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異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~  作者: 歩人


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第56話: ルールベースのフィルタリング

 魔力リミッターの設置から五日後。


 王都の東側防壁に、警報が鳴り響いた。


「管理者。第二防壁に攻撃検知。数、三百五十六。継続的に増加中」


 リーティアの声に、リオンは顔を上げた。


「三百五十六? 攻撃が?」


「肯定。小規模攻撃の連続。防壁は正常に防いでいるが、処理負荷が上昇している」


「見せて」


 リオンの【診断】が、第二防壁の状態を映し出した。


 そこには無数の魔力反応があった。一つ一つは弱い。防壁が簡単に防げるレベル。だが数が多すぎる。


「これ、低級魔獣か」


 リオンは呟いた。


「ゴブリン、スライム、魔力ネズミ。雑魚を大量に送り込んでる」


「雑魚?」


 エルナが尋ねた。


「でも、防壁は防いでますよね」


「防いでる。でも防壁の処理能力が圧迫されてる。一匹一匹は弱いけど、数が多すぎてリソースを食われてるんだ」


「それって」


「DDoS攻撃だ」




 セラフィーナが駆けつけてきた。


「飽和攻撃か。帝国の古典的な手法だ」


「知ってるのか」


「ああ。防壁に大量の低レベル攻撃を送り込んで、処理能力を飽和させる。そして本命の攻撃が来る。防壁が雑魚の処理に忙殺されている隙に、強力な攻撃を混ぜる」


「なるほど」


 リオンは歯噛みした。


「雑魚は囮か。本命はまだ来ていないのか」


「時間の問題だ」


 リーティアが報告する。


「攻撃数、五百三十二。防壁処理負荷、七十二パーセント。このままでは飽和する」


 リオンは拳を握った。


「このままじゃ、本命が来たときに対応できない。雑魚を自動で遮断する」


 羊皮紙を取り出した。


「前の世界で言うファイアウォール。ルールベースのフィルタリングだ」


「ルールベース?」


「『これは脅威じゃない』というパターンを登録しておいて、該当する攻撃は防壁本体に届く前に弾く。そういう仕組みだよ」




 セラフィーナが前に出た。


「それ、私にやらせてくれ」


「え?」


「パターンマッチングによる攻撃判定は帝国で訓練されたことだ」


 セラフィーナは真剣な目でリオンを見た。


「低級魔獣の魔力パターンはわかる。フィルタリングルールを作るなら、私が適任だ」


「でも」


「信頼してくれ。私はもう、帝国の犬じゃない」


 リオンは、セラフィーナを見た。琥珀色の目が、真っ直ぐにこちらを見つめている。


「わかった。頼む、セラフィーナ」




 一時間後。セラフィーナはフィルタリングルールを完成させた。


 羊皮紙に、魔力パターンの特徴が細かく記されている。ゴブリンの魔力パターンは周波数が低く安定しない。スライムの魔力パターンは均一で単純。魔力ネズミは短時間で減衰する。


 リオンはルールを確認した。


「これ、完璧だ」


「当然だ」


 セラフィーナは少し得意げに言った。


「帝国では、こういうパターン解析を何百回とやらされた。嫌いな訓練だったが、今になって役に立つとは」


「セラフィーナさん、すごいです」


 エルナが感心して言った。


「これなら雑魚を全部弾けますね」


「理論上は。だが実装が必要だ」


 セラフィーナはリオンを見た。


「リオン。これを防壁に組み込めるか?」


「やってみる」


 リオンは防壁の入力部に、新しい魔力回路を追加し始めた。フィルタリング層。防壁本体の前に設置する、パターンマッチング機構。セラフィーナのルールを魔力回路に変換し、刻み込んでいく。


