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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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金になる猫と花屋の少女

作者: 錫しろこ
掲載日:2026/05/28

短編になっており、初投稿です。

カクヨムにも投稿してます。

「おい、金になる猫って知ってるよな?」


バザールで人が賑わう中、赤いレンガの道が続く広場の隅で2人の男のうち無精髭を生やす男が人目を気にしながらコソコソと話す。


そんな話を聞いたもう1人のやせ細った男が、何故声を控える必要があるのかを疑問に思いながらも音量を合わせて口を開く。


「猫なんて、もう何年もこの街では姿を見てないって聞いたけど?そもそも金になる猫なんて居るならとっくに捕まって、どっかの誰かが億万長者になってニュースにでもなってるんじゃないのか?」


「お前の出身地には猫くらい居ただろうけどよ!ただの猫じゃねぇんだ!見ろ!至る所にポスターがあるだろ?猫さえ手に入りゃ俺達、金に困ることなんなねぇ、食料⋯いや、女にだって困んねぇぞ!」


ちょうど近くに“金になる猫”のポスターがあったのでそれを指さしながら興奮気味に話す。


やせ細った男が話についていけないのか口を開けていたが、何処か目が輝いている。


それを見て男は咳払いを一つしてから落ち着きを取り戻して説明を続ける。


「まぁこのポスターも説明不足で俺もあんま分かんねぇんだが⋯その猫は特別な猫で、目が宝石みてぇで、1目見りゃ分かるってんだ!なんでも⋯毛皮?肉?なんか欲しい奴が居るとか?他国で価値があるとか?」


無精髭を生やした男は自信を無くしながらも説明をする。

都市伝説のような話にあまりピンと来てないやせ細った男は、賑わうバザールの人混みの方を指さす。


「なんかよく分かんないけど、その猫ってあんな黒猫の事か?」


無精髭を生やす男は刺された指の先を見る。

その指の先にはバザールの人混み。

そのさらに先には⋯。


宝石のように青い目をした黒猫が1匹、塀の上に立つ。


「あ⋯あいつだ!おい!捕まえるぞ!これで俺達ゃ億万長者になれるかもしれねぇぞ!」


人混みをかき分け無精髭の男に続いてやせ細った男も続く。


黒猫は遠くからそれを眺め、フンッ、と息を鼻から吐きゆっくりと後ろを向き、塀を伝って歩き始める。


後ろから聞こえる沢山の人の声と、近付いてくる怒声のような声を後にして。


塀を伝った先に、さらに高くなった塀を迷いなくジャンプをしていき、細くなった道の間を通り、いつも通りの道を進んでいく。


どんどん裏路地の暗がりに進んでいき、ある道を進むと光が見えてきた。


その光の先を進んでいくと、開けた場所に着いた。

そこは人が滅多に寄り付かない噴水のある小さな広場になっていて、先客の小鳥達が水浴びをしている。


今日は随分と街に人が多かった。


そのせいか、少し歩くだけで砂埃がボクの毛に纏っている。


先客と一緒に噴水に足をつけ、一瞬全身を水に浸け、すぐに全身を水から上がる。

何度やっても水は重たい。

身体を震わせ水を落とし、自分の身体を舌で整える。


まだ身体から水が滴る中、いつも一日の最後に寄る場所へと向かい始める。


通ってきた道とは違う場所を通り、また開けた所に出た。

目の前は川沿いになっていて、この通りの建物はシャッター街となっている。


ただ、一つだけシャッターの降りていない建物がある。

その中から1人、ブラウンの腰まで伸びた髪をした少女が出てくる。


その少女の事は『アーシェ』と他の人間が呼んでいたのを何度も聞いていた。


アーシェは水の入った大きなバケツを下にして両手で持って運んで建物の脇に一つ一つ置いていく。

ボクは建物に設置されてる日除けの金具の上にバランスよく立ち、まだ水が滴る身体をブルブルと震わし、下にいるアーシェにめがけてかける。


「きゃっ!ちょっとぉ!やったなぁ!」


アーシェはボクのいる方を見上げ、楽しそうに笑う。


人間は鈍感だ。

ボクならすぐ気が付いて避けることだってできるのに。


誇らしげに毛繕いをしていると、アーシェが“おいで“と手招きをして呼ぶ。


「今日は広場でバザールをやってたでしょ?またキミがお金目的の人に追われて捕まっちゃうんじゃないかなって、心配してたんだ。」


ボクがアーシェの足元へ降りると、アーシェはしゃがんで、人差し指でボクの頭をツンツンと触る。


すぐ頭を触る手をそのままに止まり、アーシェは空いた手をしゃがむ膝に立て、頬をつきながら深く息を吐いた。


「ただ生きてるだけなのに⋯それなのに好奇の目に晒されて、命を脅かされて⋯。ただの猫ちゃんなののにさ⋯。君は生意気だから男の子かな?大変だね、有名人は!それかイケメン君めっ!」


