケストか! 仰せの通り、何とか無事にここまで辿り着くことができた。この六人で熱気球に乗りたいのだが、手配してくれるかね?」
ケストと呼びかけられた蝶人間は、にこやかな笑みを返した。
「今回は、お仲間をお連れになったとは! いよいよ、シャドウと対決するのですか?」
「そうさ。いよいよだ……!」
二郎は真剣な表情になった。
タバサは二郎の袖を引っ張って囁く。
「知り合いなの?」
ケストはタバサを見下ろし「にっ」と笑いかけた。タバサは「ど、どうも!」と無意味な呟きを口にし、どういう訳か自分の顔がかっと火照るのを感じていた。
ふわり、とケストは羽根を動かしてタバサの目の前に舞い降りた。微かに頭を下げ、胸に手を置いて挨拶する。
「初めまして。わたくし、ケストと申す蝶人の者です!」
慌ててタバサは自己紹介をする。
「あっ! あたし、タバサです。よろしくっ!」
ケストは小首をかしげ、しげしげとタバサを見つめてくる。ケストの凝視に、タバサはどきどきと動悸が高鳴るのを感じる。やがてケストは得心したのか、にっこりと笑った。
「なるほど! とても良いお嬢さまのようですね。【ロスト・ワールド】へ、ようこそいらっしゃいました」
何を言っていいか判らず、タバサはじっと見つめ返した。ケストの顔に「ああ」といった表情が浮かぶ。
「わたくしのことがお知りになりたいのでしょう? ご安心なさい。わたくしは正真正銘の人間のプレイヤーです。但し、〝ロスト〟したプレイヤーの、成れの果て。ここ【ロスト・ワールド】で、蝶人にされてしまいましたが」
タバサはケストの最後の言葉を聞き咎めた。
「ここで蝶人にされた?」
「そうです」とケストは背後の岩山を指差した。指先は、岩山に貼り付いている一つの蛹を示している。
示された蛹は、今にも羽化する寸前のものだった。
背中に亀裂が生じ、白い羽根の一部が覗いている。ふるふると震えながら、蛹は羽化を始め、内部から身体が抜け出してくる。
人間だった!
ケストと同じような、真っ白な身体の人間が蛹から孵ってくる。背中には巨大な羽根が生え、まだ身体が固まっていないため弱々しい印象だが、明らかに人間のプロポーションを持っていた。
「あ、あなたが……あれ……? まさか、信じられない!」
タバサは支離滅裂なセリフをしどろもどろに口にするが、ケストは大真面目に頷いた。
「そうです。わたくしも、ここで蛹から、この身体に生まれ変わったのです!」