卒業パーティーを守ったのだ
短編 卒業パーティーを守るのだ の続編です。
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よくある婚約破棄の後の話なので、前作を読んでなくてもいけると思います。
(いけなかったら、すみません。前作もお読みください)
貴族と裕福で優秀な平民が通う学院です。
近年はびこる卒業パーティーでの婚約破棄と断罪劇。
それに頭を悩ませる生徒会役員は、それを防ぐよりも、予定に組み込んで余興にすることを試みる。
予想どおりに断罪劇は起きてしまったが、被害者を救済する策が功を奏して無事にパーティーを終えることができた。
一方的に婚約破棄を宣言した者たちの虚言を、証人を揃えて撃退したのだ。
事前準備としては――
被害者になりそうな人たちに耳打ちし、反論に協力してくれそうな目撃者を確保しておく。
攻撃的な雰囲気を和らげて笑いに変えられるよう、吹奏楽部には自由に演奏してもらうよう話をつける。
そんな、通常の準備に加えて婚約破棄対策をして、卒業パーティー当日を迎えた。
そして、残念なことに、愚か者が出現した。
事前準備がばっちり役に立ってしまった。
心の準備をしていたとはいえ、人前で糾弾されて泣き出す人もいた。
準備が功を奏した達成感はあるものの、被害者たちの心境を思うと喜んでいいのか微妙だ。
周りの人と「やったね」と小さく喜べても、「やったぜ!」と騒げる雰囲気ではない。
婚約破棄を宣言した加害者たちが連行されてからは、吹奏楽部が和やかな曲を演奏し、めでたい門出を演出していく。
この学院で親しくしていた人とも、これからは気軽に会えなくなるのだ。
この先の希望と別れの切なさが混在している。
そんな時間も学院長の挨拶で締められ、怒濤の卒業パーティーが無事に終わった。
一仕事終えた後の倦怠感と高揚感を抱えながら、生徒会役員たちは会場の後片付けをしていく。
浮気の証言をしてくれた用務員さんたちは、さすがに手際がいい。
いつもの作業着ではなく職員用の制服を着ているのに、あっという間に椅子が消えていく。
書記が小声で「すごい手際」とつぶやいた。
「これが、仕事なんで」
用務員さんが誇らしげに答える。
片付けの音に紛れて誰も気がつかなかったが、会場に近づく足音があった。
「講堂の使用延長の許可をもらってきたぞ」
生徒会顧問が許可証をひらりと見せた。
誰もがこれ以上何をするのか、心当たりがなくてきょとんとする。
「打ち上げ、やれば? 料理も飲み物も残っているんだし。
反省会をして、来年に活かせばいいだろ」
みんなで顔を見合わせ、一気にわっと盛り上がった。
「じゃあ、さっさと片付けよう」
「料理を寄せ集めたら、半分くらいのお皿は洗いに行けるでしょ」
「逆に片付けちゃったグラス、持ってこよう」
「だめだめ。終わったらすぐに撤収できる方がいい。使い捨ての紙コップあるよ」
不思議と疲れが吹き飛んで、元気な声が交わされる。
ご褒美の存在は侮れないなと生徒会長が苦笑いした。
飾り付けや看板を急いで片付け、テーブルも倉庫に戻してしまい、シートの上に食べ物や飲み物が広げられた。
吹奏楽部は楽器を部室に戻し、執事科の生徒もユニフォームを着替えてきた。
帰り支度をした状態で、鞄は壁際にまとめて置いておく。
料理研究サークルは冷めたホットミールや温くなったオレンジジュースに、「我々の実力はこんなものじゃないですから」と少し悔しそうだ。
正直、去年はこんなにプライドを持って提供してくれているなんて知らなかった。
「それなら、秋の文化祭を楽しみにしてますね」と会計が話しかけると、嬉しそうな笑顔が返ってくる。
生徒会長として乾杯の音頭を取るように言われる。
「では、みなさまのご協力の下、近年まれに見る素晴らしい卒業パーティーになったと思います。今日の成功は、語り継がれることでしょう。
みなさまの来年度の活躍を期待して、乾杯!」
「「乾杯!!」」
全員が一口飲んだ後、自然と笑いが起きた。
昨年の、めちゃくちゃになった卒業パーティーを知っている者たちは、感慨深げだ。
執事科の生徒がしみじみと言う。
「余興として考えればよかったんだなぁ。
一年前は、『周りの迷惑を考えろ』と怒りが収まらず、帰宅したあとに、家のシルバー(銀製のフォークやナイフ)磨いていたわ」
「いや~、音楽があると盛り上がりが違うっすね」
庶務が吹奏楽部に話しかける。
「あの、上げてから落とすのが、ざまぁみろでした。
軽快なリズムで調子に乗らせて、断罪の時は迫力のある鬼気迫る曲で。反撃の時はドラマチックで、最後は情けない感じ。
まんま、オペラみたいでした」
庭師がうっとりと褒め称える。趣味はオペラ鑑賞だそうだ。
「婚約破棄なんかワンパターンなんで、構成を考えやすかったですよね」
吹奏楽部のメンバーがうなずきあう。
「終盤、音楽が変わった途端に喜劇になったものね。
でも、それにくじけずに続けた胆力は賞賛するわ」
