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オタクになりたい少女は、サンドイッチが好き

その日、僕はいつものように、行きつけの本屋のラノベコーナーに向かっていた。


あかりも、紗良も用事があるとかで、久しぶりに僕一人だ。


(あかりと紗良が居ると、あれをゆっくり見れないからな)


決して「有害図書」と言うわけでは無いが、クラスの女子に見せるのは憚られる、少し(ほんの少しだけだ)露出の多い女性キャラが表紙の本。

今日は、それをゆっくり吟味するとしよう。


本屋の自動ドアをくぐり、右の奥の方の、いつもの棚を目指す。

ラノベコーナーは裏側なので、こちらからははっきり見えないが、どうやら先客が居るようだ。


(くっ、一人の時に限って……)

同好の士なら良いのだが、女性だと折角の一人の時間が勿体無い。

角を曲がると、ラノベコーナーが目に入る。


棚の前に立つ先客の姿に、僕は目を奪われてしまった。


黒を基調としたワンピース。腰のあたりは絞られており、スカートは膝の下あたりまでふわりと広がっている。

スカートの裾は、生地が幾重にも複雑に重なり、腰には大きなリボンが、胸の辺りには薔薇だろうか、花を形どった装飾が施されている。


これが「ゴスロリ」と言うやつなのだろうか。

ワンピースと合わせた黒いレースの手袋、タイツ、そしてヘッドドレス。

まるで、等身大の人形が立って歩いているかのようで、現実感が無い。


その「人形」が真剣な面持ちでラノベを立ち読みしている。


(目当てのブツ……その辺なんだけどな)

「人形」が僕の目当てのブツが置かれている棚の前で本を読んでいるため、少し離れた所でラノベを物色し始めた。


ちら、と横目で伺う。


真剣にラノベを見つめる彼女の瞳は、カラコンを入れているのか青く、瞬きをするたびに長いまつ毛がちらちらと揺れる。

アイラインはびしっと書き込まれており、白い肌、濃いめの赤いリップもあって、本当に人形みたいだった。


「人形」は読んでいた本を棚に戻し、別の本を手に取ろうとしていた。

ただ、目当ての本が上の方にあるようで、爪先立ちになり、手を伸ばした。


よくよく見ると、「人形」はあまり背は高くない。

あかりが大体平均身長ぐらいのはずだが、そのあかりより10cmぐらいは低く見える。棚の上に、ぐぐっと手を伸ばすが、目当ての本には届きそうも無い。

「人形」は眉ひとつ動かさず、表情は変わらないが、恐らく困っているのだろう。


「と、とりましょうか?」

見かねて声をかけると、「人形」がこちらに振り向いた。


「あれ……」

と小さな声で呟き、本棚の上の方を指差す。

どうやら、それが目当ての本らしい。


「これ、ですか?」

彼女が指差す本を、棚から引き抜いた時、露出の多い衣装に身を包んだ女性キャラクターが描かれた表紙が目に入った。


(こ、これは……)