少しだけ悲しそうな声で話をしていたが、すぐにいつものように明るく冗談を言う。


「さっ!早くおいでっ!そろそろ来るとは思ってたから、キミのご飯はいつものところに置いてあるよ!」


立ち上がり、店の中を指さす。

中は切り花や鉢植えが置いてあり、レジ機が置いている裏側にアーシェの用意したボクのご飯がある。


アーシェとの出会いは数年前にボクが複数の人間に狙われていた時。

ボクは産まれてからほぼずっと同じ場所に隠れていたせいで、出て来たばかりのこの街をよく知らなかった。


追いつかれそうになったところを手招きして匿ってくれた。

咄嗟に逃げ込んだ場所で先の事なんて考えてなかった。

ボクは騙されたのではないかと覚悟した。


けれど、人間達が近付いてきてもアーシェはボクを差し出さなかった。


人間が過ぎ去った後もアーシェはボクをどこかへ持っていこうとはしなかった。


事情を知らないだけかと思っていたが、何日も何ヶ月も雨の日も風の強い日もアーシェはボクを歓迎し、ボクにご飯を用意して待っていてくれる。


ボクが産まれてきて、初めての希望だ。


ご飯を食べ始めた頃、店に近づく足音が聞こえる。

ボクは1度食べるのを止め、アーシェもボクが止まったのを見て緊張を見せる。


「あらあら、良かったわアーシェちゃん、今日はバザールがあるからお店がお休みなんじゃないかってダメ元で来たのよ。」


少し離れたところから年配の女性の声が聞こえる。

この声は常連のお婆さんだ。

少し腰の曲がった小柄で華奢でどこか気品溢れる白髪のお婆さんで、頻繁にアーシェのお店で花を買っていく。


「あ!こんにちは、お婆さん!バザールがあってもなくてもこんな裏路地のシャッター街のお店なんて誰も来ないんだけどね。今日もいつものお花ありますよ!」


アーシェは切り花を置いているバケツからピンクの花をいくつか用意し、束ねていく。

それを見たお婆さんは申し訳なさそうに少し声を漏らす。


「あのね、アーシェちゃん、実は今日娘の結婚記念日でね。バザールがあるタイミングで帰ってきてるのよ⋯食卓に飾ろうと思っているんだけどサプライズでね。だからいつもとは違うものがいいかなって思っているのよ。」


それを聞いたアーシェは少し顔を赤らめ、自分の早とちりを恥じていた。


「ごめんなさい!何も聞かずに!娘さんの結婚記念日だなんて、素敵な日ですね!それならこの花とあの花と⋯。」


アーシェはすぐに切り替え、お店に並ぶ数少ない花の中から複数束ねて包んでいく。

大きなオレンジ色の花をいくつか、小さい黄色い花と白い花を集めた花束が出来上がっていく。

完成していく花束を見たお婆さんは思わず声を漏らす。


「アーシェちゃん、すごく素敵ね。これなら娘夫婦もとっても喜ぶわ。いくらになるかしら?これだけあれば足りるかしら⋯。」


お婆さんが小さな袋から硬貨を取り出し、何枚かをジャラジャラと渡してこようとしたところでアーシェは慌てて首をブンブンと横に振る。


「そんなにいただけないですよ!わざわざこんな所まで足を運んでいつも買ってくださってますし、それに娘さんの結婚記念日ってことでいくつかは私からのささやかなお祝いです!」


その話を聞きお婆さんは一瞬ぽかんとしていたが、すぐにクスクスと笑いはじめた。


「ありがとう、それじゃあお言葉に甘えさせていただくわね。わたしはね、アーシェちゃんが気持ちのいい接客をしてくれるから私はここに通ってるのよ。広場のお店の人達なんて愛想なんて何にもないんだから。」


