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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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夜明け前の国

掲載日:2026/04/16

一、




「伝説よ。いま再び生きた歴史となれ!」


 少女の凛とした声が祭壇に響く。血を滴らせた白磁のような指が、沈黙した甲冑の胸をなでる。心臓から新たな血が巡るように凝った意匠が赤く染まっていく。本来ならそこで儀式は終わる。だが、胸についた血は青白く光り、甲冑は沈黙を破った。

 ガチャリ、金属の擦れる音。少女を囲んでいた大人たちはどよめいた。


「適合者、確認。……ご命令をば」


 王位継承の儀式は、王家に伝わるこの甲冑に血を捧げるというもの。もちろん、少女は"彼"がただの置物ではないことを知っていた。だからこそ震えている。

 しかし、ここでうろたえるわけにはいかない。彼女はすでに、一国の王なのだから。


「名を名乗れ」


 少女の威厳に甲冑が膝を折った。自発的に動いたその姿に、人々が後ずさる。

 少女は待っていた。"彼"の名が告げられるのを。


「ヴァン=ノクト。適合者の識別名称を求める」


 その名を聞いて大人たちから小さく悲鳴があがった。

 間違いなく”地にかえす者”がよみがえったのだ。

 少女は大人たちを見おろし声を張りあげた。


「私の名はネイラ・イェル=オルド。いまこれよりヴェリウス連邦の王である!」


 これが、のちのヴェリウスの運命を変えた日だった。

 ネイラが王になってから数年。ヴェリウスから硝煙のにおいが消えた。

 瓦礫の山からガラクタを拾い集めていた子供たちは、いまでは舗装された道でかけっこをしている。

 しかし、日銭を稼ぐ民草は王なんて文字や映像で見るだけだ。

 カイル=アラストは、オイルまみれのグローブをポケットに突っ込み設計図を投げ入れるとひしゃげた扉を殴るように閉めた。


「おい、そろそろ休憩は終わりだぞ」


 かっぷくのいい男が帽子を脱ぎ頭を掻きながら言った。後ろにはのろのろと作業に戻ろうとする男たちがいた。 あくびをかみ殺して機械の設定を確かめている。


「カイル、ウージーは2階に上がってこい! 他は作業再開! オルド国王万歳!」


  工場長がしゃがれた声で叫び、勤務再開の鐘をガンガン鳴らした。

 再び、製造所が息づく。金槌の鋭い叫び、機械の低い唸り声、木を裂く乾いた囁き。

  この製造所は小さい。だから敵国にも狙われず、終戦後も国防の名のもとにいまも生き延びている。

 トン、カツン、トン、カツン。カイルが階段をのぼる。


——俺が工場長に拾われてからもう十年か。


 生まれつき左足の膝から下が欠損していたカイルは兵としては戦えなかったが、工作の腕を買われてここに雇われた。

 読み書きの前にガラクタいじりを覚えた。義足も自作した。 そうして試行錯誤を続けて十余年、完成したのが今の左足。衝撃を吸収する関節、ブレードは逆関節めいたカーブ。それはカイルの戦いの軌跡だった。

 カイルは日常生活はもちろんのこと、走ることも跳ぶことさえできる。

 前線で血を流さずとも、自国の兵のために銃を作り続けている自分は紛れもない戦士である。カイルはそう信じてやまなかった。


「工場長に呼ばれるなんて、なんかしたかな」

「さぁ? おれなんにもしてないよ」


 隣を歩くウージーに声をかけるも、彼は肩をすくめるだけだった。 カイルは首をかしげて階段をのぼる。


「カイル、ウージー、おまえたち帝都に行く気は無いか」


 工場長はめんどくさそうに首元の汗を手でぬぐった。


「は? あんなところ、何しに行くんだ?」


 ヴェリウス連邦は戦争には勝ったが、民も大地も疲れ切っていた。戦火を逃れた帝都は、王の独裁下と聞いている。そんなところに行って何があるのかとカイルは顔をあげた。


「ここにも募集が来たんだよ。帝都の地下農場の働き手が欲しいって」

「地下農場?」


 カイルが訊くと工場長はため息をついて答えた。


「地上はほっぽって地下で芋だの麦だの作ってるんだと。若いやつらが欲しいらしい」

「断る! 俺はここが好きなんだ! 他になんて興味ない」


 カイルはドンと机に拳を乗せて言った。


「……おれ、行きます」


 ウージーはきっぱりそう言って頭をさげた。


「行かせてください」

「ウージー!?」

「そうか、他にも声をかけてみる。残るなら残るでいいんだ。ふたりとも仕事に戻れ」


 カイルはガンガンと義足を鳴らして持ち場に戻った。


「何の話だったんだ?」


 向かいで作業しているアレンが訊いてきた。事の顛末を話すとアレンはふと口角をあげて頷いた。そのしぐさが、カイルにはどうも理解できなかった。顔に出ていたんだろう、アレンは苦笑しながら話してくれた。


