忠告
二郎は同情するような笑いを浮かべた。
「我慢しろ。多分、お前さんは普段から運動不足なんじゃないのか? どんなスリムな体形の分身になっても、元々の身体がそうでなくては、無理が生じるんだ」
さっとタバサは視線を逸らし、真っ直ぐ前を見詰めた。二郎の指摘に、頬がかっと熱くなった。自分が耳まで真っ赤になっていることを感じる。
悔しさに、言い返した。
「あんたは、どうなのよ?」
「おれが?」二郎は思わぬ逆襲に、きょとんとした表情を浮かべた。タバサが言い返すのを、予想していなかったかのようだ。
「そうよ。あんたは仮想現実の最初のころから活躍しているって、自称していたわね! となると、どんなに若くたって、今は二十八……もしかしたら三十歳過ぎのの親爺ってことじゃない? 厭だあ! あたし、そんなジジイと一緒に歩いているのかしら? 否定できる? それとも、本当のあんたのこと、あたしに明かしてくれるのかしら?」
二郎は、しばらく黙って歩く。
無言になった二郎に、タバサは「悪いこと言っちゃったかしら?」と反省する。
やがて、二郎は口を開いた。意外なことに、二郎の口調は物柔らかなものだった。
「そんなことを絶対に口にしちゃいけない。いいか、決して……もう一度はっきり言う。決して、他のプレイヤーに仮想現実以外での生活や、本名、年齢などプライベートなことを質問しちゃいけない! 絶対に、だ!」
二郎の顔つきは、ひどく真剣だった。タバサは思わず「しゅん」となる。
「ど、どうして?」
「それが、エチケットなんだ。どんな敵対しているプレイヤー同士でも、お互いに仮想現実以外のプライベートには、干渉しないことが絶対の鉄則になっている。
なぜならば、仮想現実にリンクしている間、プレイヤーは完全に無防備な状態だ。もし、この原則を破るような行為をしたことが明らかになったら、原則を破ったプレイヤーは、即座に仮想現実から締め出される罰を受ける。
実際、初期のプレイヤーには、ストーカーまがいの言動をして、仮想現実から永久追放された連中もいるんだ」
玄之丞が、のんびりとした声を上げた。
「吾輩も【スラップ・スティック・タウン】で探偵をしておるが、時々そんな依頼を持ち込まれることがある。もちろん、言下に断るがね!」
一同は、黙って丘を登り続けた。