エピローグ:王家の裏予算と最高のスイーツ
遺跡が沈黙し、数日後の『星屑の天球儀』地下拠点。
そこには、無事に任務を終えたはずのリンとガイの絶叫が響き渡っていた。
「――はい、こちらが今回の報酬の明細書よ。確認なさい」
エレオノーラが優雅に差し出した書類を、リンがひったくるように受け取る。だが、その数値を追うごとに、彼の顔はみるみる青ざめていった。
「……おい、待て。桁が一つ、いや二つ足りねぇぞ! 命がけで遺跡を止めたんだぞ!?」
「本当だよ! あの騎士たち、すっごく硬かったんだから!」
詰め寄る二人に、エレオノーラは扇子をパチンと閉じ、氷のような微笑みを浮かべた。
「遺跡の停止については、お見事でしたわ。……ですが、事後の報告書にこうありました。『汚れた王太子を洗うため、部外者にシャワー室を勝手に使用させたうえ、備え付けのものとは別の――ヴァランシエール家御用達の最高級ソープを使い果たした』と」
「あ、あれは……だって、泥だらけのまま殿下を帰すわけには……」
「そうだぜ、それに、あれでも王族だ。市井のソープなんて使わせられないだろ」
「言い訳は不要です。あのソープは一滴で金貨一枚の価値がある代物。それを薄汚れた男三人の洗濯に使い果たすなど、万死に値しますわ。……よって、不足分は報酬からきっちり差し引かせていただきました」
「「ひどすぎる!!」」
理不尽すぎる言い分に、地鳴りのような叫びが地下室を揺らす。 そんな騒動を余所に、一人の青年が恐る恐る部屋に入ってきた。
「……すまない、その、ソープの件は私が後で王宮から補填させよう。だから、そう怒るな。それより、約束のものを持ってきた」
クロヴィスが少し誇らしげに領収書を置くと、リンとガイは同時にそちらを向いた。
「……王家の裏予算、決済済みだな?」
「ああ。最高級の食材を揃えさせた。これで文句はあるまい」
リンが満足げに頷き、ガイがパッと表情を明るくする。
「まかせて! 今日は特別に、リリアーヌお嬢様とエレオノーラ様、それから……『俺の弟分』の分も、特大のスイーツを作っちゃうからね!」
「誰が弟分だ……!」
クロヴィスは生意気な口を利きながらも、やがて運ばれてきたガイの手作りケーキを、毒気を抜かれたように頬張った。
そしてクロヴィスが満足げに店を後にすると、残された二人は山積みの高級食材を前に、ふと口を開いた。
「ねぇリン。ところでさ、ずっと気になってたんだけど……『裏予算』て何なの?」
ガイがホイップのついた指を舐めながら、無邪気に問いかける。リンは手元の帳簿をパタンと閉じ、窓の外へと消えていく王太子の背中を見送りながら、淡々と答えた。
「偉い人のところには色々あるんだろうよ。平民が深入りしちゃいけないところだ」
「へぇー。よくわかんないけど、美味しいものが食べられるなら正義だね!」
「そういうこった。……あ、おいガイ。その最高級チョコを少しこっちに回せ。一番高いやつだ」
「えー、それは俺のだよ! リンはさっきからベリー系ばっかり食べてるじゃん!」
「うるせぇ、設計と計算をしたのは俺だぞ」
「それを形にしたのは俺! ……あ、エレオノーラ様! リンがチョコを独り占めしようとしてます!」
「てめっ……!!」
二人のしょうもない諍いにエレオノーラがちらりと目を向ける。
「……騒がしいわね、一割引きますわよ?」
冷ややかな声に、二人は瞬時に凍りついた。
――『天球の灯』の日常は、今日も少しの不条理と、最高の味とともに続いていく。
終わった。よかったー。あと一話、おまけがあります。