「ウージーはこの前結婚したばかりだからな。金が要るんだろうさ」


 ウージーはこの製造所でいちばん若い。結婚式にはカイルも呼ばれた。造花で飾り付けられた庭でガーデンウェディング。素朴な夫婦だ。


「しかし農場の手伝いたあ。銃も小麦も王サマにとっちゃおんなじなのかね」


 小馬鹿にしたようにアレンが言った。 すかさずカイルも言う。


「そうだよな。人工UVランプをつくるってわけじゃないんだろ?」

「ああ。正真正銘の農家だ。機械つっても使うのはコンバインとかだろう」


 カイルは地下でコンバインに乗ったウージーを想像して、落ち着きなく唇をかんだ。

 あの強烈な光で肌を焦がすより、油とほこりにまみれていたほうがずっといい。

 見慣れたウージーの背中が、どこか遠くに感じられた。この仕事に愛着も誇りも持っているカイルには簡単に仕事を変えられるウージーが信じられない。


「俺、この村を出るなんて考えたこと無かったよ」

「そりゃ、おれもさ。じいちゃんのじいちゃんの代から住んでんだ。もうすっかり根っこはっちまったよ」


  終業の鐘が頭に響くなか、さび色の夕日が製造所を染めあげる。カイルは重たい胸を抱えてやっとウージーに声をかけた。


「ウージー! なぁ、本当に帝都に行くつもりか?」


 カイルが訊くと、ウージーは眉を八の字にしてカイルを見た。


「……おれ、子供が欲しいんです」


 そう言ったウージーは未来の予感に微笑んでいた。


「子供にはもっと空気の良いところで働いてほしい。その点、帝都なら選り取り見取りでしょう」


 なんてことがないようにウージーは言う。カイルは裏切られたような気がした。


「俺は、お前を仲間だと思ってたよ。共に戦ってる、仲間だってさ」


 すがるようにウージーを見た。


「仲間は家族になれませんよ。カイルさん」


 カイルは拳を握り締めた。手の中の汗は冷たかった。


「……いつでも戻ってこいよ」


  カイルはそれだけ言うとウージーの肩を叩いて自分の工房に引きこもった。

 彼のそばに変わらずあるものはあまりもののガラクタたち。それがカイルの全てであり、世界であり、戦場だった。

  強い兵士になるんだと言って戦争ごっこをしていた幼少期から、カイルは負けず嫌いだった。片足で跳び、手でバランスを取り、チャンバラもしたし取っ組み合いの喧嘩もした。

  この製造所も、職人たちも、みんなカイルにとっては義足と同じだ。なくてはならないもの。 カイルは汗でべたつく義足を外した。関節がわずかにきしむ。

 ゴトリ。義足がやけに重たく音を立てた。




二、




 まだ誰も起きていない早朝。王室は人工の快晴。大型空気清浄機からは無害なそよ風が吹いている。

 ネイラは玉座に付き、背にもたれて深くため息をついた。小さな体がさらに小さくしぼみそうだった。


「きりがない……」


 こぼした弱音は壁にさえ届かない。


「4年で治安は改善したが、まだ足りない」


 終戦から二十年。戦争の爪痕はかさぶたになりつつある。けれどまだ戦後の混乱は収まっていない。混沌には秩序を。誰も、理不尽に奪われるべきではない。


「おはよう」


 ネイラは深く座り直し唐突に言い放った。すると、側に控えていたヴァンの目に淡い水色の光が宿る。


「おはよう、ネイラ。ご命令をば」

「今日のスピーチに同行してもらう。そのあとは分布図の続きだ」


 ネイラが手をかざすと目の前に立体ホログラムでヴェリウスの地図が現れた。色分けされているのは各部族や敗戦国の残党の拠点。すべてヴァンが現地に行って確認して作った。


「ナナズ地方への食料の供給ルートに最近山賊が出ているらしい。規模と拠点、それから民族を調べろ」

「調べるだけか?」


 ネイラはうなずいた。


「調べるだけだ。新しい食料管理責任者は?」

「リリヤ=マーノ。汚職歴なし。城下町出身。ヴェリウス人」


 ネイラはペンを取り出すと手近なところにあったヴァンの太ももに伝言を書き残した。


「山賊の詳細が分かったらお前がリリヤに直接会いに行け。そしてその脚を見せろ」

「……私の身体に直接書いた理由が不明。説明を求める」

「紙がもったいないだろ。拭けば取れる」


 ネイラはスピーチの内容を暗唱し始める。

 ネイラの指示はこの4年で的確さを増した。ヴァンは自分の足に刻まれたネイラの伝言に目をやり、その筆跡を記憶媒体の片隅に記録した。

 ネイラにとって政務は義務だ。翌日、ネイラがインクと紙のにおいが立ち込める執務室で、各部署からの報告書に目をとおしていると、突然のノック。


「名乗れ」


 書類から目を上げずにネイラは扉の向こうの人物に命令した。人物は「リリヤ=マーノ」と名乗る。ネイラは入室を許可した。

 しかしリリヤが机の前に立ってもネイラは顔をあげない。報告書に勢いよく判を押す。ダンッ、その力強い音にリリヤは肩をびくつかせた。


「あ、あの」

「しゃべっていいと言っていない」


 ネイラの一言にリリヤはハッとした。慌てて口をつぐみ姿勢を正す。


「リリヤ、入室の際に身体検査は受けたか?」

「いいえ」

「扉前の見張りふたりっ!」


 鋭く叱責するネイラの声に、リリヤまでもがその身を固くした。


「交代しろ。そしてもう二度と来るな。危機感のない見張りなど不要だ」

「っ、はい。申し訳ございません!」


 どたどたと慌ただしく去っていく足音がする。やっとネイラはリリヤを見た。


「君の言いたいことはわかる。「どうして山賊のぶんも食料を用意するのか? そんな余裕はどこにもない」そうだろう?」

「は、はい」

「簡単な話だ。奪われたくないなら差し出せばいい」


 ネイラはリリヤをにらみつけた。その目にははっきりと決意がこもっている。


「そして、山賊だとしても私の国民だ。これ以上理由は要らない」


 話は終わったとばかりに次の報告書の束に手を伸ばした。連邦国各地の犯罪増加率について。ネイラはひとめ見ただけで顔をしかめた。


「ずさんだな」


 加害者についてのデータに人種も出身も書いていない。指導するべき人物名を頭の隅に控える。


「あの、それでは…食料が」

「足りない、とは言わせない」


 リリヤの言葉を遮って話し出す。


「今朝の品数は?」

「八品です」

「八! はは! まったく馬鹿らしい!」


 ネイラは空々しく笑った。


「昼からは半分でいい」

「で、ですが」

「栄養面で言えば全く問題ない。間食も抜きだ」


 ネイラの両手が机を打つ。バンッという音と共に筆記具が跳ねた。リリヤはネイラの中に怒りが渦巻いているのを感じた。


「この食糧難に」


 ペンが落ちて、カランと音を立てる。


「王だけ肥えている国など滅ぶべきだ」


 その強いまなざしに射抜かれて、リリヤは息も出来なかった。


「わかったら計算しなおしてこい」


 ネイラの指が扉を指す。細く鋭いその指はビスクドールを思わせる。しかしリリヤは体を震わせながらもなんとか口を開いた。


「お、恐れながら……ネイラ様は第二次成長期でいらっしゃいます。栄養は摂りすぎということはございません」


 リリヤの言葉にネイラは一瞬目を丸くした。自分の小さな手を見やり、握りしめた。体の小ささと能力は関係ない。ネイラは精一杯、胸を張った。


「私の身体は健康であればいい」


 今度こそ話は終わりだと机の書類に判を押す。力を込めたせいでインクが飛び散った。リリヤは肩を落として退室したが、ネイラがそれを見ることはなかった。

 静かになった執務室で、立ちあがって窓の外を見る。眼下に広がる庭は、なんのなぐさめにもならない。枯れた噴水。ほこりをかぶった造花が風に揺らされていた。

 ネイラの采配により、配給車が襲われることはなかった。

 無事、食料供給が果たされたナナズ地方の小さな村。


「食べ物を!?」


 カイルはスープに浸していたパンをまるごと器の中に落とした。ぼちゃんと音を立ててスープがこぼれる。


 カイルは気をなだめるように指でこぼれたスープをぬぐい、舐めとった。


「まさか、嘘だよな?」


 カイルは自分の耳を疑った。


「いいや。王サマは俺たちのついでに山賊も食わせてやってるんだとよ」


 アレンが大声を出して言った。

 周りにいる職人たちもアレンの言葉に耳を澄ませた。ガヤガヤと騒がしかった食堂が奇妙に静まり返る。


「負け犬にやる食べ物なんざ無い! 勝手に飢えやがれ!」


 カイルの叫びが小さな食堂中に満ちる。


「ふん、あのガキ王サマ、産まれてから腹が減ったことがないんだろうぜ!」


 アレンは吐き捨てるように言った。

 カイルは拳を握り締めた。

 敵を生かそうとするなんて、いったいなぜだ? それじゃあ戦って散った兵たちはなんだったっていうのか。


「ネイラめ!」


 ドン、と殴ったテーブルがきしんで食器が揺れる。


「やめろ。テーブルを直すのはもうこりごりだ」


 周りが慌ててなだめたがカイルの怒りは収まらなかった。


「まぁまぁ、ネイラ様にもお考えがあるんだろう」


 初老の職人がカイルの肩に手を置いて言った。

 王の考え? 山賊に分けたからといって、配給量が減ったかと言えばそうではない。


「……なるほど。ウージーたちがうまくやってるってことか」


 カイルは地下の大規模農場で元気に働いている元同僚たちを思い浮かべて微笑んだ。しかしその笑みもすぐに引っ込んだ。

 カツカツと義足を鳴らす。


「……せめて俺たちの暮らしを知っていれば、こんなことになるはずがない。――ネイラは、食べ物をばらまいているだけだ」


 カイルは静かに結論を出した。


「あーあ、いっそ今からでも帝都に行くか」


 背もたれに沈んで、アレンはテーブルの端の席を見た。先日までウージーが座っていた席だ。ほかにもぽつぽつと空席がある。小さな製造所はずいぶんと寂しい。


「どうせ王サマは具入りのシチューでも食べてんだろ? こっちは塩水だ。やってらんねえよ」


 カイルは知らないうちに出てきていたよだれを飲み込んだ。子どものころ絵本で読んだ”シチュー”。色とりどりの野菜とかたまりの肉。新鮮な牛乳のスープ。


「どうせなら直接ネイラ様に言ってみたらどうかね? あの方なら聞いてくださるだろう」


 初老の職人がカイルに向かって言った。


「帝都か……」


 カイルがつぶやいた。平民の暮らしの実情をなんとか直接伝えたい。

 戦士なら、戦って、正さねばならない。


「おいカイル、まさかお前まで帝都に行くのか?」


 アレンが驚いてカイルを見た。


「いいや、伝えたいんだ。俺たちの思いを」

「それなら、なにも帝都に行かなくてもあっちがやってくるだろう」


 カイルは思わず立ちあがった。粗末な椅子がバタンと倒れる。


「そうなのか?」

「ああ、近いうちナナズ地方に視察に来るだろうよ」


 カイルはパン入りのスープを急いで飲み干すと食堂をあとにした。何を伝えるか、まとめなくては。カイルは貼ってあった勤務表をやぶりとり、ペンを握った。

 まずは現状の不満を書き連ねる。それだけで裏面の半分が埋まった。


「なあ! みんなも手伝ってくれ」


 職人たちからも不満も加わり、あれよあれよと紙は埋まる。愚痴大会に発展するのを聞きながらカイルは余白のない紙を見つめる。その目にはかつてない使命感が燃えていた。




三、




 真っ白な髪、白いドレス。朝焼けのような瞳の少女。

 その隣に像のように控えているのは、巨大な鎧。

 "王"は平民とは何もかもが違った。

 カイルは浅く息を吸う。スピーチ台で少女が話し始めようとした、その瞬間、


「おい! 聞いてくれ!」


 衝動的に声が出た。周囲がどよめく。カイルの目は少女だけを見つめていた。

 口が渇く。少女の瞳は驚いている。


 ——俺は、伝えに来たんだ


「敵より、俺たちに食べ物をまわしてくれ! それから……」

「待て。君の出身と名は?」


 少女はカイルに尋ねた。

 一歩前へ出る。


「俺はカイル=アラスト。パンス村から来た」

「パンス村?」

「そんな遠くから……」


 周囲の声が遠く聞こえる。


「パンス村は十分に配給している。追加はない。そして……」


 ネイラは視線を民衆へと移した。


「戦争が終わったヴェリウス連邦に敵はいない」


 一部から拍手が起こった。あの服装は西国のものだ。

 カイルは歯を食いしばる。


「これからはともに未来を向いていきたいと思う。ヴェリウスはより豊かな国になるだろう」


 豊かさなんかない。そう言い返そうとしたとき。

 ガァン、脳を揺らす音。思わずかばった頭を恐る恐るあげる。

 少女の横で鎧の手が何か掴んでいた。


「……見せてみろ」


 少女は低く、ゆっくりと鎧に向かって命令する。手の中にはひしゃげた弾丸があった。


「弾道、地理から狙撃手の位置を特定。殲滅可能」


 鎧は射線を見ながら、背負っている大剣に手をかける。目が水色から赤色に変わっていた。


「いい。予想していたことだ」


 少女はハンカチ越しに弾丸をつまむとそのままつつんでローブにしまった。


「話の途中だったな。すまない。いますぐかつての敵を隣人と思うのは難しいだろう。だが決して不可能ではない」


 少女は改めてカイルを見た。内側から輝いているようなその目に惹きつけられる。


「君の意思には反するようだが、みな等しく私の民だ。贔屓はしない」


 「その紙をくれ」とカイルの持っている紙を指さした。周囲の人々が引いていき、スピーチ台までの道を作る。少女に近づき、カイルは息をのんだ。その姿は思っていたよりずっと小さかった。

