オタクになりたい少女と、英語が得意な君と、何も知らない僕
スピーカーから流れる音楽と、雑踏の中で、僕は、いや、僕と紗良は無言でフォークダンスを踊っていた。あかりの雑な作戦で、半ば無理やりフォークダンスの輪の中に押し込まれて、既に3周ほど音楽が回っている。
あたりは、少しづく暗くなってきている。フォークダンスの輪の中心には、キャンプファイヤーが焚かれ、その炎のゆらめきが、紗良の横顔をゆらゆらと照らしていた。
その間、紗良は一言も口を聞かなかった。僕もそんな無言の紗良に言葉をかけられず、ただ、黙って踊っているのだった。
紗良は少しうつむき加減に下を向いているため、僕からは表情を伺い知ることが出来ない。少なくとも嫌がってはいないようだが、紗良の手を握る僕の動きも、紗良の動きも、3周ほど回っているにも関わらず、ぎこちないのだった。
紗良の手から伝わってくる暖かさだけを頼りに、僕はこの沈黙を乗り切ろうとしていた。
(あかりの雑な作戦で、かえって複雑になってるじゃないか……)
「いや、実は師匠と約束してたんだけどさ〜」
あかりの無邪気な声を思い出す。
紗良が僕があかりの事を好きだと思っている事を、あかりは知らないのだ。
3周目も終わりに近づき、そろそろ4周目に入ろうかという頃だった。
「私で、良かったの?」
と、紗良がポツリとつぶやいた。
その声は小さく、音楽にかき消されそうだったが、僕の耳にははっきりと届いた。
「あかりちゃんと、約束してたんでしょ?」
紗良は、淡々とそう続ける。俯いている紗良の表情は、見えない。
「い、いや、まあ、約束してたって言うか、してないって言うか」
約束などしていないのだが、白状するわけにもいかず、曖昧な返事をする。
「そう……」
と言うなり、紗良はまた黙ってしまった。
またしても無言のまま、音楽は既に4周目の半ばに差し掛かる。
日はほとんど落ちて、辺りは更に暗くなり、ぱちぱちと爆ぜるキャンプファイアーの音と、炎のゆらめきだけが、フォークダンスの輪を照らしていた。
僕の手を握る紗良の手に、ぎゅっと力が込められた。
俯いていた紗良が、顔をあげ、僕の目をまっすぐに見つめた。
その表情は真剣そのものだった。
紗良の長い髪の毛が、キャンプファイアーの炎に照らされ、キラキラと輝いている。
その真剣な眼差しを正面から浴びて、僕は紗良から目が離せなかった。
「あの時、保健室で、何か言いかけてたでしょ」
紗良の声は、変わらず小さい、が、僕の心を、直接揺さぶるように響くのだった。
「続き、聞かせて……?」
紗良の声も、表情も真剣そのものだ。
覚悟を決める。いつものような曖昧な返事は許されない。
「……僕は、村上さんと、踊れて、嬉しい、よ」
一言ずつ、なんとか言葉を紡ぎ出す。
曖昧では無いが、明確な答えでも無い、だが、これが今の僕の精一杯なのだった。
紗良は、無言でまた俯いてしまい、その表情はわからなくなる。
ただ、僕の手を握る力が、ほんの少し、強くなり、その手から伝わる紗良の体温も、ほんの少し、暖かくなったように、感じた。
僕も、その紗良の手を、少しだけ強く、握り返した。
4周目の音楽の終了と共に、スピーカーから実行委員のアナウンスが流れる。
「はーい、フォークダンスこれで終了でーす!」
紗良の手を握っている理由がなくなってしまい、仕方なく僕は紗良の手を離す。
紗良は、僕が手を離すや否や、俯いたまま、ぱっと駆け出し、人混みの中に消えていってしまった。
僕は、その後ろ姿を呆然と見つめていた。
◇
高坂あかりは、キャンプファイアーを取り囲むフォークダンスの輪を、遠巻きに眺めていた。
もともと、社交的で男女問わず友人が多かったあかりだが、Tシャツのデザインを経て、クラスでの人気もそれなりの物だった。
そんな彼女をダンスに誘う男子も多数いたが、あかりは全て断り、今は一人ポツンと、フォークダンスの輪を眺めているのだった。
彼女の視線は、一組の男女に注がれていた。
彼女が師匠と呼ぶクラスメイトの男子と、村上紗良。
二人が、無言でぎこちなく踊る様が、あかりの視線を捉えて離さないのだった。
(ふーん、やっぱお似合いじゃん。でも師匠も紗良ちゃんも下手くそだな〜)
自分が強引に仕向けた二人のペア、その結果にあかりは満足していた。
音楽が3周目に入っても、二人の踊りはぎこちない。
紗良が終始下を向き俯いているのも、初々しい。
(紗良ちゃんも照れちゃって〜可愛いんだから〜)
微笑ましくもぎこちない男女、彼女の目にはそのように映っていた。
(お?何か話してるっぽい?)
音楽が4周目に入ったころ、二人の口がなにやら動いているように見えた。
だが、何を話しているかまではわからない。
と、今まで俯いていた紗良が顔をあげ、二人が見つめ合う姿をあかりの目が捉えた。
(おー、これは、もしや?)
何やら楽しそうな展開になってきたぞ、とあかりのテンションが上がる。
二人が少し言葉を交わし、紗良が再度俯く。
(んー?どうなったんだ?)