アーシェから受け取った花束を見て、お婆さんはとても嬉しそうにしていた。


お婆さんが来た道を戻ろうと歩き始めた時、立ち止まってアーシェの方を見た。


「お代のかわりと言っては何だけど、あの猫ちゃんの事はお墓まで持っていく秘密にしておくから安心してね。」


クスクスと空いている手の人差し指をお店の方に指さし、アーシェがギョッとした顔になった。

それを見たお婆さんが更にクスクスと笑い、お礼を言ってからまた来た道を歩き始めた。


姿が見えなくなってからボクはご飯を少し残したままアーシェの元へ行き、見上げる。

それと同時にアーシェもボクの方を見て、その顔は明らかに動揺していた。


「キミの事、お婆さんにバレちゃってたみたいだね⋯あはは。」


ボクは店の横を流れる川に目をやり、フン、と鼻を鳴らした。


まあ、あのお婆さんは見るからに裕福層でお金に困っていないだろうし、何より、お婆さんじゃボクの事は追いかけられないだろうから敵じゃない。


ボクはまたご飯を食べに店の中に入った。

それを見たアーシェは、色々とやらかした自分を反省しながらお婆さんから受け取った硬貨をしまい、お店の花の世話をし始めた。


なんとも慌ただしいような、静かでゆっくりと流れるこの場所が心地良く、ボクの日常だ。


そして数日が過ぎた頃。

ボクはいつものように街を散歩し、噴水で水浴びをしたあとアーシェのもとへ行き、ご飯を食べていた。


アーシェはいつも通り店の前で花を手入れしていた。

だけど、どこかアーシェの手先の動きがぎこちない気がする。


そう思っていた時。


「痛っ!」


アーシェは咄嗟に花から手を離すと同時に、地面に何か小さいガラスが落ちるような音が聞こえた。


おっちょこちょいのアーシェの事だ。

花のトゲに刺さったとかで物を落としたんだろう。


やれやれと重い腰をあげるようにご飯を食べるのを止め、アーシェのそばに行く。


だけど何だかやっぱりアーシェの様子がおかしい。


「あ⋯。」


アーシェが自分の指を見て固まっていた。

いつもなら慌てふためきながら自分の失敗を笑い飛ばしていたのに。


「アーシェちゃん、こんにちわ。」


常連のお婆さんだ。

ボクはすぐに店の裏に隠れた。

お婆さんの声で我に返ったアーシェは明るく挨拶をしていた。


アーシェの心配をしていた事を考えると何となく、むず痒い感覚があったが、そんなの有り得るわけがない。エサを貰えないと今はもう困ってしまうから心配はする。


「こんにちは!結婚記念日どうでした?」


アーシェは少し心配そうに、バザールのあった日に渡した花束について聞いていた。

それを話したかったように、そうそう、と言いながらお婆さんは嬉しそうにしていた。


「とっても綺麗って娘も喜んでてね、食卓もすごく華やかになったのよ。それでね、どこでお花を仕入れているのかしら?って娘が聞くのよ。そう言われると私も気になって気になって。いつも新鮮で広場の花屋にも無いお花が多いのよね。どこから仕入れているのかしら?」


