表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第二話 学校の後輩のあいつへ

 二宮があいつのことをにゃーちゃんと呼んでいるのを知ったとき、猫というよりヒヨコじゃね? と思った。

 鳥のヒナは生まれてすぐに見たものを親だと認識して、あとをついてくるというけれど、俺にとってのあいつはそういう存在だった。

 ぴょこぴょこと後ろからついてきて、ピヨッと決めポーズをしようとしてつまずく。

 もしくは、決めポーズをしても、頭の毛がはねているとか、踏ん張った足がプルプルしているとか、カッコつかないところが必ずある。

 あいつの隣にはいつも二宮がいて見守っている。そんなイメージだ。

 ヒヨコと違ってマネすることはないけれど、俺のすることにいちいち感心するので、最初は「面倒くせぇな」という感覚だった。

 俺は親鳥じゃない。多分世話を焼くのが好きな人間だったら、呆れながらもあれこれ手を貸すだろうけれど、残念ながら俺はそういうタイプではなかった。

 誰でもそうだろうけれど、何かするとき、いちいち考えて行動しているわけじゃない。だから一挙手一投足に感心されると、そこに意味を見出されているようで、身動きがとりづらくなる。

 だからただ、面倒くさかったはずなのだ。あいつの理想を裏切ればいいんだろ? いい加減幻滅しろよとさえ、思っていた。


 ──あいつがいなくなって、違ったんだな、と気が付いた。

 ただ、俺を認めていると伝えようとしていただけだった。

 そのことに気がついたときには、もう手遅れだった。さんざんに傷つけたあとだった。

 悔しそうな顔をして、目に涙をためていたのを思い出す。隣で二宮がにらんでいた。

 あいつと二宮が姿を見せなくなって、もうかなり経つ。

 俺に尊敬の眼差しを向けていたあいつがいなくなって、ちょっとだけ寂しくなったことに気が付いた。

 なんという、おそろしい女だろう。

 褒められたくて何かするわけじゃないし、理想なんか押し付けるなよ、それは偶像だろ? とさえ思っていたこの俺が、ちょっとだけ寂しいのだから。

 大人なんて、そんなに褒められる機会があるわけじゃない。

 褒め上手なのだ、あいつは。俺が自分で考えもしないところを見つけてきて、目を輝かせる。

 世間様に顔向けできないようなことはしないけれど、ちょっとひねくれている俺にとっては、そこが鬱陶しかった。

 ただ、少しだけ、「こんなんでいいんだ?」という肯定感は生まれたけれど。

 その肯定感が、曲者だった。

 甘い毒のようにじわじわと広がって、俺を甘やかしていく。侵食されていくようで怖かった。

 あいつに「だろ〜?」とドヤれない。

 あいつに「それはさぁ」と説教できない。

 あいつに「こんなこともできるぜ!」と見せることもできない。

 だから少しだけ、寂しくなったのに違いない。

 いちいち感心するあいつの隣にはいつも二宮がいて、何を考えているのかよくわからない顔でこちらを見ている。

 執事か? 世話役か? お守り役か? それともお目付け役?

 そんなふうに疑っていたけれど、どうやら違うらしかった。

 二宮は二宮で、あいつがいないと困るのだろう。もはや魂の部分で密接に繋がっているらしかった。

 そのくせ、あいつの甘い毒に侵食されることもなく、はいはいとあしらうことができている。

 二宮と幸せに過ごしているならいい。あいつに似合うのは、二宮のような人間だ。

 なんせ影響力がデカすぎた。俺はそれを、二宮のように器用に受け流すことができなかった。

 今はもう、あいつのいない日々に慣れた。俺を褒めるのはあいつだけではないし、褒められなくても十分やっていける。

 ベランダに出てタバコを吸う。火をつけると煙が肺に染み込んで、息を吐き出すと煙になって押し流される。

 そういえば喫煙所で二宮と一緒になったとき、彼がとても怒っていたことがあった。感情をぶつけるわけではなく、静かな怒りだった。大切な人を傷つけられた怒りだった。その怒りはもっともだろう。

 遠くで人々が行き交うのが見える。

 一瞬だけすれ違って、別々の道を歩んでいく。


「遠いところで、お幸せに」


 俺はタバコの火を消すと、灰皿のふたを閉めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