 殴り書きの不満を渡す。


「ありがとう。読ませてもらう。これからは意見書として王室宛に書いてくれれば私に届く」


 本当だろうか、とカイルは思った。完璧に思い描かれた空想に、俺たちの飢えは届くまい。

 その夜、カイルは酒場にいた。昼間のことを反芻する。ネイラの言葉は綺麗すぎて、現実味がなかった。


「やあやあ! 奇跡の義足のあんちゃん。昼間王サマに文句言ったんだって?」


 男は黒髪に濃い青の目をしていて、ほんのかすかに硝煙の匂いがした。


——同類だ


 カイルは思った。


「一杯奢るからよ、話聞かせてくれや。生き延びた男の話をさ」

「生き延びた?」


 男は指で首を斬る仕草をした。カイルは鎧が持っていた剣を思い出しゾッとした。


「なんだあんちゃん。知らずに文句言ってたのか。無知ってのは恐ろしいね」


 届いた酒で勝手に乾杯される。男は一口飲んでから、


「ジーク・シル=ウッズだ。よろしくな」と握手を求めてきた。


「立派なもんだ。あんたは村のみんなの腹の心配してんだな」

「だけど、結局は何も……」


 カイルは口ごもった。自分に何かできたとは思えない。直接言えば何とかなると思っていた。でも実際はちがう。問題はもっと根深かった。


「カイル、良ければ家で飲みなおそうぜ」

「いいのか?」


 その誘いは正直ありがたい。ひとりでいても悶々としてしまうだけだ。

 カイルとジークは連れ立って酒場を後にした。だが住宅街からどんどん離れていく。


「ジーク?」

「すまない。家に案内すると言ったのは嘘だ。あんたに見せたい秘密があってね」


 ジークに案内されたのは町の外れにある廃工場だった。


「ここは……」

「つぶれたのはずいぶん前だが、死んじゃいないぜ」


 ジークが南京錠をはずし鉄扉を開けると、そこには十数人の男がたむろして酒を飲んでいた。


「よお! みんな、紹介するぜ。こちらカイル=アラストさん。昼間の協力者さ」

「協力者?」

「あんたが気を引いてくれたおかげで"地にかえすもの"から逃げられたんだ」


 自分のおかげじゃない。とカイルは思ったがここで否定しても仕方がない。


「そんでこいつらが俺の仲間、反王政派団体、名付けて"鋼牙"のやつらだ」


 男たちが手を挙げて挨拶をする。その中から少年がひとり飛び出してきた。


「昼間はほんとうにありがとうございました!」


 カイルはわけもわからず差し出された手を握ってハッとした。


「君が狙撃手か」

「はい」


 少年があどけなく笑う。


「死ぬ覚悟でしたけど。幸運の神様ってところですね」


 少年はカイルに代替え肉の串焼きを差し出した。

 死ぬ覚悟でネイラの命を狙った少年と、何も知らずに叫んでいた自分。

 カイルは恥ずかしくなった。幸運だったのは自分もだ。


「真正面から突っかかるなんて、あんたもやるじゃねえか」


 大男から差し出された酒はきついアルコール臭がした。


「なあ、よければあんたも鋼牙に入らないか? 王政に不満を持ってるんだろ?」

「あぁ……」


 仲間を殺したやつらを同じ仲間だとは思えない。

 カイルは親の顔を知らない。気がつけば周りには自分と同じような子供たちが居た。

 カイルにとって仲間とは家族だ。


「度胸があるやつは大歓迎だ! なあみんな!」


 誰かが言った。おお、と低い歓声が上がる。


「こいつらみんなネイラのせいで職にあぶれたやつらでさ」


 酔っぱらったのか、ジークが肩を組んでくる。


「元はほとんど武器関係の技術者だ」

「三十年続けたのにいまさら別の仕事なんかできるかよ」

「ボクなんて立派な兵士を夢見てたのに終戦しちゃってて! ボクの狙撃の腕は敵の頭を撃ちぬくためにあるっていうのに」


 カイルは少年をまぶしく思った。カイルが同じ年の頃だったなら、きっと同じように兵に志願していただろう。

 ぐるりと見渡した。息をひそめている機械たちとくたびれた職人。初めて来たような気がしなかった。


「みんなは、ネイラを殺してどうしたいんだ?」

「そりゃ、ヴェリウスを強くして、いい暮らしがしたいのさ」


 ジークが塩漬けのキャベツを舐めながら言った。


「周りの国なんざかまうこたない。ヴェリウスの自給自足率は高い」

「職人たちを農夫にしたおかげでな!」

「どこからの情報なんだ?」


 カイルの言葉にジークは自慢げに鼻をこすった。


「農場に行ったやつらさ。王宮の使用人になったやつもいる」


 ジークがやっとキャベツに噛みつく。


「とにかく! 俺たちゃ腹一杯食って働いて暮らしてえ!」


 ジークが酒をあおる。


 カイルも久しぶりの串焼きにかぶりついた。心地よい歯ごたえ。

 空腹で眠れない夜が何度もあった。ここには話がつうじる者たちが居る。

 仲間になれる気がした。


「……俺も、鋼牙になる」


 カイルは噛み締めるように言った。




四、




 赤茶けた月がのぼる頃。

 ネイラはローブを脱いでドレスの上に白衣をはおった。

 軍法会議の議事録を保管庫行きの箱に入れる。王としての政務が終われば、彼女の趣味の時間だ。

 カツ、カツ。足音が地下にこだまする。


「皆、ご苦労」


 ネイラの言葉に白衣の者たちがめいめいに反応を返した。ある者は手を挙げただけだ。恐縮する研究者たちを初日からネイラは「学徒に貴賤などない」と一蹴した。この態度はその努力のたまものである。

 研究仲間の挨拶に満足げに笑って、部屋の中心、診察台のような机に寝かされたヴァンに近づき挨拶をする。


「ヴァンもご苦労」

「問題ない」


 ヴァンからは何本もの線が伸びていてそれぞれが機械につながっている。

 この地下研究所はネイラが王になってから作られた。


「土壌除染の進捗を」

「はい。半年後には地下農場を一ヘクタール広げられるかと」

「……これ以上急げば地上の汚染が無視できなくなるか」

「あそこももう限界ですね」


 ネイラはガラスの壁越しにゆっくり回っている巨大なタンクを見た。そこから出ているパイプはいくつものボンベにつながっている。

 有毒ガスが人間に直接作用するものなら、もっと早くに人間は気づいていたのかもしれない。しかしこのガスは植物にだけ作用する。光合成を阻害するのだ。

 結果的に、植物は枯れ、サンゴ礁が死に、やっと人間は気づいた。その時には既に大気は汚染され、大地も海も手の付けようがなかった。

 ネイラは歯噛みした。自分のしていることは応急処置に過ぎない。


——もっと根本的に解決しなくては


 ネイラはガラスに映る自分を睨みつけた。


「ネイラ様!」

「……アリ、お前、また寝ていないんだろう」


 ちらりと目をやった部屋の隅の机には活性化ドリンクの空き瓶が並んでいる。


「ネイラ様に言われたくありません」


 少女は頬をむくれさせた。幼い仕草は彼女の愛嬌だ。

 少女の名はアリ=ベルチ。ネイラが各国から集めた学者の中で最年少だ。といっても、ネイラより五つ年上の十九ではあるが。彼女もまたネイラと同じように年に似合わない才覚があった。


「ネイラ様、大気汚染の翻訳ができました!」

「よくやったアリ! 見せてくれ」


 アリは誇らしげに胸をそらして紙束を差し出した。ネイラはざっと三周速読すると深く頷いた。


「よし。これを研究所全体に周知するために来週学会を開こう。発表者はアリ、お前がやれ」

「えっ!? 嫌ですよう! 博士のほうが、せ、説得力があるでしょう」


 アリは途端に自信なさげに目線をさまよわせる。その若さへの偏見はなくならない。

 ネイラは腰に手を当ててアリの顔を見あげた。


「アリ、表舞台に立て。場数は武器になる。通訳は私がやる。多少の失敗は恐れるな」

「……ネイラ様がそうおっしゃるなら」


 アリは渋々頷いた。


「これで一歩前進だ」


 ネイラのよどんだ胸に一陣の風が吹いたようだった。

 これはヴェリウスだけの問題ではない。エネルギーを生み出す時、少量の有毒ガスが発生する。それが分かったときにはもう生活はエネルギーに依存していた。

 機械も、もちろん武器も。


「ヴァン! 大気汚染の歴史がついに紐解けたぞ」

「ネイラの脈拍が上昇。感情に高まりあり。喜びと推察」


 ヴァンは目の光をゆっくり瞬かせた。

 人間は、少ない土地を求めて争った。その戦争に終止符を打ったのが"地にかえすもの"、ヴァン=ノクトだ。高純度のエネルギーで自動で動く兵器はいまは亡き小国の技術で作られた。その威力でもって、彼は一国を更地にした。そうしてついた二つ名が"地にかえすもの"である。