お婆さんが興味津々にアーシェに聞いた。

アーシェは気まずそうに、人差し指で頬をポリポリと掻き、その後はお婆さんの帰路とは逆方向の道を指さした。


「実はこの森の奥に入っていって仕入れてるんですよね⋯雑草ではないんですが、花畑がある場所を知っててそこから⋯。」


その話を聞いてお婆さんは驚き、真剣な顔をしてアーシェに言う。


「アーシェちゃんは他所の国から来たと言ってたわよね。悪いことは言わないわ。こっちの方はダメよ。」


いつもニコニコと穏やかな顔をしているお婆さんがアーシェの事を心配する。


「聞いたことない?本来は封鎖された出入口で、かなり離れているけれど、原因不明で滅んでしまった集落が先にあるらしいのよ。いまだに禁止区域になってるのよ、そこは。」


その話を聞いてアーシェは少し固まるが、すぐにヘラりと笑ってお婆さんに話をする。


「大丈夫ですよ!そんな、集落のあった場所までなんて、歩くと1週間以上はかかりますし、無理ですよー!花を仕入れるのにそこまで行かないですし!安心してください!」


片手でガッツポーズをしながらお婆さんに話す。


お婆さんは心配が拭いきれない表情をするが、アーシェの押しに負けてしまい納得した。


「私もね、アーシェちゃんのお花が必要だし、アーシェちゃんだって生活があるのに。ごめんなさいね無責任の事を言っちゃって。」


お婆さんは申し訳なさそうに謝り、謝罪をされると思っていなかったアーシェは首をブンブンと横に振り、お婆さんを安心させようとしていた。


その後はいつものように花を買っていき、帰る頃にはすっかりいつもの穏やかなニコニコのお婆さんになり、帰っていった。


ボクは音が聞こえなくなったのを確認してからエサ置き場から顔を覗かせる


アーシェは何故だか、いつもよりもボーッと立っていた。


急に鼻がむず痒くなり、クシュン、とくしゃみを1つ。

ボクのくしゃみにびっくりしたアーシェがボクの方を見ては、心配そうに駆け寄ってきた。


「夜は寒いし、キミはいつも水浴びしてそうだからいくら毛むくじゃらだとしても風邪ひいちゃうよ!」


アーシェは心配しながらもクスクスと笑っていた。


確かに、最近は夜が冷え込むようになってきた。

今日はどこで寝るのかを考えながらアーシェの店を出ることにした。


アーシェも帰るボクを『またね』と声をかけ、ボクも少し立ち止まってアーシェを横目で見てから歩き始めた。


店の前に結晶型の様なものがキラリと光ったような気がした。


そうして数日が経ったある日。

いつものようにボクはアーシェのところに行くが、アーシェの左手は包帯で包まれており、右手も所々ガーゼをしている。


ボクは無意識に包帯に包まれた手を見ているとアーシェはボクの目線に気付いた。


「ごめんね、びっくりするよね!怪我しちゃってさ!暫く、いや⋯もしかしたらキミのこと撫でられなくなっちゃうかもしれない。そうなったら足で撫でちゃうね!」


アーシェはいつもの様に冗談を言っては笑っている。


⋯いや、嘘だ。


いつもならボクは興味無さそうに鼻を鳴らすが、今日は違った。


アーシェは嘘をついている。

ボクには分かる。

だってアーシェのどこからも、傷から出る血の匂いが全くしていないんだから。


アーシェはそんなボクに気付いて、バツが悪そうにボクから視線を逸らす。


少しの間アーシェは黙っていたが、店の前の川沿いの石垣へと向かい、慣れた様子で腰掛けてからクルリと首を回してボクに来るよう促した。


ボクはプルプルと身体を振り、アーシェの隣に座った。

アーシェは緩やかに流れる川を眺め、両足をブラブラと揺らしながら話し始める。


「私、原因不明の病によって崩壊した集落出身なんだよね。」


変わらず川を眺めながら話すアーシェに釣られ、ボクも緩やかに流れる川に目をやりながらアーシェの話を聞いていく。


アーシェが小さかった時、その集落に杖をついた老婆がやってきて、『老いぼれで体力が尽きたので何日か泊めて欲しい』て言ってきたそう。


どこの街からも遠かった世間知らずの集落の皆は外からのお客さんという事もあって、大喜びしてアッサリと承諾してしまい、その夜、老婆が『お礼をさせてくれ』と集落の人を全員集めた。


その時ー⋯。


太陽が落ちてきたのではないかというほど眩しい光に包まれてて、暗がりに戻った時には老婆の姿がなくなっていた。


集落の人達は何をされたのか分からなかったが、老婆の立っていた場所に刻まれた禍々しい刻印を見て、ようやく“魔女“に騙されていた事に気づいた。


日が経つにつれて次々と倒れていく人達。

共通しているのは皆、赤い結晶が全身に広がっていき、やがて命を落としていく。


ーー病気と言うよりは“魔女の呪い”なんだと思う。


アーシェはポツリと呟く。


アーシェは話を続け、ボクは耳をアーシェに向けて話を聞く。


アーシェはその集落の生き残りで、当時老婆が皆を集めた時には風邪で寝込んで外に出られなかったそう。


アーシェの両親は娘だけでも助けたい思いで集落を追い出し、この街に向かってる途中で当時、アーシェの花屋を営む店主に拾われて育ったそう。


店主は既に高齢だったため、アーシェと長く一緒に過ごすことはできなかったそうだ。

だけど、短い時間の中でも大切にしてくれて、生前には花屋の仕事を教えてくれたから今の私があると、アーシェは説明した。


ボクは人間と違って時間の流れを理解していない。

だけど、アーシェと過ごした時間はボクにとって、とても長いことくらいは分かる。

それなのに、ボクはアーシェの事を知らなかった。何も。


「私は呪いを受けてないから、両親や集落の人達は大丈夫だと思ったみたいだけど、魔女は集落全体に呪いをかけてしまったんだよね?だから私も呪いにかかっちゃってたみたいだし。ただ直接呪いを浴びた訳ではなかったからジワジワと侵食してたのかもね。」


