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異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~  作者: 歩人


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第55話: 性善説で設計されたシステムの末路

 魔術局の監視室に、甲高い警報音が響き渡った。


 リオンは羊皮紙から顔を上げた。リーティアの投影体が、金色の目を明滅させながら報告する。


「管理者。第三防壁に異常魔力集中を検知。入力魔力量、規定値の三百七十パーセント。上昇継続中」


「三百七十?」


 リオンは椅子から飛び上がった。


「フェイルセーフは」


「反応なし。防壁は魔力を受け入れ続けている」


 エルナが駆け込んできた。


「リオンさん! 第三防壁の魔力量が」


「わかってる。今、診断する」




 リオンの【診断】が、第三防壁の構造を映し出した。


 防壁魔法陣の核心部。そこに膨大な魔力が流れ込んでいる。防壁は本来、外部からの攻撃を受けて魔力を消費する。その逆だ。誰かが意図的に魔力を注ぎ込んでいる。


「これ、外部からの強制入力だ」


「入力上限は」


「ない」


 リオンは呟いた。


「古代の設計思想だ。魔力は自然に供給されるものだから、『多すぎる』なんて想定していない」


「それじゃあ」


「受け入れ続ける。限界を超えるまで」


 リーティアの声が割り込んだ。


「魔力量、規定値の四百十パーセント。制御回路に負荷。防壁出力の不安定化を確認」


「くそ」


 リオンは魔術局の広間に走り出た。


「アルヴィス局長!」


 アルヴィスは既に杖を構えていた。


「わかっている。第三防壁の出力が暴れている」


「帝国の攻撃です。外部から魔力を強制注入している。防壁を内側から破裂させる気だ」


 アルヴィスの顔が強張った。


「そんな攻撃は」


「前の世界でも似たようなのがありました。バッファオーバーフロー。システムに許容量を超えるデータを流し込んで暴走させる攻撃です」


「魔法陣に、そんなことができるのか」


「できます。実際にやられてる」


 リオンは監視用の魔力盤を見た。第三防壁の魔力量がどんどん上昇していく。


「このまま行けば十五分で臨界。防壁が内側から崩壊します」




 エルナが走ってきた。


「リオンさん、どうすれば」


「魔力の入力元を遮断したいけど、外部から注入されてる。経路がわからない」


「セラフィーナさんを呼びましょう!」


「もう呼んでる。でも間に合うか」


 リーティアの声。


「魔力量、規定値の四百五十パーセント。防壁制御回路の魔力パスに亀裂発生。このままでは」


「防壁が爆発する」


 リオンは拳を握った。


「魔力を逃がす方法は」


「管理者」リーティアが言った。「防壁の出力を上げて、魔力を放出させる方法がある」


「それ、防壁を解除するってことだぞ」


「短時間なら問題ない。三秒間、全出力で放出すれば過剰魔力を消費できる」


「三秒」


 リオンは計算した。


「その間、防壁はゼロになる。外から攻撃されたら」


「リスクは承知している。だが何もしなければ防壁は崩壊する」


 アルヴィスが前に出た。


「やれ」


「局長」


「三秒間なら、私が防壁を代わりに張る。完璧ではないが凌げる」


 アルヴィスは杖を握った。


「お前の判断を信じる」


 リオンは頷いた。


「ありがとうございます」


「礼はいい。早くしろ」




 リオンはリーティアに指示した。


「第三防壁、全魔力放出。カウントダウン、五秒前から」


「了解」


 エルナが魔力を練る。


「私も補助に回ります」


「頼む」


 リーティアの声が響く。


「五、四、三」


 アルヴィスが杖を掲げた。銀色の魔力光が彼の周囲に渦巻く。


「二、一」


「放出!」


 第三防壁が、轟音と共に光を放った。膨大な魔力が空に向かって解放される。夜空が一瞬、昼間のように明るくなった。


 その瞬間、防壁がゼロになる。


 アルヴィスの魔法が発動した。銀色の障壁が第三防壁の位置に展開される。完璧ではない。だが三秒間は保つ。


「一」


 リオンが数えた。


「二」


 何も起きない。帝国は攻めてこない。


「三」


 防壁が復活した。魔力量が正常値に戻る。


 リーティアが報告する。


「第三防壁、復旧。魔力量、規定値内に安定」


「成功、か」


 リオンは深く息を吐いた。


 アルヴィスが杖を下ろした。額に汗が浮いている。


「間に合ったな」


「局長、ありがとうございます」


「ふん。当然のことをしただけだ」


 アルヴィスは窓の外を見た。


「だが、これで終わりではないだろう」


「はい。第一波です。次が来ます」




 セラフィーナが飛び込んできた。


「遅れた。状況は」


「終わった」


「そうか」


 セラフィーナは悔しそうに眉を寄せた。


「私がもっと早く」


「いや、間に合わなかったよ。今回のは準備してても防げなかった。想定外だった」


「バッファオーバーフロー」


 セラフィーナは呟いた。


「魔力の強制注入。帝国の新しい攻撃手法だ」


「知ってたのか」


「理論は知っていた。でも実際にやるとは」


 セラフィーナは防壁の方を見た。


「これは古代魔法陣の根本的な弱点を突いている」


 エルナが尋ねた。


「根本的な弱点?」


「入力上限チェックがない」


 リオンが答えた。


「古代の魔術師は、魔力が『多すぎる』なんて想定していなかった。魔力は自然界から適量が供給されるもの。それが前提だった」