会計が妙な褒め方をした。
「仮にも前生徒会長だから……?」副会長がしかめっ面で腕を組む。
どっと笑いが巻き起こる。
誰かが「胆力の無駄遣い」と言った。
「あの人、準備期間中に『君たちだけじゃ心配だ』と、わざわざ言いに来たんですよ。自分の将来を心配した方がよかったんじゃないでしょうか」
普段はおっとりしている書記でも、さすがに腹に据えかねていた。
「ああ……どうするんだろうねぇ。父親である侯爵が真っ赤になって怒ってたから、廃嫡かも」
生徒会長から見ても、情状酌量の余地はなさそうという意見になる。せっかく生徒会に所属して評価を上げたのに、自分で台無しにして残念なことだ。
「あの人が継ぐより、別の人を後継にした方が絶対に家のためになりますよ」
と言い放って、副会長がマカロンをかじった。
「それな」庶務が楽しそうに相槌を打つ。
「人前で婚約破棄をするなんて、頭が良くないって言っているようなものですからね。
人の気持ちもわからないアホばっかり」
会計が容赦なく切り捨てた。
「これで、来年は婚約破棄をやる人がいなくなったら、それはそれで寂しいかも?」
吹奏楽部がおどけて言う。
「教育的効果があったなら、素晴らしいことです」
生徒会顧問が、棒読みで両手を合わせた。
「じゃあ、おバカさんが出なかった場合は演劇部に寸劇をやってもらうよう、頼んでおく?」
庶務がにぱっと笑う。
「それは、『やらせ』では?」副会長が指摘した。
「違う。万全の備え」庶務が楽しそうに返す。
「あまり規模を大きくされても、予算が……」と会計。
「そうだよな」と生徒会長は相槌を打ちながら、頼もしいメンバーに目を細めた。
そのとき、扉がそろりと開いた。
前生徒会長の婚約者だ。
「あの、先ほどの……記録かなにかありませんか?
両親は見ていたからいいのですが、祖父母を説得するのに使えたらと思いまして」
祖父母が縁組みに乗り気だったため、『侯爵家の子息がそんなことをするはずがない』と信じてくれないそうだ。
「うお! そうか。すっかり失念していました。そうですよね、証拠!」
まったく考えていなかったと、生徒会長が慌てる。
他の人たちもそこまで気が回らなかった。
「うちは一応録音しているけど……どうかなぁ」
吹奏楽部が録音しているものを再生してくれた。
演奏が大きくて、人の声はかなり小さい。
「これでもよければ……人の声が聞き取れるボリュームにしたら、耳が痛くなりそうだけど」
「室内じゃなく、屋外で聞いたらどう?」
「証言を求められたら、証言しますよ」
「卒業生で証言してくれた人が領地に帰るなら、その前にお願いしておかないと」
様々な案が出る。
「私たち平民の使用人が言っても、貴族の方々には通用しないでしょうしねぇ」
学院内での不貞や偽証の依頼をしている生徒を見かけたと、証言してくれた使用人たちは平民だ。
録画しておけば……という空気になった。
「ふっふっふ。お求めの物は、これかな?」
生徒会顧問が、荷物を置いてある一角から動画記憶媒体を持ってきた。
「すごい! さすが先生」
「気が利きますね」
「よっ! 救世主」
拍手喝采が起きる。
「いいね、いいね。もっと褒めなさい」
両手を腰に当て、天井を仰ぎ見るように得意げになっている顧問。
「調子に乗らないでください」
副会長が、調子に乗る生徒会顧問をピシリとたしなめた。
「はいはい。他にも映像が必要な子がいたら、教えてあげて」
と少しだけ教師らしさを取り戻す。
「はい!もちろんです」
婚約を破棄された生徒は、顔を輝かせた。
「動画記録はこれ一つしかないから、順番に学校の面談室を使うといいですよ。副院長に申請してください」
「ありがとうございます!」
二人のやり取りをみんなで温かく見守った。人の役に立てるのは、嬉しいものだ。
「大変だったねぇ。これ美味しいよ」
と会計に声をかけられて、彼女は泣きだしてしまった。
「あんなことされたら、辛いに決まってる」
「大勢の前でねぇ、本当にひどい」
「反論したの、かっこよかったよ」
もう、誰の発言かわからないが、慰めや励ましの温かい言葉が飛び交った。
「わ~ん、怖かったけど、皆さんのおかげで解放されました。ありがとうございますぅ」
貴族の彼女は、帰宅したらこんなふうに泣けないかもしれない。
「よしよし。よく頑張った。新学期は楽しく過ごせるといいですね」
生徒会顧問が彼女に言葉をかけた。
「うわ、顧問が先生っぽいことを言っているぞ」会長が思わず口にした。
「……一応、教師でしてよ」副会長が半眼になって突っ込む。
「きみたち、一応とはなんだね」
「では、来年度の活躍を期待していいのでしょうか?」と会計が確認する。
「いや、きみたちの素晴らしい自主性に任せます……」
後日、前生徒会長から「僕になんの恨みがあるんだよぉ」と抗議が入ったが、誰も相手にしなかった。
前作でいただいた感想を踏まえて書きました。
気に入っていただけたら幸いです。