「でも、ネイラ様くらいでしょうね。"地にかえすもの"を兵器じゃなくて実験台にしちゃうなんて」

「兵力なら抑止力で充分だからな」


 ヴァンは確実に高純度エネルギーで動いているはずなのに、起動したからといって有毒ガスを発生させる様子がない。

 その仕組みを調べるのが四年前からの最優先事項だ。


「かつてのツェーベル公国には確かにあったのだ……有毒ガスを無害化する技術が」


 ネイラはヴァンの胴をなでた。それがあれば、環境汚染を食い止められる。


「その技術はヴァンに詰まっている」


 ため息をついて、ネイラは隣にいる研究者に声をかけた。


「ヴァンの記録媒体の復元は?」

「……申し訳ありません」

「謝罪はいい。力を尽くしてくれているのは分かっている」


 ヴァンには記憶がない。何かが隠蔽されたのか、不慮の事故で消えたのか、それすらわからない。ヴァンの記録媒体にはネイラと出会ってからのことしか記録されていない。


「ヴァン、お前に何があったんだろうな」

「可能なのは推察のみ」


 ヴァンはその設計の隙の無さから、解体も出来ないのだ。これにはネイラも研究者も頭を抱えた。

 未知の技術の結晶。研究は難航を極めていた。

 ネイラは一冊の本を手にして部屋の片隅にしつらえた自分の机に座った。玉座とは違う実用的な椅子がギシ、と鳴る。

 ネイラの趣味はツェーベル語の翻訳だ。持っているのは歴史書。

 ツェーベルがなぜ滅びたのか。そしてなぜ自分がヴァンに適合したのか。それらの謎のカギはこの歴史書にあるとネイラは確信している。


 「アリ、"ゼンケ"は"公害"で合っているか?」

 「はい。産業廃棄物による汚染なのでそれでよろしいかと」


 夜が更けていく。

 ネイラは本にしがみつくようにして翻訳に没頭した。




五、




 乾いた風が閑散とした砂地を撫であげる。野犬の吠える声。

 カイルは"鋼牙"と別れ、町からパンス村に帰って来た。

 製造所から聞こえてくる音に耳を澄ます。たった数日のはずなのに、自分の巣がずいぶんと懐かしく感じた。

 職人たちへの挨拶もそこそこに、カイルはまっすぐ工場長室へ向かった。


「休みを増やしたいだあ?」


 工場長は額の油汗を手でぬぐうとその手をシャツの胸にこすりつけた。


「人手が減ってるってのにまったく、働かずになにするってんだ」

「俺には、やることがある」


 真っすぐな目を向けられて工場長は虫を払うように手を振る。


「あーあ。これだから若いやつは。なんでも自分がやるべきだと思ってやがる」


 工場長は煙草に火をつけて、たっぷりと吸って長く吐く。無言の時間が続いた。


「いいさ、どうせ暇だ。好きにしろ」

「ありがとうオヤジ!」

「お前がガラクタ以外に興味を持つなんてな」


 工場長は目を細めて笑った。いつのまにか目じりのしわが増えている。

 カイルは頭をさげて自分の持ち場へと戻った。大して仕事が溜まっているわけはない。

 スライド部分のヤスリがけをしていると向かいのアレンがそわそわしながらカイルに訊いた。


「なあ、どうだった? 王サマに耳はついてたか?」

「ははっ、そうだな」


 嘘だろと驚くアレンの後ろで初老の職人が微笑みながらうなずく。彼はネイラ政権賛成派なのだ。


「でも、ただ聞くのと、つうじるってのはちがう。ネイラに届いたとは思えない」

「なんだ? 町に行って口が達者になったな。政治家にでもなるか」

「……そうかもな」

「そりゃいい。座ってお喋りしてるだけで飯が食えるぞ」


 アレンがげらげらと笑った。ジークたちの話を聞いてから、考えることが増えた。

 仲間になったあと見せてもらった武器庫。そこには地雷の起爆装置から回収した爆薬、敵兵からもぎ取った銃なんかが整然と並んでいた。どれも手入れが行き届いていた。使われるのを待ちわびているかのように。

 頭の中にはいくつもの設計図が浮かんでいる。昼休憩が待ち遠しかった。

 カイルは銃身を切っているノコギリを見た。


——あれならあの鎧を斬れるだろうか。


 バンバンバン、突然鉄扉が叩かれた。


「誰か! 誰か助けておくれ!」


 扉の近くにいた職人が開けるや否や体をねじ込むようにして女性が転がり込んできた。


「鎧が、おっきな鎧が村長の家に」


 聞き終わる前にカイルは銃と弾を掴んで走り出した。ジークの声がよみがえる。


——「"地にかえすもの"、ヴァン=ノクト。あいつがいるかぎりネイラには手が出せない」


 村の中心につくとちょうどヴァンが村長の家から身をかがめて出てくるところだった。家が小さく見えるほどにその体は大きい。周りの住人たちは窓からこちらを覗いていた。

 カイルは銃を構えて叫ぶ。


「なにしにきた! 村長に何しやがった!?」

「……カイル=アラスト。パンス村出身。先日ネイラのスピーチで面識あり」


 鋼の体が太陽を照り返す。砂ぼこりを弾くかすかな音が聞こえる。


「説明義務なし。……しかし、誤解がある。解くべきと判断」


 ヴァンは目線を合わせるため片膝をついた。その背に大剣はない。

 誰かが自分の名前を呼んだ。しかしいまはそれに答えている暇はない。


「ネイラの命による目的は調査。食料を村長が独占していないか」


 カイルは呆気に取られて銃を降ろした。


「以上。帰還する」


 ヴァンは砂煙をあげて走り出した。その巨躯があっという間に見えなくなる。


「村長」


 カイルは村長の様子を見ようと家を覗いた。棚やかごの中身は空っぽで、中身が床にぶちまけられている。その中心に放心した村長が座っていた。


「これが……王の答えなのか?」

「まさか、こんなことになるなんて」


 カイルは目を手で覆う。

 村長は緊張の糸が切れたように机に突っ伏した。


「我々は、空腹を満たしたいだけなのに、なぜ」


 村長が座っている椅子の下には水たまりができていた。鼻をつまみたくなるアンモニア臭。

 村長は顔を伏せたまま動かない。それはなにかが過ぎ去るのを待っているように見えた。グリップを握り締めた手のひらがひきつる。こんなのは間違っていると叫び散らかしたかった。


「なんとかなる。きっと、なんとかするよ」


 それがカイルに出来る精一杯の慰めだった。しかし、それが空虚なことは自身がいちばんよく分かっていた。

 カイルはいたたまれない気持ちで工場へ戻った。工場へ帰ると、休憩の鐘が打ち鳴らされていた。

 銃を降ろし、スライスされた固いパン一切れと塩でしょっぱくしただけの水を取り出す。ぎゅる、と腹が鳴る。空腹をごまかすようにロッカーを殴った。

 カイルは食堂へ行かず工房へこもった。紙を引き寄せて、さっき見たヴァンの姿を出来るだけ詳細に書き出す。

 一切露出のない甲冑。その継ぎ目を思い出す。


「人間が作ったんだ。人間が壊せるはずだ」


 できあがったそれをカイルは目の前の壁に貼った。

 絶対に止める。戦うしかない。

 カイルは製図台に向き直ると頭の中にある武器の構想を書き起こすためペンを走らせた。




六、




 王宮の前に敷かれた石畳は砂によって細かく傷ついている。

 使用人が脚立にのぼってヴァンについた砂ぼこりを払い、鎧を磨き上げていくのをネイラは壁にもたれかかって見ていた。

 学会は無事に終わった。同時通訳で疲れた頭をヴァンを眺めることで空にする。


「ヴァン、パンス村はどうだった」

「不正はなかった。問題ない」

「そうか、ご苦労」


 ネイラの中にカイルの叫びがこだましている。

——「俺たちの腹を満たしてくれ!」

 それは国民の叫びだろう。この国は飢えている。

 地下農場では食物の栽培に成功している。しかし、土壌除染の効率を上げなければ全国民を食べさせることはできない。


「ヴェリウス以外での活動を広げることが急務か」


 ネイラは落ち着きなく髪を撫でつけた。ふらりと壁から離れる。

 休憩は終わりだ。切り替えなければ。

 王宮の長い廊下の真ん中を歩きながら、ヴェリウス連邦の地図を思い浮かべる。


「……あそこも、あそこもすでに着手している。地質調査はじきに終わるが問題は資材か」


 地上の資源はほとんど枯渇している。廃材を再利用しなければならないが、それにも時間がかかるのだ。


「回収班の人員を増やすか。手が空きそうなのは……」


 ネイラはとにかくあぶれている人員を職に就かせていた。そうして仕事をすれば誰にも文句を言われず金と食料を渡せる。ネイラの目標は個人の生活水準の底上げだ。

 頭の中で各国に宛てる書状の草稿を練る。

 夜。ネイラは就寝前の自由時間のほとんどを研究室で過ごしていた。今日もツェーベルの歴史書の翻訳に没頭している。

 こんなことをしていても意味はないのだろうか。何度もよぎった不安にさいなまれたとき、


——見つけた。ネイラが探し続けていた記述だ。

『全身を鋼で作り高純度エネルギーを内包することで、自立した判断基準をもち情報と所有者を守護する』

『これをゴルタクと名付ける』

『戦争が始まり、ゴルタクは兵器として利用されることになった』

「ゴルタク……」


 そのとき、ヴァンがかすかに動いたがネイラは気づかなかった。ネイラは本を閉じ、地下から地上への階段をのぼった。

 寝室に戻り、窓の外を眺める。茶色の夜空にはまばらに星が輝いていた。


「ヴァン」


 ネイラが呼ぶと、部屋の隅で停止していたヴァンの目に静かに光が宿った。


「ご命令をば」


 ネイラの瞳は不安で揺れていた。唇を噛み、細く息を吐き出す。


「あくまで、私の、推論だが……」


 二十年前、まだ人が住める土地を求め、人間は争った。その争いに終止符を打ったのはヴァンだ。その際に一国を更地にしたという。そして周辺諸国はヴェリウス連邦として統一された。


