第一話 恋人のにゃーちゃんへ
「えっ、そんなに女の子落としたんですか!? もはや撃墜王じゃないですか! いいなぁ。……二宮さんは?」
「あー、こいつは一人だよ。な? にゃーちゃんだろ?」
「そっすね。にゃーちゃんっす」
僕は心底つまらない話だなと、ビールを一口飲んだ。
会社関係者とはいえ、男三人が集まる飲み会ともなると、猥談になることもある。誰と誰が付き合ってるだとかはまだいいとして、何人と経験しただとか、そんな話だ。
先ほど童貞だと嘆いていた新入社員が、僕に憐れむような目を向けた。
「二宮さんて、意外とモテないんですね」
数が多くてもいいもんじゃないだろうと内心呆れながら、僕は冷奴を食べる。
「モテてるよ、にゃーちゃんに。僕はそれで十分」
「二宮に恋愛の話聞いても面白くないぞ。にゃーちゃんの話しか出てこないからな」
「まぁ、そっすね。……ちょっと一服してきます」
猥談の場はあまり好きじゃないんだよな、と、僕は酒の席を中座した。喫煙所は店の外だ。
扉を閉めると酒場の喧騒が遠くなった。
「さむっ」
電子タバコを吸って、煙を吐き出す。寒さで白くなった息なのか煙なのか、よくわからない。
とっとと帰ってにゃーちゃんに抱きつきたい。にゃーちゃんは体温が少し高めだから、いつもあったかい。
にゃーちゃんは、僕の幼馴染である。もちろん本名ではない。
猫みたいに気ままなので、いつの間にか「にゃーちゃん」と呼ぶようになった。
同い年で親同士の仲もよかったので、生まれたときからの付き合いだ。産院も一緒だったらしい。今は同棲している。
にゃーちゃんは家で何してるのかな、と煙を吐き出したら、輪っかになった。ゲームでもしていそうだ。
僕もゲームは好きだけれど、最近はにゃーちゃんがゲームして、一喜一憂しているのを見る方が面白い。
レアアイテムを手に入れて喜んで帰る途中、操作をミスって落下死したときは、思わず吹き出した。
「ああああ!」と悔しそうにジタバタするにゃーちゃんがかわいかった。
にゃーちゃんはゲームが上手ではない。でもそこがいいのだ。僕だけに向けたゲーム実況みたいなものなのかもしれない。
にゃーちゃんのことばかり考えてるなぁと、コートのポケットからスマホを出した。メッセージは届いていない。ちょっと寂しい。
寒さにかじかみそうな指で、帰りに何か買ってく? とにゃーちゃんにメッセージを送ると、プリン食べたい、とすぐに返事があった。
コンビニで、にゃーちゃんの好きな昔ながらの硬めプリンを買って帰ろう。
***
なぜだかわからないけれど、にゃーちゃんは僕によく腕枕をする。
普通は逆だろう。朝起きたときに腕が痛いとか言うのに、ちっともやめない。
目が覚めるとすぐに抱きついてきて、僕がいるのを確かめるようににおいを嗅ぐ。猫吸いならぬ僕吸いだ。
そうやって少し寝ぼけたあと、おはよう、と言う。たまにヨダレがつく。気にしない。休日だと、そのまま一緒に二度寝することもある。
朝食のサラダを包丁ではなく手でむしって作りがちなところも好きだ。にゃーちゃんが僕だけに見せるその無防備さは、親しさの表れだ。
にゃーちゃんはうっかり屋ではあるけれど、外では割としゃっきりした成人女性だから落差がある。
格好つけてないにゃーちゃんを見られるのは、僕だけの特権だ。
だから僕も、家ではあまり格好をつけない。
にゃーちゃんの耳のにおいを嗅いで、くすぐったいと叱られるくらいには。
そのうち加齢臭になるんだよとにゃーちゃんはちょっと嫌そうにするが、僕はそれがうれしい。
そんな歳になってもにゃーちゃんと一緒にいられるってことでしょ、最高じゃん、と返すと、にゃーちゃんはちょっとむくれながらも許してくれる。
そのかわり、消臭効果のある柿渋の入ったボディソープで、ごしごし耳を洗うようになった。
にゃーちゃんのそういうところが面白い。
***
「二宮、お前、にゃーちゃん以外の女に興味ないの?」
「ないっすね」
「美人グラドルが膝枕してくれるって言ったら?」
「にゃーちゃんの膝枕の方がいいです」
「即答だな」
会社の休憩スペースで、撃墜王の先輩にそんな話をされた。
かわいいなあと思う有名人はいるけれど、にゃーちゃんの代わりに傍にいたらと考えると、どうがんばってもしっくりこない。
万が一そんなことになったら、僕は緊張して首から力を抜くことができないだろうし、まったく落ち着かないだろう。
それは僕の求めるものではない。
「にゃーちゃんの画像とかないんですか?」
「あるけど、見せたくない」
新入社員の言葉にそう返すと、吹き出された。
「二宮さんにも独占欲とかあるんですね」
「だってかわいくないって言われたら、腹立つから」
にゃーちゃんは、世間的にはそんなに美人の類ではない。
それでも僕はにゃーちゃんが好きだし、蒸したカボチャを「そいやっさー!」と奇声をあげながらマッシュするにゃーちゃんには、誰も敵わない。
僕はにゃーちゃんとしか付き合ったことがないけれど、にゃーちゃんについては、とてもよく知っているつもりだ。
「一途過ぎません?」
「それが僕のいいところ」
「もう結婚しちまえ」
「しますよ。いつか」
僕の答えに、先輩がヒュウと口笛を吹いたので、ちょっと照れた。