「でも外部から意図的に注入されたら」


「受け入れ続ける。限界を超えて暴走するまで」


 セラフィーナが続けた。


「これは——性善説で設計されたシステムの末路だ」


「性善説……」


「誰も悪意を持たない前提で作られている。だから悪意ある攻撃に無防備だ」




 リオンは深く息を吐いた。


「対策を打たないと。次が来る前に」


「対策? どうやって」


「入力上限を設定する」


 リオンは魔力盤を見た。


「防壁に魔力のリミッターを追加する。一定量を超える魔力が入力されたら、自動で遮断する仕組みを」


「そんなもの、作れるのか」


「作るしかない」


 リオンはエルナを見た。


「エルナ、手伝ってくれ」


「もちろんです」


 深夜。リオンの作業台には設計図が広がっていた。


 魔力リミッター。魔法陣の入力部に設置する、過剰魔力を遮断する装置。物理パーツと魔力回路を組み合わせた、急造の防御機構。


「ドルクさんに部品を発注しないと」


 リオンは羊皮紙に部品リストを書き始めた。


「魔力弁、逆流防止板、過負荷検知用の魔力センサー」


「リオンさん」


 エルナが入ってきた。


「まだ起きてたんですか」


「うん」


「寝てください。倒れますよ」


「もう少しで設計が終わる」


「リオンさん!」


 エルナがリオンの肩を掴んだ。


「前の世界で同じことしたんでしょう。無理して、倒れて。今回は一人じゃないんですよ」


 リオンはエルナを見た。彼女の緑色の目が、真剣にこちらを見つめている。


「ごめん」


「謝らないでください。ちゃんと休んでください」


「うん」


 リオンは椅子から立ち上がった。


「設計図、明日の朝に完成させる。それで」


「それで、エルナさんと私で部品の発注をします」


 ミーナが扉から顔を出した。


「あたしも起きてました」


「お前もか」


「リオンさんが一人で抱え込むの、わかってますから」


 ミーナは微笑んだ。


「だから、見張ってます」




 翌朝。リオンは設計図を完成させ、エルナとミーナに渡した。


「これで部品の手配を」


「了解です」


 ミーナが計算機を取り出した。


「ドルクさんに最優先で発注します。あと、予備素材の在庫も確認しないと」


「頼む」


 リオンはリーティアの部屋に向かった。中枢魔法陣の前で、リーティアが待っていた。


「管理者。本日の稼働率、95.8%。第三防壁の緊急停止により低下」


「ありがとう。リーティア、相談がある」


「なんだ」


「魔力リミッターを全防壁に設置する。でも時間がかかる。その間、また攻撃が来たら、君の力で魔力の異常上昇を検知して即座に警告してほしい」


「了解した」


 リーティアは少し間を置いて、言った。


「管理者は無理をしすぎだ」


「え?」


「昨夜の作業時間、六時間。睡眠時間、二時間。これは最適な稼働状態ではない」


「まあ、そうだけど」


「管理者の健康はシステム運用の最優先事項だ。倒れられたら困る」


 リーティアの声が、ほんの少しだけ揺れた。


「これは、合理的判断だ」


 リオンは微笑んだ。


「ありがとう、リーティア」


「礼はいい。ただ、定期メンテの時間は守ってほしい」


「わかった。今日の夕方、また来る」


「待っている」


 リーティアの投影体が、ほんの少しだけ明るくなった。




 三日後。魔力リミッターの第一号が完成した。


 ドルクが送ってきた部品を組み合わせ、リオンとエルナが魔力回路を組み込んだ装置。手のひらサイズの金属板に、複雑な魔力パスが刻まれている。


「よし。テストしよう」


 リオンは第三防壁の入力部にリミッターを設置した。


「リーティア、模擬的に過剰魔力を入力してくれ」


「了解。規定値の二百パーセントで送る」


 魔力が流れ込む。瞬間、リミッターが発動した。カチン、と小さな音がして、過剰分の魔力が遮断される。


「成功だ」


 エルナが拍手した。


「やりました!」


「これで次の攻撃は防げる」


 その夜、帝国の第二波が来た。今度は第一防壁と第五防壁への同時攻撃。だが魔力リミッターが即座に反応し、過剰魔力を遮断した。


「リミッター正常作動。過剰魔力、遮断完了」


 リーティアの報告に、リオンは安堵の息を吐いた。


「間に合った」


 アルヴィスが隣で呟いた。


「悔しいが」


「え?」


「お前の方法論、間違いなく正しい」


 アルヴィスは窓の外を見た。


「私一人では、この攻撃は防げなかった。だがお前の装置は、私がいなくても防いだ」


「局長……」


「認めよう。属人化はもう限界だ」


 リオンはアルヴィスを見た。誇り高い天才が自分の限界を認めた。それはとても勇気のいることだった。


「ありがとうございます」


「礼はいい。次の攻撃に備えろ。帝国はまだ手を緩めない」


「はい」


 リオンは頷いた。


 窓の外、王都の夜景が広がっている。防壁の光が静かに輝いていた。


 バッファオーバーフロー攻撃。古代魔法陣の根本的な弱点を突いた帝国の第一波。それは辛うじて防がれた。


 だが——これは、始まりに過ぎなかった。




 **あとがき**:「性善説で設計されたシステムの末路」という言葉が示す通り、悪意を想定しない設計は脆い。3秒間の防壁ゼロをアルヴィスの個人技で凌ぎつつ、根本対策として魔力リミッターを急造する。属人的な「英雄の一手」と仕組みとしての「入力上限」、両方が必要だったという構造が第55話のテーマです。

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