それは、僕が一人なのをいい事に、じっくり吟味しようとしていたシリーズの、最新刊だった。

何となく気恥ずかしさを覚え、表紙が見えないように下にして「人形」に渡す。

そんな僕の気遣いも虚しく、「人形」はくるっと本をひっくり返し、表紙をまじまじと見つめていた。


「ありがとう」

「人形」は、表紙を見つめていた目を、チラッとこちらによこして、そう言うなり、スタスタとレジの方に向かって歩いていってしまった。


「い、いえ、どういたしまして」

僕は、「人形」の背中に向けて一人で呟いていた。



「はーい、じゃあ席ついてー」

担任の緒方の声が教室に響き渡った。


そこかしこでわいわいと騒いでいたクラスメイト達が、いそいそと自席に戻って行く。


「起立、礼」クラス委員の由紀恵の声に合わせて礼をし、席に座る。


「えーっと、今日は転校生を紹介します」

緒方が口を開くと、クラス中が騒然となった。


「えっ、転校生とか聞いてなく無い?」

「男、女?どっち?」

「可愛い女の子がいいなー」

「やっぱイケメンでしょー」


それぞれが自分勝手に思い思いのことを言っている。


「はいー、静かにー、じゃ入って」

と緒方が促すと、ガラッと教室のドアが開き、小柄な女の子が入ってきた。


「「「おおーーー」」」

と一部の男子と女子が歓声をあげる。


それもそのはずで、その女の子は、僕が見ても、とても印象的だった。


くっきりとした二重に、大きな目。

その目が、堂々と正面を見据えている。


髪は、ベリーショートと言うのだろうか、頭頂部の毛がふわりと立ち上がり、太めの毛束がゆるりうねり、眉と、耳の上のあたりまで流れていた。


その短い髪、意思の強そうな眼差しは、少年のようにも見える。


僕が彼女を女の子と認識したのは、彼女が着ているのがスカートだったからだ。

制服の購入が間に合わなかったのだろうか、見慣れたうちの学校のセーラー服ではなく、紺色のブレザーを着ている。

胸には赤いリボンが結ばれ、チェックのスカートの丈は非常に短く、膝のだいぶ上にある。


「じゃ、自己紹介して」

緒方が促すと、彼女は、その小さな体から発せられたとは思えない、大きな、少しハスキーな声で挨拶をした。


「大阪から来ました。工藤遥です。よろしくお願いします」

ぺこり、と頭を下げる。

大阪から来たと言うだけあって、イントネーションがどことなく関西風だ。


「遥ちゃーん、彼氏いるー?」

「関西弁?」

「えー、なんか男の子みたい、可愛い〜」

クラスの皆が、思い思いの感想を口にする。


「はいはい、静かに。えーっと、席は、あ、そこ空いてるな。そこ座って」

緒方が、僕の左斜め後ろの席を指すと、遥は再度、ぺこりと頭を下げて席に着いた。


僕が、恐る恐る左斜め後ろを伺うと、こちらを見ていた遥と目があってしまった。

遥は僕に、にこりと微笑んだ。その微笑みは、少年のようでもあり、少女のようでもあった。


(え、こっち見てた?)

僕はすっかり動揺していたが、いきなりそっぽを向くのも失礼かなと思い、何とか愛想笑いで返す。


席に座る遥には、僕以外にもクラス中の視線が注がれていた。

遥は、そんな視線などどこ吹く風かのように、平然とした顔をしているのだった。



休み時間、遥の席には人だかりが出来ていた。


僕は、自分の席から左斜め後ろの人だかりを眺めていたが、好奇の視線と興味本位の質問に晒されても、遥は堂々と答えているのだった。


「工藤さんって、あっちに彼氏とかいるの?」

などと、いきなりプライベートな質問が飛んできても


「おったけど、遠距離恋愛とかめんどいし、引越しする時に振ったったわ」と軽く流し


「遥ちゃんの髪かっこいいねー」

と言うありきたりな質問にも


「似合うやろ?まー、ウチの美貌あってこそやけどな」

と、悪びれも無くそう言ってにっこり笑う。


遥のそのサバサバとした、且つユーモラスな言動は、あっという間にクラスでも受け入れられたようだった。


(関西人のコミュ力、恐るべし……)


休み時間の度に、遥の周りには人だかりが出来、挙句の果てには他クラスからも見物客が来るありさまだった。

昼休みにになり、遙はクラスの女子に引っ張りだこになっていたが、結局、殆どの女子を引き連れてどこかに行ったようだ。


男子も何人か遥を追いかけて行った。

昼休みの教室はいつに無く人が少なく、がらんとしていた。


「工藤さん、大丈夫かな」


紗良が僕の席に来て、小声でそう言った。

転校が多かった紗良も似たような経験を何度かしているのだろう。遥を気遣う紗良の気持ちは何となく僕も理解出来た。


「ま、まあ、あの感じなら平気なんじゃ無いかな?」

僕は素直な感想を述べた。

休み時間の堂々とした受け答えと態度を見るに、紗良の心配は杞憂だろう。


ふと、右後ろの席を見ると、あかりの姿は見当たらなかった。

遥を囲む女子の一団の中に居るのだろうか。


「あかりちゃんなら、工藤さんと一緒に出ていったよ」


僕の心を読んだように、紗良が教えてくれた。


「高坂さんはそう言うの好きそうだね」


「そうね、あかりちゃんは友達多いし」


「村上さんは行かないの?」


「私は、人多いのあんまり得意じゃ無いから」


お陰で、こうして昼のひと時を紗良と静かに過ごせている。これは遥に感謝すべきだろう。


「神山くんもお弁当、だよね?一緒に食べよ?」


「えっ、あ、ああ、そうしようか」

突然の紗良の申し出に胸が高鳴る。これはますます遥に感謝すべきだろう。


カバンから大きめの、四角い弁当箱を取り出し、机の上に広げる。

紗良は、一度自分の席に戻り、弁当箱をカバンから取り出し持ってきていた。


弁当箱の蓋を開けると、どうやら今日は母さんが忙しかったようで、冷凍食品と白米が無造作に詰め込まれただけの、茶色い弁当だった。


紗良はそんな僕の弁当を興味深そうに眺めている。

「男の子のお弁当、って感じ」


その感想になぜだか、気恥ずかしさを覚える。

(こういう日に限ってこれなんだから!)