乾いた笑いをしながら、左手の包帯を解き始める。

そこから、結晶状のものが手を覆いつくしており、手として機能するのには難しい状態になっていた。


ポロポロと零れる結晶は川にポトポトと落ちていく。

その結晶は川に流されてやがて見えなくなった。

元気よく話すアーシェだったが、やはりどこかいつもの元気がない。


ボクは何が出来るのかが分からない。

ただただボクはアーシェが話す横で川の流れを見ることしか出来ない。


「あのね、図書館の本で読んだことがあるんだけど、魔女の呪いって人に移るわけじゃないんだって!だからこの結晶化も君に移るとかはないと思うよ!安心してね!」


自分の話をする時には少し悲しそうにするのに、アーシェはボクや人に向ける時にはとびきり明るく話をする。

本当に、ボクはどうして人間じゃなかったんだろう。


ボクはアーシェに頭をスリスリと擦り付ける。

アーシェは僕に触ってくれるが、ボクからアーシェを触る事は無かった。

ボクを受け入れてくれてるアーシェは驚いている。


「キミって不思議だよね。まるで私の言葉が分かってるみたいなんだもん。私の言葉ひとつでキミの反応もいつもと違うし⋯。」


包帯を巻いていない左手で僕を触ろうとした時。


パキッ。


左手の指が結晶化しており、一部の結晶が落ちていく。


ボクはその落ちる一部を目で追った。

アーシェは最近ずっとおかしい。

どうして身体が欠けていって壊れていってるんだろう。


目の前で身体が崩れていく自分を見て、流石のアーシェも明るさを保つ事は出来てなかった。


「やだ、私、怖いよ⋯怖いよぉ⋯猫ちゃん⋯。」


ボクに触れられなかった、伸ばしたままの左腕にアーシェの涙が落ちていく。

頬には何粒もの涙が零れ、何度拭っても溢れてきて止まることは無かった。


ボクはアーシェの足の上に乗り、アーシェの頬に伝う涙を舌で拭う。


ボクは、アーシェにはいつも明るく笑っていて欲しい。

広場に比べると人気のない花屋で経営も困難そうだけど、そんな事も気にしてない、ただただ相手を大切に、花が好きで優しいアーシェがボクには必要なんだ。


ボクはアーシェから落ちた結晶の一部を口に咥え、アーシェから離れて走り去る。


アーシェは突然走り始めたボクを引き留めようと何かを叫んでいたが、引き止めたかったのかもしれない。

だけどボクは振り返ることができなかった。


アーシェの花屋で過ごした後は寄り道なんてしたことがなかったが、ボクは今広場に出ようとしている。


お願い、誰か、誰か助けてあげてほしい。


「あれ!あの猫、懸賞金があるとかって猫じゃないかい?!」


広場に店を開くパン屋のおばさんがボクをみて目の色を変える。


お願い、ただ教えてほしいだけなの。


「こんなパン屋で一生を過ごすなんて勘弁だねぇ、ほぉら猫ちゃんパンだよぉ⋯。」


おばさんは売り場のパンをちぎり、ボクの方に手を伸ばしてあげようとしている。


そんなの要らないよ。

この結晶について知らない?


アーシェを救うためにはどうしたらいい?