「ヴァンを所有している国が戦勝国のはず。実際ヴァンはこの王宮にあった」


 小さな足が柔らかな絨毯を踏みしめる。ヴァンは黙ってそれを見ていた。


「技術の結晶であるお前が負けるはずがない」


 ネイラはヴァンの冷たい胸を叩いた。


「それなのに、なぜツェーベルが滅びている?」

「……ヴァン=ノクト以上の兵器は現存しない」


 ヴァンは静かに断定した。

 ネイラはその場でくるりとヴァンに向き直る。


「やはり、ツェーベルを滅ぼしたのは、ヴァン、お前だ」


 ネイラはヴァンを指さす。その指先は緊張で冷たくなっていた。


「そしてツェーベルの歴史書に書いてあった。『ゴルタクは情報と所有者を守る』と」


 ヴァンは戦争が始まって初めて兵器として活用された。

 それまでは、研究所で"情報を守っていた"。


「お前がなくしたものは”研究記録”、そして守っていたのは”血の適合者”だ」


 ネイラはヴァンの意匠を指でなぞった。儀式のときのように。


「つまりお前はセキュリティ付きの記録媒体。それ以上でもそれ以下でもなかった」

「推論に矛盾なし。事実である可能性が高い」


 それを聞いてネイラは黙った。肩を落とし、ベッドへ倒れ込む。


「”血の適合者”はツェーベルの研究者だろう」


 ネイラは拳を握り締めた。


「……そしてヴェリウスが研究者を脅してツェーベルを攻撃したんだ!」


 ネイラは拳を枕にぶつけた。戦争の忌まわしさに胸をかきむしりたくなる。突っ伏して暗闇に逃げ込んだ。その言葉も独白だった。


「……っ、私は今日わかったよ。なぜ、ツェーベルの歴史書にこだわっていたのか」


 ヴァンは音もなく近づき、ただ側に控えた。


「ツェーベルは滅んだ。間違いなく。ヴェリウスが滅ぼした」


 ネイラはヴァンを見あげた。その目は迷子の子供のようだった。


「私がヴァンに適合するのは、私がツェーベルの研究者の子供だからだ」


 ネイラはしゃくりあげる。下手くそな泣き方だった。


「脅していた研究者をどうすると思う? 私ならそんな危険な要素は排除する」


 静かな部屋に、ネイラの嗚咽が零れ落ちる。


「わ、私の母上は、私を逃がして亡くなったんだ」


 ヴァンがそっとその小さな背中に手を添えた。


「それなのに、私は……」


 ネイラは呼吸を整えようと胸を押さえた。


「……ヴェリウスの、王だ……」




七、




 崩れた壁、吹き溜まった砂、ここもかつては村だった。

 痛いほどの日差しが影の輪郭をくっきりと浮かびあがらせる。カイルは汗をぬぐいながら日陰へと駆け込んだ。


「ジークは、まだ来てないみたいだな」


 仕事を減らして休みをもらったのはこのためだ。つりそうな足をゆっくりと伸ばす。


「カイル! 元気だったかい?」


 ジークが数人の男をつれて声をかけてきた。見知った顔もある。カイルは手を挙げてジークたちを日陰に招き入れた。


「おっ、それが例のもんか。どれどれ」


 ジークに設計図を渡す。それを見て、笑みをたたえていたジークの顔色が変わった。周りの男たちも押し合いながらのぞいている。

 その様子をカイルはどこか落ち着かない気持ちで見守った。


「……いやあ、すごいな」


 カイルの背中を叩いて弾んだ声でジークは言った。


「うちのガラクタがこんなに化けるなんて! 見込みどおりだ。その足を見てこいつならって思ったんだ」

「よく分かったな」


 ジークがカイルの左足の義足をつま先で軽く小突いた。脚と義足の間に伝わってくる慣れない感触。カイルの胸が嫌にざらついた。


「こんなの買える身分じゃないだろ」

「たしかに。……実は他にも、見せたいものがあって」


 カイルはヴァンのスケッチをジークの手に押し付けた。それを見てジークが目を丸くする。


「おい! これ、いっぺん見ただけで描いたのか?」

「いいや、村に来たんだ」

「あんたを狙って!?」

「村長が食べ物を盗ってないか、だとよ。ふざけた話だ」


 カイルは足元にあった瓦礫を蹴飛ばした。


「……使えそうだな」


 ジークがぼそりとつぶやいた。


「え?」

「ヤツをおびき出せる」


 ジークは整えられた口ひげを撫でつけながら言った。


「おびき出す……なら、山賊のフリをするか? 調べに来るだろ」

「配給のためか。それ、いいな」


 パチン。ジークが指を鳴らす。


「よし。場所は任せろ。……カイル、あんたはどうする?」


 ジークの目は厳しかった。

 カイルは生唾を飲んで、口が渇いていることを自覚した。視線がさがる。並んだ靴の中になじまない鉄のブレード。足手まとい、という言葉がカイルにのしかかる。

 しかし、カイルはしっかりと地面を踏みしめた。義足と砂が擦れてジャリ、と鳴る。


「俺も"鋼牙"の仲間だ」


 カイルはまっすぐジークの目を見返して言った。


「……わかった。勝つぞ」


 ふたりは固く握手した。職人同士の固い手の平。

 その皮の厚さが、信頼できる。

 次に会う日時を決めてジークと別れた。


「じゃあ、あとは頼んだ」

「ああ、久々に腕が鳴るぜ」


 ふたりはうなずきあい、廃村をあとにする。

 カイルは足を引きずるようにして近くの宿に泊まることにした。部屋に荷物を降ろす。清潔なシーツが敷いてあるだけマシだ。

 カイルはベッドに腰をおろし、日光で熱を持ったすねをさすった。義足を外し、適当に砂を払って、シャツの袖で磨き、そっと壁に立てかける。

 寝る前の習慣みたいなものだった。


「生きれるのも、"鋼牙"にはいれたのも、こいつのおかげだな」


 カイルは義足を見つめながら寝た。

 夜中、ふと目が覚めた。外が騒がしい。


「なんだ?」


 窓を開けると、道には泣き叫ぶ女と走り回る男たちが居た。


「泥棒! くたばれ!」


 女の絶叫が聞こえる。見ると、男たちは袋を抱えていた。

 カイルはすぐさま義足を履いて外へ飛び出し、走り去ろうとする男を追った。ガリガリガリッ、砂で義足がから回る。


「待ちやがれ!」


 焦りに体が付いてこない。男は巧みに小回りを利かせ姿を消してしまった。しかたなく、カイルは泣いている女の元へ戻る。


「あいつら! あたしが独り身だと思って!」

「金か? 食べ物か?」

「一週間分の食べ物よ! どうすればいいの!?」


 女は肩を揺らして泣いていた。よそ者のカイルにはどうすることもできない。それでもなにかしたくて、カイルは声をかけた。


「……金なら、少しある。取ってくるよ」


 そう言うと女は初めて顔をあげた。その目には期待も感謝もなく、ただ諦めがあった。そしてカイルの左足を見て、


「あんたみたいのが出てくるんじゃないよ!」とわめいた。


 カイルは心臓に冷や水を浴びせられたようだった。逃げ出すようにその場をあとにすると、財布をひっつかんで女の元に戻る。しかし、もう女は居なかった。荒い自分の息がうるさい。

