第一節 『災厄の客星』
方舟シリーズ4作目です。よろしくお願いいたします。
新月の夜、長河口の山々の合間を一条の流星が駆けた。
針の筵のように天高く聳える岩壁の山嶺は、赫藤の耀光を浴びて夜空にその威容を遺す。
それは、わらわのいる場所からも観えた。
ここは封印禁地──龍族の支配域、九龍帝国の最果て。別名、救済の消えた地。
二千年前、龍族と天使と悪魔が相対した決戦場である。
その地に、わらわは住んでいる。
いや、幽閉──俗世から隔離されていた。
「星堕か」
やがて遠方の空が紅蓮に煌めき、稲光の如く空が一瞬だけ昼空になった。
人の目にはただの閃光に過ぎぬだろう。
だが、龍族であるわらわの瞳には、その一部始終が明瞭に映っていた。
「不吉な予兆だ」
天に浮かぶ星々が堕ちる時、それは災厄の前触れだと九龍では信じられている。
星詠みの龍、“星海龍”蔡星蘭。
今は亡き母上が教えてくれた数少ない教えのひとつだった。
「何も起こらねば良いのだがな……」
わらわは母上を想うたび、途轍もない罪悪感に襲われる。
母上はわらわを産んだ時に重病を患った。
病名は高濃度放射線被曝。先天的にわらわの全身から溢れ出る高濃度の放射能によって、母上の身体は静かに蝕まれていたのだ。
国の者たちが無事だったのも、きっと母上が全てを請け負ったからなのだろう。
それゆえ、生まれてすぐにわらわは棄てられた。
国を守るため、民を守るためには、それは正しい決断だったと思う。
だけど、母上だけはわらわを最期まで見捨てなかった。
周囲の反対を押し切って、わらわのいる封印禁地に足を踏み入れたのだ。
母上は亡くなるまでの間、わらわに生きる術を教えてくれた。
そのおかげで、今もわらわはこの地で生きていられる。
母上の愛がとても眩しくて、そして温かかった。
それでもやはり罪悪感は拭えない。
この呪われた体質に生まれてしまったがゆえに、父上は愛する母上を失ってしまった。きっとわらわの事を心底恨んでいるのだろう。
「母上……」
封印禁地に建てられた宮殿──“星禁城”。
母上とわらわの龍名を冠する、唯一無二の城にして、わらわの社。
その中庭に佇む黒曜石の墓標に、わらわはそっと縋るように語りかけた。
返事など、聞こえるはずもないのに……。
愚かなことだと、理解しているのに……。
それでも、わらわは言葉を紡いでしまう。
「わらわはどうすべきだろうか……」
この時のわらわは、知る由もなかった。
まさかこの出来事が、国家を揺るがす大事件に発展するなんて──。
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