パン屋の隣に店を開いている八百屋のおじさんもボクに気付き、すぐにパン屋のおばさんと口論を始める。


ボクはその場を走り去り、ボクの口に咥えている結晶について知っている人がい ないかを姿を見せて探し回った。


だけどボクを見るなり、ほとんどの人間の関心は結晶ではなく、“金になる猫“へと変わっていく。


ボクは街を走り回り、欲にまみれた人間から逃げるので疲れてしまった。


気付けばいつも来ていた噴水の広場に来ていた。

人間もここに来られる道はあるのに、高い建物に囲まれているせいで知られていない場所なのか、今日も小鳥しか居ない。


ずっと咥えていた結晶を噴水の脇に置き、一息ついた後に水を飲む。


「おやおやおや、黒猫とは⋯珍しいねぇ。」


さっきまで小鳥しか居なかったはずなのに、背後から老婆の声がする。


ボクはビックリして急いで結晶を咥えた。

建物の影で暗く、姿が見えづらい。不気味に微笑む口元だけが見え、全身黒いローブに身を包んで壁にもたれかかっていた。ボクは老婆に向かって唸り声を上げて威嚇する。しかし、老婆は怯むどころか愉快に笑っていた。


「お前さんのその口に咥えてるの、ワシには分かるぞ?呪いじゃろ、魔女の。」


ボクは初めてこの結晶について知っている人間が現れて、気持ちが昂った。威嚇するを止め、思わず老婆の目の前まで近づく。


「どうしてこんな所にあるんじゃ?どれ、貸してみなさい。」


老婆はそう言うと手を差し伸べ、ボクは老婆の手が下に来たので結晶を離した。


「あー、なるほどなあ、生き残りって事なんだなあ、だけど、ダメだったんだねえ、なるほどなあ。」


老婆は結晶を顔の近くにやり、ひとりでブツブツと呟いている。


老婆は綺麗なものを見るように色々な角度から結晶を眺め、ケケケ、と笑っていた。


「お前さんの息が上がってたし、この生き残りの為に治したいって所かねえ?」


ボクは老婆の前に座った。

“そうです”と伝えるため。


ボクを見て満足そうに老婆は、ケケケ、と笑った。


「そうだねぇ、助けたいって思うなら、お前さんの両目と交換だよ。ワシの不老不死のためになるのさ。」


老婆はずっと口角を上げながらボクの両目を指さした。


老婆の指が目の前に来た時、ボクの心臓が一瞬止まった気がした。なぜならボクの両目とアーシェの命が天秤にかけられているから。


ボクはアーシェの笑顔を二度と見ることができないんだ。


不安そうにするボクを見て老婆は笑いながら言う。


「大丈夫さ、あっという間で真っ暗になるだけで痛くないし⋯お前さんの両目を貰ったらそうだねぇ…これをやろう。」


老婆は壁から少し体を起こし、腰に巻いている入れ物からジャラジャラと音のする麻袋を取り出して中を開ける。

そこには小さな白い、形が不揃いでゴツい何かがが沢山入っていた。


ボクは老婆をジッと見つめ、目を逸らすことはなかった。

老婆は満足そうに笑い、ボクの顔の前に手を広げる。


少しの沈黙の間、老婆は息を吸い、ブツブツと何かを唱える。


段々と怖くなったボクは咄嗟に目をつぶったが、自分が目をつぶれたのかが分からない。


目が空いているのか閉じているのか分からない。


なんだか真っ暗だから。


「ケケケ!ついに手に入った!これだ!これがほしかったんじゃ!ポスターを貼っても誰一人と捕まえられんのじゃから!人間の結晶なんかじゃダメだ!」


老婆はひとりで楽しそうに喋っている。

そんな楽しそうな老婆を他所に、ボクは動くことも出来ずに座ったままにしていた。


興奮を抑えられていない老婆が、ボクの顔の近くに麻袋であろう物を近付ける。

薬ってもっと不思議な匂いがすると思ったが、これは土臭い。


「何百年と探していたのに…やはり本物の目が必要だったんじゃな…。人間から出来た結晶じゃダメだったんじゃなぁ。」


ボソボソと老婆は独り言を言っていた。


こうして居られない。

早くアーシェに薬を渡さなきゃ…。


体は濡れているのか重くなっていき、鼻の周りは血の匂いがずっとしている。


老婆が差し出した麻袋を口に咥え、真っ暗な世界の中で感覚でアーシェのいる場所を目指す。


1人残された老婆は最後まで不気味に笑っているだけだった。


ボクは壁にぶつかり、床に落ち、足を踏み外したりを繰り返した。


血の匂いの中に、当たり前に嗅いでいた香りが近付く。


「えっ⋯うそ⋯猫ちゃん⋯?」


あぁー⋯アーシェの声だ。


アーシェの声を聞き、どこに着いたのかは分からないが急に力が抜けてしまった。


「猫ちゃん、どうして血まみれ⋯それに目が⋯。」


アーシェは震えた声でボクに触れ、そして抱える。

腕の中はこんなに暖かかった。

抵抗する力もなく、ただただ心地のいい気持ち。

ボクはアーシェにずっと甘えたかったのかな。


ボクはアーシェに麻袋を渡すように口を離す。


それに気付いたアーシェは麻袋を開ける。

カッカッと中で硬いもの同士がぶつかる音がする。


言葉がないから、アーシェはきっとボクが何を渡したのか分かっていないのかもしれない。


だからボクは初めてアーシェに話しかけた。


“もってきたよ”