続いて紗良も弁当箱の蓋を開ける。

こじんまりとした彼女の弁当箱は、二段に分かれ、下がご飯で、上がおかずのようだ。

おかずの段の蓋を開けると、卵焼き、ミートボール、ほうれん草のお浸しにミニトマト、とこれぞ「彩りと栄養バランスを考えたお弁当」の見本のような出来栄えだ。


「村上さんって、お弁当自分で作ってるの?」


「うん、そうだよ。お母さん仕事で忙しいし」

そうなのか、そう言えば紗良の家庭の事情はあまりよく知らない。

せいぜい、過去にイギリスに住んでたこと、日本に戻ってからも転校が多かったことぐらいか。


「へえ、すごいね」

と、僕は素直な感想を述べる。僕なんかはこの年になっても弁当どころか卵焼きさえ自分で焼けないのだ。


「多分、神山くんのお母さんの方が上手だと思うけど」

紗良の言葉はお世辞なのか、本気なのか判別がつかないが、紗良の事だ、本気で言っているに違いない。


「じゃ、食べよ?」

紗良に促され僕も頷く。


「「いただきます」」

二人で声を合わせて、最初のおかずに手をつけようとした、その時


「あー、師匠と紗良ちゃんだけずるーい」


あかりが突然大きな声をあげながら教室に入ってきた。


「あかりちゃん、工藤さんと一緒に行ったんじゃなかったの?」


「そうなんだけど、人多すぎてぜんぜん工藤さんと喋れないから戻って来ちゃった」

中庭にでも行ったんだろうが、確かに、あの人数だとそうなるだろう。


「わたしも師匠と紗良ちゃんと一緒に食べよ〜」


僕と紗良に断るでも無く、あかりは当然のように僕と紗良の間に座り、自分の弁当箱を広げ始めた。

どうやらあかりの弁当はサンドイッチのようだ。


「いっただっきまーす」

あかりは、サンドイッチにかぶりつく。


「あかりちゃんサンドイッチ好きだね。お弁当いっつもサンドイッチ」


「そりゃあもう、私の人生の3割はサンドイッチで出来てるから」


「それはまた随分な割合だね……」


「お母さんに、お弁当は毎日サンドイッチね!ってお願いしてるんだ」


「まあ、ある意味楽そうではあるけど」


「でしょ?紗良ちゃんのお弁当みたいに、毎日彩りとか栄養バランスとか考えるの大変なんだから」

あかりは何故か得意げだ。


「私は好きでやってるだけだから」

謙遜なのか本心なのか、紗良ははにかみながらそう言った。


「でも、ほんと美味しそうだよ、村上さんのお弁当。見た目も綺麗だし」


「見た目はね、味はどうかな?一応頑張ったつもりだけど……」


紗良は、その後、少しの間ためらったように見えたが、意を決したように僕に言った。

「あ、あの、神山くん、よかったら今度味見してくれない?あんまり他の人に食べてもらった事無くって、感想、聞きたいな、って」


「え?ぼ、僕が?」


「うん、だめ?」


「いや、ダメじゃ、無いけど……」


「えー、いいなー、師匠だけずるいー、私も紗良ちゃんの作ったお弁当食べたーい!」


「あかりちゃんの分も作るよ、二人分も三人分もそんなに変わらないし」


「やったーー!!」

あかりは、椅子から飛び跳ねて喜んだ。


「じ、じゃあ、明日はちょっと急だから、明後日とかどうかな?神山くん、お母さん、大丈夫?」


「ん?ま、まあ、大丈夫だと思うよ。と言うか弁当作らなくていいーって喜ぶんじゃないかな」


「よかった、じゃあ、明後日、ね?」


「あ、ああ、わかったよ」


なんとか平静を装ってはいたが、僕の胸は高鳴っていた。なんてったって紗良が作った弁当が食べられるのだ!

これは、僕の人生史上、最大のイベントと言っても良い。

否が応にも高まる期待に、僕の顔は、無意識にほころぶのを抑えられないのだった。

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