 のろのろと宿に戻って、義足を床に脱ぎ捨てる。ゴトン。重い音を立てて義足が外れた。


「くそ!……くそっ!」


 カイルは何度も脚を殴りつけた。


——だめなんだ。今のままじゃ


 カイルはその夜眠れなかった。女の言葉を思い出すたび、寝返りを打つ。

 新しい義足の構想を練っているうち、窓の外が明るくなった。

 カイルは薄暗いうちから宿を出た。変わり映えのしない製造所。誰もいないうちから、カイルは火を起こしていた。

 赤々と燃える石炭の中に義足を乱暴に突っ込む。

 ギン、ギンッ、黄色く輝くつま先をカイルはひたすらに叩く。

 肌が焼けそうなのをぬるい汗が防ぐ。

 槌を持つ手に力がこもる。

 負の感情を火花に変えて散らす。

 釜に照らされた瞳が燃える。


「……これだ」


 カイルはしびれて感覚のない腕をさすって口角をあげた。

 羽根のように薄いブレード、膝の裏のスプリング。

 カイルは新しい義足をつけた。

 たまらずカイルは駆け出した。地面をえぐるつま先。自然と前に出る膝。空気を切っている音がする。景色がどんどん後ろに流れていく。


「ははっ」


 カイルの口から思わず笑い声が漏れた。

 できたての義足が朝日に照らされて焼けたようにきらめく。

 カイルは深く息を吸った。

 乾いた空気が美味しく感じられた。




九、




 枕の柔らかな感触。薄明るく照らされた寝室。いつのまにかネイラは眠ってしまっていたらしかった。しっかりかけられた布団をめくって起きだす。


「ヴァンか……」

「はい」


 ネイラはびくりと肩を揺らした。


「まだ起動していない。……まさか、一晩中そうしていたのか?」


 ベッドのすぐ横に控えていたヴァンに訊くと無言の肯定が返ってくる。


「馬鹿だな」


 ネイラはかすかに口元をほころばせた。


「私が何者であろうとも、政務には関係ない。ヴェリウスの復興の前で王個人のことなど些事だ」


 ネイラはいつもの白いマーメイドドレスに着替えると玉座に座った。滑らかな皮でしつらえられたそれが今日はどこかよそよそしく感じられる。


「治安改善課ヴェリウス係です」


 列になっている報告者の先頭からネイラに書類を渡してくる。


「ん? 『ナナズ地方の供給ルートに新たな山賊』? おかしいな。あそこの治安は整えたはずだ。……どう思う?」

「えっ? いやぁ、わかりません」

「お前じゃない。ヴァンだ」


 報告者は真っ赤になって小さく謝罪した。それを横目で見てヴァンに視線を移す。


「……罠である可能性が高い。ただし意図は不明」

「同感だ。あの地方には反王政団体の拠点もある。拠点を移動したか。単に食料の二重供給を狙っているか。遠征して他国へも規模の拡大をしようとしている?」


 ネイラは報告書をにらみつけて考えた。


「ヴァンに調査を。武装を許可する。ただし国民の殺害はなしだ。無力化につとめろ」

「御意のままに」


 ヴァンが走り出す。風圧で報告書が宙に舞った。

 ナナズ地方の供給ルート。そこではカイルたち"鋼牙"がヴァンを待ち受けていた。

 ここに住み着いてから一週間ほど。とおった配給車に軽くちょっかいをだしておいた。王室に報告が行っているだろう。ヴァンが来るのも時間の問題だ。


「いつ来てもいいようにしとかなきゃな」


 ジークが銃の手入れをしている。他の皆もそれぞれに罠の確認、見張りをしていた。


「作戦の確認をしよう」


 カイルが皆を集めて言う。

 見張りが声をあげた。


「王宮方面に異常な砂ぼこり! "地にかえすもの"が来たぞ」

「ちょうどいい。みんな、準備はいいな」


 それぞれの顔を見あう。誰が欠けたとしても、これが俺たちの選択だ。


「俺たちは勝つ。勝って、未来を変えるんだ」


 咆哮と共に皆が武器を掲げる。

 瓦礫に身を寄せて息をひそめる。カイルは銃を抱きしめた。震える手を握り締める。こんなにも死と隣り合わせになったことはない。ただ、カイルには不思議な高揚感があった。

 やっと戦える。

 汗がひとすじこめかみから垂れる。製造所にいた頃よりずっと、自分は生きていると感じていた。これが、俺の選んだ戦いだ。

 ザッ、ザッ、硬質な足音がする。

 来た。


「人間の居住の痕跡を確認。食料の供給を受けたくば、整列するべし」


 無機質な声が無音の空間に響く。

 鋼牙は誰ひとりとして動かない。


「反抗の意思があるならば、鎮静化する」


 ヴァンが背中の大剣に手をかけ近づいてくる。その瞬間、砂が滑り落ちる音がした。


「かかった」


 ドォン、天に向かって砂柱があがる。落とし穴と地雷の組み合わせだ。


「効いたか?」


 カイルたちはゆっくりと外に出る。風で砂ぼこりが晴れると、そこには鋼の巨体がそびえ立っていた。


「武器の大破を確認。使用不可」


 カイルは舌打ちした。最大火力の攻撃でも敵わない。


「くそっ、バケモンめ」


 悪態をついてジークが銃を撃つ。膝の関節を狙う。弾道は正確だが鋼の身体に弾かれる。カイルが捕縛網を投げる。鉄線製のそれはヴァンをわずかに足止めした。


「みんな、いまだっ」


 全員で一斉に射撃する。絶え間ない金属音。ヴァンは意に介した様子もなく網から抜け出した。

 一歩一歩ヴァンが近づいてくる。じりじりと後退しながら射撃を続けているが事態は一向に動かない。


——これ以上は無理だ


 カイルは後退するのをやめ、閃光手榴弾を投げた。


「撤退だ」


 カイルは叫んだ。瞼の裏が一瞬赤く染まる。

 カイルが後ろを振り向くと、地面から足が浮いた。掴まれている。そう気づいた時にはヴァンの顔が目の前にあった。


「カイル!」


 ジークの焦った声が聞こえる。


「カイル=アラストだな。お前が反王政団体のリーダーか」

「だったらなんだ?」


 カイルは怯えそうになる心を叱咤してヴァンをにらみつけた。その水色の目は何を考えているのか分からない。


「殺傷は命令されていない。だが捕縛ならネイラの命令違反にはならない」


 捕縛という言葉に体が震えた。反王政団体がどんな扱いを受けるか分からない。


「リーダーは俺だ! 俺を連れてけ!」

「ジーク」


 ヴァンがジークのほうを見た。


「ちくしょう」


 カイルはやけくそで目の前の頭を蹴った。薄いブレードが頭部と首の境目に刺さる。


「この、殺りく兵器が」


 カイルは夢中で脚をあげた。ブレードがきしみ、ヴァンの頭部と首のあいだにわずかな隙間ができる。


「ジーク!」


 必死の叫びに、ジークは銃声で答えた。数発のうち一発がヴァンの内部に打ち込まれる。

 ガァン。ヴァンの体内に金属音が響く。

 カイルは投げ出された。義足が外れる。


「っはあ、はっ……」


 ヴァンを見ると、その目の光が徐々に弱まっていくところだった。立ち尽くしたまま動かない。


「勝った、のか?」

「カイル!」


 ジークが駆け寄ってきて肩を貸してくれる。


「怪我は?」

「いや、ない。それより、ヴァンを見に行こう」


 近づいても、ヴァンは何の反応も返さなかった。しかし、いまにも動き出しそうな不気味さがある。近づくと唸るような駆動音がまだかすかに聞こえていた。


「停止……ってとこか?」

「直されないようにどこかに隠しておこう」


 ヴァンは義足ごと落とし穴に埋められた。作業が終わると、その場に崩れ落ちる。ふつふつと勝利の実感がわいてきた。安堵と歓喜が砂まみれの戦場に満ちる。


「勝った……俺たち、"地にかえすもの"に勝ったんだ!」

「これで帰れる!」

「ネイラの独裁は終わりだ!」


 うおお、と歓声があがる。皆がカイルとジークをもみくちゃにする。勝利の興奮の裏に、捕まった時の恐怖がまだこびりついていた。カイルはごまかすように空を見る。


「カイル、あのとき俺をかばっただろ」

「ああ、とっさにな」

「……お前は、お人よしすぎるよ」

「ジーク?」


 カイルがジークを見ると、ジークはニヤリと笑った。


「今日いちばんの活躍はお前だな。帰って祝勝会しようぜ」

「ああ」


 重たい腕を持ちあげて、カイルとジークは拳を合わせた。

 そのころ、王宮では夜になってもネイラが玉座に座っていた。


「遅い」


 玉座の肘置きに頬杖を突く。

 ヴァンなら夜までに調査を終えられるはずだ。それが帰ってこない。ネイラは嫌な予感がした。しかし、それはあり得ない。たかが民衆の団体にヴァンが破壊されるなど。


「……破壊はなくとも、足止めならできるか」


 ネイラは側近に声をかけた。


「王宮防衛軍隊長に声をかけろ。ヴァン捜索隊設立。明朝出発だ。たたき起こせ」


 ネイラはそう言うと玉座に深く腰掛けた。

 ヴァンが居なければ、本当に独りになってしまう。


「今度は私が夜どおし待ってもいい」


 ヴァンの無事を祈りながら、ネイラはきつく目を閉じた。




十、




 乾いた空気。それに混じる花の香りは人工的なものだ。玉座の横に置かれた観葉植物も作り物。

 ネイラは重たい頭を振って、いちど着替えに自室に戻った。

 ヴァンは結局、夜のうちには帰らなかった。捜索隊はもう出発しているだろう。

 ヴァンが居ない。それはネイラが王になってから初めてのことだった。絶対的な武力に守られていたからこそ、ネイラはいつでも最善を最短で選んでこられた。

 嫌な予感を遮るように髪を梳く。滑らかな髪を撫でて心を落ち着ける。


「大丈夫だ。いつだって、覚悟はできている」


 ネイラはヴァンが控えていない玉座に向かった。その足音はどこか寂しそうに揺れている。

 ヴァンとネイラが再会できたのは、それから三日後のことだった。昼間、執務室に居たネイラの元へ捜索隊の隊長がやってきたのだ。


「なに? ヴァンが埋められていた?」


 ネイラは報告を聞いていぶかしむ。ヴァンが黙って埋められるはずがない。まさか、何者かがヴァンを機能停止にしたのか。鋼の巨躯は地面に横たえられていた。


「ヴァン、"おはよう"」


 起動の言葉をかけてもヴァンの目に光は宿らなかった。その首には見慣れないものが刺さっている。武器には見えない。ネイラはそれに手をかけて引き抜こうとした。しかしわずかほども動かない。