わずかに紗良の手が動いたかと思うと、その手を、師匠の手が、握り返したように、あかりには見えた。
その手の動きが、あかりに、一抹の寂しさを呼び起こすのだった。
(いやいや、師匠は師匠なんだし、紗良ちゃんの方がお似合いだし?)
あかりは、今までに無い感情に、戸惑っていた。
初めて声をかけたあの日の緊張、たわいもない日々のやりとり、泣きじゃくる自分の頭を撫でる優しい手、やさしく包み込むような声。
師匠との今までの思い出が、胸を駆け巡り、彼女は、湧き上がる感情を必死に抑えていた。
(なんで、こんな……)
だが、一度芽生えた感情は、あかりの中にしっかりと根を張ってしまったのだった。
「あかりー、帰ろー」
由紀恵が呼ぶ声がする。
いつの間にかフォークダンスも終わり、二人の姿も、どこにも見当たらなかった。
「ん?あかり、どうしたの?」
あかりのいつもとは違う様子に、由紀恵が心配そうに声をかけた。
「あ、あはは、ちょっと疲れた、かな?」
あかりは、弱々しくそう答えた。
「ま、あんたも色々大変だったしねー」
由紀恵の声は明るい。
「美希達とどっか寄ってこっかって話してたんだけど、調子悪いなら帰る?」
「ごめんね、そうする、ばいばい」
あかりは由紀恵に手を振り、駆け出していた。
「あ、村上さんと神山くんもまだその辺にいたよ?」
あかりの後ろ姿に、由紀恵が声をかけた。
「ありがと、じゃね!」とあかりは振り返らず、由紀恵に手を振る。
由紀恵の気遣いはありがたかったが、今は二人の顔を見る気分にはならなかった。
「大丈夫かな、あの子……」
そんなあかりの後ろ姿を、由紀恵は心配そうに眺めていた。
◇
色々とあった体育祭も無事終わり、週明けの月曜日、僕はいつものように少し早めに登校し、自分の席で本を読んでいた。
「おはよー」とドアがガラッと開くや否や、あかりの明るい声が教室に響く。
あかりは、自分の席にカバンを置くと、左斜め前の僕に
「師匠、おっはよー!」
と、いつもの明るい声で挨拶した。
「高坂さん、おはよう」
僕も挨拶を返す。
「ねえねえ、師匠、何読んでるの?」
あかりの無邪気な質問に、僕はどぎまぎしてしまう。
「えっ、あっ、そのっ」
「ははーん、さてはエッチな表紙のやつでしょ」
あかりはニヤリと笑う。
「いや、ちがっ」
僕は読んでいた本を、すかさず机の奥に突っ込む。
「じゃー見せなさい!」
あかりが僕の本を奪おうとするが、僕は必死に抵抗する。
「そんなんじゃないってば!」
そんなんではあるのだが、正直に言うわけにはいかないのだ。
「おはよう」
その時、僕の左斜め前の席から、紗良が鈴の音のような挨拶する声が聞こえた。
「お、おはよう、村上さん」
「あ、紗良ちゃんおはよー、師匠がね?何かエッチな本隠してるんだよ?」
「こ、高坂さん、声が大きいって。それに村上さんに言わなくても」
あかりの声は常に大きいのだが、こう言う時ばかりはボリュームを下げて欲しい。
「なによー、私は良くて紗良ちゃんはだめって言うの?」
「いや、そんな事では…」
紗良は、僕とあかりのやり取りを、楽しそうにくすくすと笑いながら見つめていた。
「ほんと、師匠は紗良ちゃんには甘いんだからー」
と、あかりが不満げにそう呟く。
「あら、神山くん、あかりちゃんにも優しいと思うけど」
(ん……?)
「えー、そんな事ないよ、もっと弟子を大事にして欲しいなー」
(なんか、この二人、こんなんだったっけ?)
微妙にお互い張り合っているような、緊張感のあるやり取りに、ほんの微かな違和感を覚える。
が、気のせいか?とすぐにその違和感を振り払う。
「まあまあ、ちょっと二人とも落ち着いて……」
「そもそも師匠がエッチな本隠してるから〜」
「神山くん、そんなの隠し持ってるの?」
「もう、二人とも勘弁してよ〜」
僕は、本を小脇にかかえ、脱兎の如く逃げ出し、男子トイレに駆け込んだ。
ここなら、追ってはこれまい。
しかし、今日は二人ともやけにしつこいな。
洗面台に手をかけ、深くため息をつきながらも、その理由には、何の検討もつかないのだった。
◇
由紀恵は、少し離れた席から、三人のやりとりを眺めていた。
(あー、なるほど、あの三人そう言う感じなのねー)
神山が去った後も、なんだかんだ言い合っているあかりと紗良の姿が目に入る。
(はー、アオハル、アオハル、羨ましいわー)
教室の窓からは、秋の風がやさしく吹き込んで、カーテンを揺らしていた。
過去の短編を思いつきでシリーズ化してみましたが、楽しく書けました。
一旦、ここでお話しは一区切りという感じですが
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。
実は、あかりも紗良も、実際の私の友人がモデルだったりします。
あかりの方は、大分性格も違いますが、紗良は結構そのままです。
本人に気付かれたらどうしようとドキドキしてますが、まあ多分大丈夫でしょう。
皆さんは、あかりと紗良、どちらがお気に召したでしょうか?
ぜひ、皆さんの感想と共にコメントいただけると嬉しいです。