アーシェが話すように上手く出来たか分からない。

それでもボクはアーシェにそう伝えた。


少し寒くなってきた身体に温かい雨が降り始めた。

その雨は全身を濡らすのではなく、ボクの身体の2箇所を中心に濡らした。


アーシェは泣いているのかな。

泣かないで欲しいな。

アーシェには笑っていて欲しいんだ。


ボクは、ボクを抱えるアーシェの手に手を置いた。


「ありがとう、猫ちゃん、これ私のために用意してくれたの?嬉しいなぁ。早く猫ちゃんも元気になって⋯っ。」


アーシェは明るく声をかけたが途中で声が震え、言葉に詰まった。


またボロボロと涙が落ちていき、アーシェは嗚咽混じりになりながらもゆっくりと深呼吸をした。


「このお薬を飲んで、すぐ元気になって、そしたらまた遊びに来てよ!今度は二人で一緒にお花を仕入れに行こう!あそこはこの川の溜まり場になってて、すごく綺麗な湖になってるんだよ。見せたいなぁ。」


言葉はまだ詰まっているが、アーシェはとびきりに明るく話をしていた。


ボクはゆっくりと息を吸う。


そっか、それはいい案だね。

それより、今日は沢山走り回ったし、疲れて眠たくなってきてしまったよ⋯アーシェはほっとけないや。


「⋯猫ちゃん、眠くなってきちゃった⋯?」


少し疲れただけでまだお話できるから、もっと大きな声で話してよアーシェ、なんだか声が小さいよ。


「先に寝てていいからね⋯ありがとう、ほんとうに、ありがとう猫ちゃん⋯おやすみなさい⋯。」


ボクは長く、ゆっくりと息を吐いた。


息を吐いた猫にはアーシェの声が届かなくなった。


エピローグ


何度か日が落ちては日が登り、何度目かの薄い雲がかかった朝。


花屋に向かうお婆さんが今日も店前に来た。

だけど、目の前はシャッターが閉められ、『閉店のお知らせ』が貼られていた。


「アーシェちゃんどうしちゃったのかしら。昨日は張り紙なんてなかったのに⋯。」


お婆さんが肩を落とし、帰ろうと来た道を戻ると、取ってのあるカゴを持った全身黒いローブの人と鉢合わせになった。


お婆さんはビックリして後ろによろけだが、とっさにローブの人がお婆さんを掴んだ。


「あら、ごめんなさいね、びっくりしてしまって。お怪我はないかしら?」


お婆さんが少し恥ずかしそうに問いかけるもローブの人は微動だにせず、言葉も発しなかった。


お婆さんは少し不気味に思っていると、ローブの人はすぐにお婆さんの横を通り街の出口へと向かおうとする。


ぶつかった所で麻袋が落ちているのに気が付き、お婆さんはローブの人を呼び止めた。


ローブの人は1度立ち止まり、足早にお婆さんの所に戻り麻袋を受け取っては何も言わずにまた街の外へ向かっていく。


お婆さんはふと、ローブの人が落とした麻袋の中身を思い出していた。


地面に落ちた麻袋には沢山入った、ただの白い石ころだった。


そして、カゴの中身は何かが入っていたが、暗くてよく見えなかった。


「ただの白い石も、カゴの中も⋯何か大切なものなのかしら?変わった人だったわねぇ。」


お婆さんは花屋を遠くから見てはため息を付き、街へと戻っていく。


誰も居なくなったこの場所では、道の端を流れる川の音だけが聞こえる。


薄い雲の隙間から漏れた光は花屋があった建物と、道に落ちている赤い結晶が照らされ、森へと続いていた。


おしまい

初めての作品で至らない点が多かったかもですが、読んでくださりありがとうございます。

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