第二話 学校の後輩のあいつへ
二宮があいつのことをにゃーちゃんと呼んでいるのを知ったとき、猫というよりヒヨコじゃね? と思った。
鳥のヒナは生まれてすぐに見たものを親だと認識して、あとをついてくるというけれど、俺にとってのあいつはそういう存在だった。
ぴょこぴょこと後ろからついてきて、ピヨッと決めポーズをしようとしてつまずく。
もしくは、決めポーズをしても、頭の毛がはねているとか、踏ん張った足がプルプルしているとか、カッコつかないところが必ずある。
あいつの隣にはいつも二宮がいて見守っている。そんなイメージだ。
ヒヨコと違ってマネすることはないけれど、俺のすることにいちいち感心するので、最初は「面倒くせぇな」という感覚だった。
俺は親鳥じゃない。多分世話を焼くのが好きな人間だったら、呆れながらもあれこれ手を貸すだろうけれど、残念ながら俺はそういうタイプではなかった。
誰でもそうだろうけれど、何かするとき、いちいち考えて行動しているわけじゃない。だから一挙手一投足に感心されると、そこに意味を見出されているようで、身動きがとりづらくなる。
だからただ、面倒くさかったはずなのだ。あいつの理想を裏切ればいいんだろ? いい加減幻滅しろよとさえ、思っていた。
──あいつがいなくなって、違ったんだな、と気が付いた。
ただ、俺を認めていると伝えようとしていただけだった。
そのことに気がついたときには、もう手遅れだった。さんざんに傷つけたあとだった。
悔しそうな顔をして、目に涙をためていたのを思い出す。隣で二宮がにらんでいた。
あいつと二宮が姿を見せなくなって、もうかなり経つ。
俺に尊敬の眼差しを向けていたあいつがいなくなって、ちょっとだけ寂しくなったことに気が付いた。
なんという、おそろしい女だろう。
褒められたくて何かするわけじゃないし、理想なんか押し付けるなよ、それは偶像だろ? とさえ思っていたこの俺が、ちょっとだけ寂しいのだから。
大人なんて、そんなに褒められる機会があるわけじゃない。
褒め上手なのだ、あいつは。俺が自分で考えもしないところを見つけてきて、目を輝かせる。
世間様に顔向けできないようなことはしないけれど、ちょっとひねくれている俺にとっては、そこが鬱陶しかった。
ただ、少しだけ、「こんなんでいいんだ?」という肯定感は生まれたけれど。
その肯定感が、曲者だった。
甘い毒のようにじわじわと広がって、俺を甘やかしていく。侵食されていくようで怖かった。
あいつに「だろ〜?」とドヤれない。
あいつに「それはさぁ」と説教できない。
あいつに「こんなこともできるぜ!」と見せることもできない。
だから少しだけ、寂しくなったのに違いない。
いちいち感心するあいつの隣にはいつも二宮がいて、何を考えているのかよくわからない顔でこちらを見ている。
執事か? 世話役か? お守り役か? それともお目付け役?
そんなふうに疑っていたけれど、どうやら違うらしかった。
二宮は二宮で、あいつがいないと困るのだろう。もはや魂の部分で密接に繋がっているらしかった。
そのくせ、あいつの甘い毒に侵食されることもなく、はいはいとあしらうことができている。
二宮と幸せに過ごしているならいい。あいつに似合うのは、二宮のような人間だ。
なんせ影響力がデカすぎた。俺はそれを、二宮のように器用に受け流すことができなかった。
今はもう、あいつのいない日々に慣れた。俺を褒めるのはあいつだけではないし、褒められなくても十分やっていける。
ベランダに出てタバコを吸う。火をつけると煙が肺に染み込んで、息を吐き出すと煙になって押し流される。
そういえば喫煙所で二宮と一緒になったとき、彼がとても怒っていたことがあった。感情をぶつけるわけではなく、静かな怒りだった。大切な人を傷つけられた怒りだった。その怒りはもっともだろう。
遠くで人々が行き交うのが見える。
一瞬だけすれ違って、別々の道を歩んでいく。
「遠いところで、お幸せに」
俺はタバコの火を消すと、灰皿のふたを閉めた。




