第十話 私の幼馴染、二宮くんへ
「ところで、にゃーちゃんは彼氏のこと、なんて呼んでるの?」
「二宮くん」
「同棲してるのに!?」
仕事帰りに、昔の同僚からメッセージが来た。
ときどき立ち止まって、ぽちぽちとスマホで文字を打つ。
外は既に暗かった。街灯がふわっと光って、道を照らし出している。
お店や宣伝の看板がぴかぴかと自己主張している中を、身を縮こまらせながら歩いた。寒い。
「もしも、もしもだよ? 結婚したとしたら、どう呼ぶの?」
「二宮くん」
「じゃあ、にゃーちゃんは!?」
「……二宮さん?」
他愛もないやりとりが、元同僚には面白かったらしい。笑った顔の絵文字が届いた。
エレベーターが到着を知らせる。もうすぐ家だ。
ごちゃごちゃしたカバンの中から鍵を見つけて、玄関扉を開ける。
「ただいまー」
「おかえり」
二宮くんは、既に家に帰ってきていた。
ヒールを脱いだら、ストッキングに穴が空いていた。伝線するかなぁ。しなさそうなら、もうちょっと使いたいなぁ。
台所から、暖かい匂いが流れてくる。
「今日のご飯はなにー?」
「キャベツともやしの野菜炒め」
「お肉は?」
「ひき肉」
「うっひょーい」
フライパンで野菜を手早く混ぜる二宮くんの横で冷蔵庫を開けると、ケーキ屋さんの箱が入っていた。
「ケーキ?」
「プリン」
「やったー」
カバンを置いて、コートを脱ぐ。手を洗って、お皿やお箸を並べた。
二宮くんが野菜炒めをお皿に乗せる横で、私はお茶碗にご飯をよそう。
「いただきます」
何気ない話をしながら食事して、お皿を洗った。
二宮くんは冷蔵庫をあけて、プリンを取り出す。
まだタバコ吸いに行かないんだな。プリン食べた後に行くのかな。
私のそんな考えは、目の前に出てきたプリンで吹っ飛んだ。
「これ、ちょっとお高いプリンじゃない?」
付属のスプーンをプリンに差し込む。私の好きな硬めのプリンだ。
スプーンを口に運ぶ。美味しい。ほんのり苦いカラメルの味の中に、バニラビーンズがしっかり効いている。卵の味も濃い。
「うっま!」
「……これから毎年、結婚記念日にはちょっといいプリン買ってきていい?」
プリンに夢中だった私は、二宮くんの言葉を思わず聞き流しそうになった。
──結婚記念日?
二宮くんの頬が、わずかにこわばっている。
暖房の風が、観葉植物の葉っぱを揺らしていた。
二宮くんはちょっと遠回しに言葉を置いて、私がどう返事をするか、待っていた。
まだ彼はプリンに手をつけていない。
私はスプーンを持ったまま、二宮くんの喉仏が上下するのを見た。
「うん。一緒に食べよ。結婚記念日に毎年」
<おわり>