「っ、固いな」

「我々も抜けないか試したのですが……」

「おい、私ごとひっぱれ。他の者も後ろに並べ」

「は? 王の御身に触れるなど恐れ多い」

「うるさい。本気でやらねば立場を失うぞ」


 ネイラは両足をヴァンの肩に置いて、両手で異物を掴み、背中を捜索隊長に預けた。捜索隊長の手が腹に回ったのを確認して、ネイラは叫ぶ。


「私の合図で重心を後ろに傾けろ! 引け!」


 捜索隊総勢五人。屈強な男たちの全体重がネイラの細腕にかかる。すると、ずり、と擦れる音がしてわずかに異物が抜けた。


「動いたぞ! もういちどだ。引け!」


 繰り返して何度目かのとき、異物は引っ掛かりが取れたようにあっさりと抜けた。 捜索隊とネイラが倒れ込む。


「王様! お怪我はありませんか!?」

「これは……義足?」


 全体像を見てネイラは気づいた。この特徴的な義足には見覚えがあった。


「カイル=アラスト……」


 ——「俺たちの腹を満たしてくれ!」


 ネイラの中にカイルの声がよみがえる。


「反王政団体に入ったのか」


 ネイラはその義足をなんとか両手で持ちあげるとヴァンに近づいた。


「ヴァン、"おはよう"」


 しかし、ヴァンは目覚めない。やはり機能停止させられたようだ。


「土を払って地下の研究所に運んでくれ。夜までに終わらせるように。お前たち、ご苦労」


 ネイラは近くにいた使用人に指示を飛ばすとその足で研究所に寄った。


「ヴァンが機能停止した」

「えっ!?」


 研究所内はネイラの言葉にざわつく。


「原因はこれだ」


 ネイラは義足を机の上に置いた。そしてヴァンの状況を説明する。


「これが頭と首の間に刺しこまれていた。内部構造が破壊されたと考える。そこで——ヴァンを解体しようと思う」


 研究所内はさらにどよめいた。


「ネイラ様! 壊すことはできても、我々には戻す術がありません。解体してもわかるかどうか……」


「そうだ。それでもこのまま放置したところでヴァンは甦らない。むしろ好機だと思おう。いくら外から研究してもヴァンの内部機構は分からなかった」


 ネイラは研究所内を見渡した。


「夜までにヴァンの解体計画を立ててほしい。最初は頭部から。欲しい人員があれば上に報告するように」


 ネイラは研究所をあとにした。政務はまだ残っている。今はそれらに向き合わなければならない。

 ネイラは、誰もいない階段の途中で壁にもたれた。


「ヴァン……」


 その声は誰にも届かない。だからこそ、ネイラはつぶやいた。


「私ももう長くないのかもしれないな」


 夜。研究所には研究者の他に武器製造を担当している技師も居た。


「本当に良いんですね?」


 技師はネイラを振り返って問う。


「ああ。始めてくれ」


 ネイラはうなずいた。技師はカッターで慎重にヴァンの頭部を割り開いた。 ネイラは見ていられなくてそっと目をそらした。

 痛ましい。


「これは……」

「すごい……!」


 研究者たちがのぞき込む。

 ヴァンの内部ではエネルギー供給管が血管のように張り巡らされていた。鎧を動かすための機構は有機的でまるで本物の筋肉のようだ。


「首の部分の供給管が数本切れている」


 ネイラが指摘したとおり、元々義足が刺さっていた辺りの供給管が焼き切れたようになっていた。


「直せそうか?」


 研究者や技師が供給管を触る。


「似たような素材を作って代替品とすることは可能です。ですが、これくらいの破損で機能が停止するとは思えません」

「もっと致命的な破損がある、か」

「……これはおそらく弾倉でしょう」


 技師が供給管の断面を見て言った。


「ヴァンに銃弾がとおるはずがない」


 ネイラは持ち帰っていた歪んだ弾丸を技師に見せた。


「ですが、この焼き切れたような跡は銃弾による損傷と似ています。あくまで対人の知識ですが」


 技師が辺りをつけ、供給管をかき分けると確かに一直線に焼き切れたような跡があった。 そしてそれは、脳に当たる主要な機構に穴を開けている。


「これか……」


 研究者も技師も黙った。ヴァンほどの複雑な処理を可能とする機構の破損。まさに致命的だった。


 「なるほどな。解析班、用意はできているな? 研究班、頭部の機構から全身の設計図を予想。今後はそれにそって解体を続ける。武器製造部で供給管の代替品の製造班を立ち上げろ」


 ネイラの指示はあくまで冷静だった。集まっていた研究者たちが整然と動き始める。

 ネイラはお面のように切り離されたヴァンの顔面を持ちあげた。その顔は滑らかで冷たい。


「お前の顔をこんなに近くで見るのは初めてだな」


 答えは返ってこなかった。

 ネイラを見守っていた目はいまやぽっかりと空いたただの穴だった。



十一、



 カイルはパンス村に戻って義足を作っていた。

 釜の火が汗を乾かしていく。石炭が燃える香ばしい匂い。 義足がなければ製造所の立ちっぱなしの仕事はつらい。工場長も理解してくれている。

 カイルは鉄を打ちながらジークとの会話を思い出していた。


「次はいよいよネイラの暗殺だな」

「暗殺……」


 その言葉の恐ろしさにカイルは持っていた酒を握り締める。正直、ヴァンが機械だからこそ戦えた部分が大きかった。そして直接的な恨みもある。しかし、ネイラの姿を思い浮かべた。間近で見た、あの幼さ。

 あれはただの子供だった。自分が同じ年の頃を思い出す。あの頃は義足を作るのに夢中だった。なにかに夢中になってもいい年だ。


「城の見取り図はもらってる。行くなら深夜だな」


 ジークは口ひげを撫でつけながら言った。 これは何かを考えているときのジークの癖だ。


「やっと……やっとだ」


 その小さな声はカイルに届いていなかった。ネイラの暗殺計画を聞きながら、カイルはどうしてもネイラを自分の手で殺す想像ができずにいた。

 ガンガン。休憩の鐘が鳴る。カイルは現実に引き戻された。

 杖を突いて食堂へ行く。食堂ではすでに職人たちが食卓を囲んでいた。


「よお、カイル。義足の調子はどうだ?」


 アレンが声をかけてきた。


「まだだな。少し改良したいところもあるし」

「お前の凝り性はもう不治の病だな」


 アレンがげらげらと笑う。カイルも笑った。とても久しぶりな気がした。帰って来たという実感がカイルの胸の中に満ちる。


「それにしても、お前は最近何してんだ? 大切な足も失くしてきてよ」

「それは……」


 "地にかえすもの"と戦ってきたとは言いづらかった。反王政団体と付き合いがあることも誰にも話していない。言えば止められるかもしれない。だが、家族同然の職人たちに隠し事をしているのは後ろめたかった。


「じ、実は」


 カイルは話してしまいたくなった。そして「馬鹿なことはやめろ」と言ってほしかった。しかし、


「やめとけよアレン。カイルもいい年なんだ。ガキ扱いはやめてやんな」と隣にいた職人に止められてしまった。

「それもそうだな。どうもお前は構いたくなっちまう。すまねえな」

「い、いや、いいんだ」


 カイルはスープに浸したパンをかじりとった。咀嚼して飲み込む。

 だめだ。万が一のことがあれば皆に迷惑がかかるかもしれない。なんたって王の暗殺だ。自分だけで決めたことだ。

 カイルは食欲を失くして、休憩もそこそこに義足作りに戻った。足音が立たないように、ゴムのソールをつけようと思っている。

 帝都は、王宮は今どうなっているのか。田舎の小さな村では知りようがなかった。

 その頃、ネイラはカイルについて考えていた。

 飢えを訴えてきた青年、カイル=アラストが反王政団体に所属した。 それはネイラにとって少なからず意味を持っていた。彼にとって、自分は間違っているのだ。


「……本当は、私が間違ったことがないとは言えない」


 ネイラにだってわかっている。一方を助ければそのしわ寄せは一方が背負うこと。それでも、自分が迷えば国が迷う。責任を取るのが王の務めだ。ネイラは迷うという選択肢を持っていなかった。

 もし、民意が自分を否定するなら。ネイラは考える。そのとき自分が取るべき最善を。


「……ヴァン」


 つい口から零れ落ちる。彼が是と言えば自信を持っていられた。ネイラは地面が崩れ落ちたかのような喪失感に襲われていた。

 自分は恥ずかしいほどに脆い。ヴァンを失って初めて自覚した。

 政務が終わるとネイラは必ず研究室にかよっている。ヴァンの解体は順調に進んでいた。今夜はいよいよ胴体だ。

 技師が慎重にカッターを入れる。内部の機構を傷つけることがあってはいけない。


「これで、"地にかえすもの"のエネルギーの秘密がわかりますね」

「あぁ、そうだな」


 ネイラは上の空で答えながら解析班を見た。

 ヴァンの脳は複雑で、直すことはできないという。今は残っている記憶媒体や運動機能を取り戻そうとしているところだ。

 ヴァンの胴体が開けられた。そこにはエネルギーを製造し、供給しているポンプがあり、そこからパイプが数本飛び出していた。


「これは……」


 ネイラはパイプを様々な角度から観察した。


「……金属触媒だな。これで毒ガスを無害化していたんだ」


 ネイラはパイプを叩いた。硬質な音がする。


「ネイラ様! やっとわかりましたね! これで環境を……」

「いや、だめだ。この印、これは超貴金属だ。超貴金属は戦争でほとんどなくなった」


 ネイラが切り離されたヴァンの胴体を殴る。


「……くそ!」


 ネイラは叫んだ。平素ではありえないことに研究者たちが目を丸くしてネイラを見る。立て続けにヴァンに拳を打ち付けると、ネイラはその胴体に縋りつくようにして泣いた。熱い涙がこぼれていく。