「エルナ、魔力パスをここに接続して」


「はい」


「リーティア、テストパターンを送ってくれ。ゴブリンレベルの魔力で」


「了解」


 テスト魔力が流れ込む。瞬間、フィルタリング層が反応した。パターンマッチング成功。雑魚と判定。遮断。魔力が、防壁本体に届く前に弾かれた。


「成功だ」


 エルナが拍手した。


「やりました!」




 リオンはフィルタリング層を第二防壁に設置した。


「リーティア、実戦投入。フィルタリング層、起動」


「了解。フィルタリング層、起動」


 瞬間、防壁の処理負荷が一気に下がった。


「処理負荷、七十二パーセントから三十五パーセントに低下。雑魚攻撃、フィルタリング層で遮断中」


「効いてる」


 リオンは安堵の息を吐いた。


「これで本命が来ても対応できる」


 その瞬間、警報が鳴った。


「管理者。強力な魔力反応を検知。第二防壁に接近中。出力、規定値の八百パーセント」


「来た!」


 リオンは【診断】を集中させた。雑魚の群れの中に、一つだけ異質な魔力が混じっている。高位魔獣。おそらくオーガクラス。防壁を正面から破壊できる出力。


「フィルタリング層は?」


「パターン不一致。高位脅威と判定。防壁本体に処理を委譲」


「よし!」


 リオンは拳を握った。


「雑魚はフィルタで弾かれてる。防壁本体は、高位脅威だけに集中できる」




 第二防壁が、光を放った。


 高位魔獣の攻撃を受け止め、魔力を分散させ、反射する。完璧な防御。雑魚に処理能力を食われていない防壁は、本来の性能を発揮できた。


「第二防壁、攻撃を完全防御。高位魔獣、撃退」


 リーティアの報告に、リオンは深く息を吐いた。


「間に合った」


 セラフィーナが隣で呟いた。


「ルールベースのフィルタリング。前の世界の技術か」


「うん。ファイアウォールの基本だよ」


「興味深い」


 セラフィーナは真剣な目でリオンを見た。


「前の世界では、こういう防御技術が普通にあったのか」


「基本的な考え方としてはね」


 エルナが尋ねた。


「でも、これ、新しいパターンが来たらどうするんですか?」


「ルールを更新する」


 リオンは答えた。


「新しい攻撃パターンが来たら、セラフィーナが解析して、ルールに追加する。それを繰り返していけばどんどん賢くなる」


 セラフィーナが続けた。


「学習型の防御機構か。面白い」


「帝国では、こういうのはなかったのか?」


「なかった。攻撃のパターン解析は訓練されたが、それを防御に使うという発想はなかった」


 セラフィーナは少し寂しそうに笑った。


「帝国は壊すことしか考えていなかったから」




 その夜、リオンはセラフィーナと二人で監視室にいた。フィルタリング層の動作ログを確認している。


「今日だけで雑魚攻撃、千二百三十七回。すべてフィルタで遮断」


「効率がいい」


 セラフィーナは満足そうに頷いた。


「防壁本体のリソースは高位脅威のためだけに使われている」


「セラフィーナのおかげだよ。あのパターンルールがなければ、実装できなかった」


「礼はいい」


 セラフィーナは視線を逸らした。


「これは私の贖罪だ」


「贖罪?」


「帝国で、私は攻撃のためにこの技術を使っていた」


 セラフィーナの声が、静かに響いた。


「魔法陣の弱点を見つけて、攻撃パターンを作って、壊すことばかり考えていた」


「でもお前と一緒に働いて、わかった」


 セラフィーナはリオンを見た。


「守る技術のほうが——難しくて、やりがいがある」




 リオンは微笑んだ。


「うん。守るほうが難しいよ」


「なぜだ?」


「壊すのは一瞬でいい。でも守るのは、ずっと続けないといけない。毎日、毎時間、毎分。止まらずに動き続ける。それが、運用保守の仕事だから」


「そうか」


 セラフィーナは少し考えて、言った。


「なら私も、ずっと続ける」


「え?」


「この王都のインフラを、お前と一緒に守り続ける」


 セラフィーナの琥珀色の目が、真っ直ぐにリオンを見つめた。


「それが私のやりたいことだ」


 リオンは少し驚いて、それから微笑んだ。


「ありがとう、セラフィーナ」


「礼はいい。ただ、技術が面白いだけだ」


「そう?」


「ああ。お前の方法論は興味深い。もっと学びたい」


「じゃあ、明日も一緒に作業しよう」


「ああ」


 セラフィーナは、ほんの少しだけ嬉しそうに頷いた。


 翌朝、リオンはフィルタリング層を全防壁に展開する作業を開始した。エルナとセラフィーナが手分けして、各防壁に魔力回路を追加していく。


「第一防壁、フィルタリング層設置完了」


「第四防壁も完了です」


「よし。残りは第五と第七だけだ」


 ミーナが進捗表を確認している。


「このペースなら、今日中に全防壁にフィルタを設置できますね」


「ああ。そうすれば帝国の飽和攻撃は、もう通用しない」


 夕方、第五防壁への大規模飽和攻撃があった。だがフィルタリング層が即座に反応し、雑魚をすべて遮断した。


「雑魚攻撃、千五百二十三回。すべて遮断。防壁本体への負荷、ゼロ」


 リーティアの報告に、リオンは満足げに頷いた。


「完璧だ」


 アルヴィスが隣で呟いた。


「お前の作る防御機構は、私一人よりも確実だな」


「局長一人じゃ、この数の雑魚は捌けませんから」


「ふん。そうだな」


 アルヴィスは少し寂しそうに笑った。


「私が全盛期でも、千回の攻撃を同時に防ぐのは無理だ」


「でも仕組みを作れば、誰でも防げる。それが、運用保守の強みです」


 その夜、リオンはリーティアの部屋を訪れた。


「管理者。本日の稼働率、97.5%。良好」


「ありがとう、リーティア。今日も無事に乗り切れた」


「管理者」


「ん?」


「フィルタリング層は効率的だ。防壁本体のリソース使用率が大幅に低下している」


「うん。セラフィーナのおかげだよ」


 リーティアは少し間を置いて、言った。


「管理者はセラフィーナを信頼しているのだな」


「ああ。彼女は優秀な技術者だから」


 リーティアの投影体が、ほんの少しだけ揺れた。


「私も、優秀なシステムだ」


「もちろん。君がいなければ、王都のインフラは守れない」


 リーティアの金色の目が、少し明るくなった。


「管理者。定期メンテの時間だ」


「わかった。今日もよろしく」


 窓の外、王都の夜景が広がっている。防壁の光が、静かに輝いていた。


 DDoS的飽和攻撃——大量の雑魚による防壁処理の飽和。それは、ルールベースのフィルタリングによって完全に無力化された。


 だが帝国の攻撃は、まだ続く。次は、どんな手を使ってくるのか。


 リオンは警戒を緩めなかった。




 **あとがき**:「雑魚の洪水を仕組みで弾く」。セラフィーナの攻撃者知識を守る側に転用し、パターンマッチでDDoSを無力化する第56話。千五百回の攻撃を人力で捌く不可能を、ルール一枚が解決する痛快さがテーマです。

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