登攀
ごつごつとした丘は、金属と結晶でできているように見えた。柔らかい土は、ほんの一欠片も存在しない。
空は血のような赤一色。たなびく雲は、腐ったような緑色。見ているだけで、気分が滅入ってくる。目を楽しませる自然の風景は【ロスト・ワールド】には一切、存在しない。
「なんで……仮想現実だってのに……こんなに、疲れなきゃならないっ……のっ!」
喘ぎ喘ぎ、タバサは険しい道のりを、足を引き摺りながら、とぼとぼと歩いている。全身の筋肉という筋肉が悲鳴を上げ、頭はがんがんする。
とにかく、汗でべっとりと服が肌に纏いつき、実に不愉快である。
「実際、筋肉が疲労しているからだ。乳酸が溜まって、疲労を感じているんだ」
側を歩いていた二郎が、冷静な口調で返事をしてくる。
タバサは「訳が判らないわ」と呟いて、二郎を見る。
「だって、実際のあたしは部屋の中で、仮想現実接続装置に繋がったまま、寝椅子に寝っころがっているんでしょう? どうして疲れるわけ、あるのよ?」
二郎は頷く。
「その、寝椅子が答えだ。説明書に、仮想現実接続装置にリンクするときは、寝椅子に横になるよう指示があったな?」
「うん」とタバサは首を縦にする。
「寝椅子には、横になった人間の筋肉を刺激する電極が内蔵されている。仮想現実で歩いたり、走ったりすると、筋肉が刺激され、実際に行動した分と同じ疲労が生じる」
「なんで、わざわざ、そんな七面倒な……」
「そうでないと筋肉が萎縮するからだ。一日の大部分を仮想現実で過ごすようになると、実際に歩いたり、走ったりの運動をしなくなる。それが長年ずーっと続くと、ひょろひょろの萌やしのような筋肉になって、まともに生活できなくなる。それを防ぐための工夫なんだ。もっとも、病気や事故で動けない人間には、特別に免除されているけどね」
二郎の説明を聞いて、思わずタバサは「エミリーのように?」と言いかけた。が、寸前で危うく思いとどまった。
気配を感じ、二郎は微かに首を横に振る。視線で、背後から従ってくるゲルダ少佐を示した。皇女のことは、【蒸汽帝国】の、いや、あらゆるプレイヤーに秘密なのだ。タークは、くどいほど強調し、どんなことがあってもエミリー本人すら明かさないよう、頼んでいた。
それにしても二郎は、まるで疲れを知らぬように、ぐいぐいと力強い歩きで丘を登っていく。真葛三兄弟──玄之丞、知里夫、晴彦──の三人もまた、全く疲労を感じていないかのようだ。一人、タバサだけが顎を出し、ぶつぶつブウ垂れている。