 ひきつれた泣き声が沈黙の中で鮮明に響く。


「私たちは失っただけだ! ヴァンも無駄死にだ! 私たちは、滅ぶしかないというのか……っ!」


 ヴァンの胴体に落ちた涙がその形に反って流れていく。誰も何も言えなかった。

 研究室には一面の絶望が広がっていた。




十二、




 ネイラは会議室に居た。無機質に並べられた机。天井から垂らされた国旗。窓から差し込む光を空気に舞ったほこりが反射していた。重たい沈黙を低い声がさえぎった。


「王様、お考え直しください」

「くどい」


 ネイラは不機嫌だった。かつてこれまで自分の要望が却下されたことはない。


「警備は増やさない。国の防衛体制も変えない。以上だ」

「しかしそれでは……」

「ヴァンの不在を隠したいと言ったのは誰だ? それなら変えるべきところはない」


 国防総督が黙る。ネイラだって"万が一"を考えないわけではないが、可能性は高いほうを優先するべきだ。


「妥協として、私の部屋に不寝番をつける。だがそれは王宮防衛軍から派遣させる」


 ネイラは机の上で手を組んだ。端から端まで並んだ顔を見やる。誰も彼もが不満そうに口をつぐんでいる。


「王様、どうか最後の王家の血筋であることをご自覚くださいませ」

「まだ言うか!」


 ネイラは立ち上がって吠えた。


「お前たちはこの血に忠誠を誓ったのか!? それとも私の能力を買っているのか、どちらだ!?」

「……両方でございます」

「わたくしもでございます」


 口々に同意するのを聞いて、ネイラは椅子にへたり込んだ。簡素な椅子がガタリと音を立てる。


「日和見どもめ……」


 憎々しげに見渡す。誰とも目が合わなかった。ネイラはため息をついて再び机の上で手を組んだ。

 ネイラは外を見た。風がつむじを作っている。


「……国防は変えない。周辺国に対する威嚇と思われては外交しづらい。王宮内の警備は任せる」

「はい。お任せください」


 ネイラは緩慢な動作で立ちあがり、会議室をあとにした。各部隊の隊長が起立して礼をした。




十三、




 深夜、不寝番以外が寝静まったころ。

 カイルたちは王宮が見える位置で隠れていた。冷たい夜風が頬にぶつかる。王宮は正門前に見張りが居るだけだ。

 ジークは裏に回るとはめ殺しの窓をカッターで切り取った。見張りを一人置き、王宮内を足音を抑えて歩く。

 王宮内はかすかに良い香りがしていた。なんの香りかは分からない。

 革製の靴で石造りの廊下を進むと足の裏に確かな硬さを感じた。義足の裏につけたゴムが小さくキュッと鳴る。


「あそこだな」


 王宮の真ん中あたり、廊下の途中に見張りが立っている。そのひとりを大男が抑え、もうひとりを違う男が抑えた。

 叫ばれないよう口を塞ぎ、暴れる手をうしろにまとめる。その手際は見事だった。


「入るぞ」


 ジークと共にネイラの部屋に入る。ネイラは寝ていなかった。ベッドに座って、窓の外を見ていた。


 ネイラがこちらを振り返り、驚いたように目を丸くする。


「ずいぶん早かったな」


 ネイラは落ち着いていた。こちらが脅すまでもなく両手をあげる。


「叫んだら殺す」


 ジークが低い声で言った。


「叫ばなくても殺されるのに?」


 ネイラは小さく笑った。それがジークには気に障ったらしく、ネイラとの距離を一気に詰め、その細い首にナイフをあてる。


「その面が腹立つんだよ! 自分が正しいみたいな顔しやがって……」

「ジーク!」


 大声をあげるジークをカイルは短く制す。ジークはネイラの胸ぐらをつかみあげて壁に押し付けた。


「俺はっ……! お前のせいでクソみてえな暮らしをしてんだ」


 ジークはネイラの胸ぐらをつかみなおす。ネイラは小さくせき込んだ。


「お前が解雇したやつ。俺の親父だよ。知らないだろ! 平民の暮らしがどれだけみじめでひもじいか」


 ネイラはそれを聞いて嘲笑した。


「ならお前は知っているのか? 自分の選択で何千もの民の生活が左右される苦しみが」


 カイルはハッとした。その小さな肩にかかっている重圧を、彼女はちゃんと感じていた。


「カイル=アラスト」

「! なぜ俺の名前を?」

「名乗っただろう。私の前で」


 驚いた。たった一度名乗っただけの民衆のひとりをネイラは覚えていたのだ。


「……お前の暮らしも、みじめで、ひもじかったか?」


 ネイラの問いにカイルは自分の生活を振り返った。

 みじめだったか? みじめだった。でもそれは、誰かのせいだったか? 困っていたのは自分だけじゃなかった。その中で生きる自分を誇らしく思ったこともある。

 ひもじかったか? ひもじかった。空腹じゃない夜は無かった。ただ、ネイラが王になってから明日の食料の心配をすることはなかった。毎日ひもじいのを嘆いていただけだ。


「カイル」


 ジークが呼んだ。その目は復讐と憎しみで暗くよどんでいた。ネイラの首元にあてられたナイフが冷たく光る。


「俺は、みじめだった。ひもじかった。だから変えたかった」


 ネイラの目を見つめる。夜明けの瞳。その瞳が、苦しげに細められている。


「あんたと同じなんだ。あんたも、同じだったんだな……」


 カイルはナイフを捨てた。


「……こんなやり方じゃ何も変わらない」


 それを聞いたジークは舌打ちした。


「俺はただ、復讐しに来ただけだ」

「ジーク!」


 カイルが止める間もなく、ジークがネイラを刺した。

 白いワンピースが染まっていく。暗がりでもわかるほど黒く、てらてらと光りながら。

 夜明けは永遠に失われた。




十四、




 鉄の臭いが香っていた。部屋の甘い香りと混じり、吐き気を催す。

 冷たい夜の空気は少女の体温を容赦なく奪っていく。


「ネイラ!」


 カイルはネイラに駆け寄った。ジークを突き飛ばすと、床にくずおれたネイラの体を抱きあげる。その体は失われたものに対してあまりに軽かった。


「カイル……」


 ネイラはカイルを見た。その瞳に輝きはない。


「すまな……かった」


 口の端から血がこぼれる。


「謝られることなんかない! しゃべるな! 血が……」


 この期に及んで民に謝るネイラにカイルは泣き出したくなった。

 かすかに呼吸している唇からは色が失われている。カイルは抱いている体がだんだん冷たくなっているのを感じていた。


「豊かさとは、……なん、だろうな」


 ネイラは遠くを見た。いや、どこも見ていなかったのかもしれない。さまよった瞳はカイルを映してかすかに細められた。

 ネイラの体は苦しげにこわばると、突然ふと脱力した。ネイラは静かに息を引き取った。 自分はただ、平和を夢見る子供を殺しただけだ。 足に力が入らなかった。もうにどと立ちあがれない気がした。


「カイル、逃げるぞ」

「ジーク……」


 ジークがカイルを立たせようとする。その手にはベッタリと血が付いていた。それを見て思わず振り払う。


「カイル?」

「……知らなかったよ。復讐のためだったなんて」

「同じようなもんだろ。あんたもみじめな暮らしに腹を立ててた」


 違うとは、言い返せなかった。カイルも暮らしが苦しいのはネイラのせいだと思っていた。でも実際は違ったのだ。彼女も苦しんでいた。


「俺たちは……間違ってたんだ」

「その話、ここですることか?」


 ジークは部屋を出て行った。なんとか壁伝いに立ちあがり着いて行くと、外に居た見張りの兵士も死んでいた。抑え込んでいたふたりが殺したんだろう。カイルはたまらずその場に胃液を吐いた。すえた臭いと味が鼻腔にひろがる。

 来る時と同じように、カイルたちは足音を忍ばせて外に出た。暗殺は成功に終わった。


「ここで別れよう」


 カイルは言った。ジークは興味なさそうに振り返った。


「いいぜ。俺もリーダーを降りる。あとのことは成り行きだ」


 カイルはジークを思いきり殴った。たたらをふんだ義足がかちゃかちゃと鳴る。 荒い息遣いが聞こえた。自分のものだった。


「暮らしを良くするんじゃなかったのかよ!」

「たかが平民! 暮らしに良し悪しがあるか!」


 ジークもカイルを殴った。カイルは避けなかった。地面に転がる。口の中が切れて血の味がした。


「あんたも目え覚ませ! 俺たちは変われねえんだ!」


 ジークはそう言うと男たちを連れて町へと帰っていった。

 カイルはしばらくその場でうずくまっていた。 今夜失われたものをカイルは抱えきれずにいた。

 目先の飢えに目がくらんで、暴力に訴えた結果がこれだ。

 ネイラの血を含んだ服が、冷たく肌に張り付いている。

 カイルはそれから数日かけてパンス村に戻ってきた。道中のことはよく覚えていない。汚れたシャツを捨てて、まだマシなシャツに着替える。

 カイルは固く決意していた。戦いではなにも解決しない。ただどちらかが失うだけだ。もう武器を手にすることはないだろう。

 朝早く製造所に行くと、カイルはまっすぐ工場長室に向かった。工場長室がある二階からは製造所全体が見渡せる。プレス機、ドリル、ヤスリ。硝煙のにおい。すべてが懐かしく、色あせて見えた。


「なんだって?」

「俺は、帝都に働きに行く」


 カイルは工場長に頭をさげた。工場長は信じられないものを見る目でカイルを見ている。


「銃と結婚しそうなくらいだったのに、いったいどうしたんだ」

「にどと間違えたくないんだ」


 カイルの目は座っていた。その目にかつての火はない。


「俺はもう、戦わない」


 カイルは暇をもらうと職人たちに挨拶して製造所を出た。 皆、一様に驚いてカイルの正気を疑うのでカイルは笑ってしまった。

 乾いたぬるい風がカイルの痛んだ髪をさらう。

 天高く輝く太陽がゆっくりと雲に覆われて、世界は影に沈んでいった。

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