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オタクになりたい少女は、名前で呼んでほしい

紗良を呆然と見送った後、僕は階段をとぼとぼと登り、部屋のドアを開いた。


部屋の中を見て、僕は、またもや驚愕した。

高坂あかりが、またベッドに寝転がっているのだ。


(あー、もう、またかよ……)

ベッドの横まで歩いて行き、あかりに声をかける。


「高坂さん!」

だが、あかりの返事はない。


「高坂さん?」

再度、声をかけるが、やはりあかりの返事はない。

すると、僕の耳に、かすかに寝息のような音が聞こえてきた。


(まさか……)

あかりの様子を伺うと、うつ伏せになって目を瞑り、少し口を開けて寝息を立てている。枕の横には漫画が開かれたままだ。


(まあ、思ったより時間かかったって言ってたしな)

僕は、ベッドに腰を下ろす。

今日に間に合わせるために、夜遅くまで頑張っていたのかもしれない。


あかりの寝顔は、普段の表情豊かな彼女とは違い、穏やかだった。

時折、少し寝返りをうち、「んっ」と言うような小さな声を発している。

その無防備な姿を見ると、怒る気力も失せるのだった。


とは言え、ここで寝られても困るのだけど……


「うん」とあかりが小さく声を発する。起きたのか?と思ったが違うようだ。もぞもぞと動いているが起きる様子は無い。

あかりが、もぞもぞと動くたびに、スカートが少しずつずれて行く。先ほども目にした、白い太ももが僕の目に眩しく映る。


(いやいやいや、無防備すぎるでしょ)

僕は、あかりにそっと毛布をかけてやった。

その瞬間、あかりがぱっと目を開けた。


毛布をかけるために、あかりの上に覆い被さるような体制になっていた僕の顔は、ちょうどあかりの目の前にあった。

至近距離で、ばっちりとあかりと目があう。

あかりの長いまつ毛、くっきりとした二重の大きな目は、丸く見開かれている。


「ひゃああああああぁあああ」

あかりは、よくわからない奇声をあげ、ばっと飛び起き、僕から距離を取り、ベッドの反対側に腰掛けた。


僕は、あかりの奇声にびっくりした拍子に、ひっくり返り、ベッドから転がり落ちて後頭部をぶつけてしまった。


「いててて……」

僕は、頭をさすりながら起き上がる。


あかりは、真っ赤な顔をしながら

「あわわわ、わわ、わわわわ」

とよくわからない言葉を発している。


「あー、高坂さん、目覚めた?」

僕はつとめて冷静を装い、あかりに声をかける。


「え、わ、わわわわ、私、ね、寝てたの?」

どうやら他人が自分以上にパニクっていると、冷静になれると言うのは本当らしい。

慌てているあかりの姿を見る僕の心は、なんだか余裕が出てきた。


「うん、ほら、口元、よだれ」

ちょっとからかうようにあかりに指摘する。


「えっ!ほんとっ!」

あかりは慌てて口を袖でぬぐう。


あかりは、顔を真っ赤にしたまま、しゅんと大人しくなってしまった。

ベッドに腰をかけたまま、膝の上に両手を置き、うつむいている。


「どうしたの?高坂さんらしくないじゃない」

僕のこの余裕はどこから来るのだろうか。


「だって〜、まさか寝ちゃってるなんて〜」

あかりの声は弱々しい。


「昨日、遅くまでやってくれてたんでしょ?」


「うーん、それはそうなんだけどさ〜」


「おかげで良いTシャツになりそうだよ」


「そうだね〜、実物出来るの楽しみ〜」

ちょっと調子を取り戻してきたようだ。いつもの、明るいあかりの姿に僕はほっとする。


「そう言えば、高坂さん、中学まではコンクールとかに絵出してたの?」

僕は、昨日耳にした内容をさりげなく確認してみた。


「あー、うーん、まー、そう言う事も、あったかなあ、なんて」

あかりはとても歯切れが悪い。誤魔化すにしてももう少し上手に出来るだろ。


「高校入ってからはやってないんだ?」


「うーん、まあねー、別に好きでやってた訳じゃ無いから」

あかりは少し寂しそうな顔でそう言った。


「あんなに上手なのに?賞とかも取ってたって」


「まー、小さい頃は好きで描いてたんだけどね、絵」

いつもの快活な声では無く、ぼそぼそと呟くようにあかりが喋る。


「なんか、賞とか取っちゃって、だんだん親とか先生とかが期待するもんだから」

あかりは、うつむいてしまった。その姿は普段のあかりからは想像もつかない。


「そのうちなんか、賞とるために絵描いてる気になっちゃって、楽しく無くなっちゃったんだよね。それで、高校入ったら辞めちゃった」

てへ、と言うふうにあかりは笑って見せた。


「でもね、やっぱり私は絵描くの好きなんだよな〜、描きたいな〜って思ってもう一回描こうとしたんだけど、何描いて良いかわかんなくって」

あかりは変わらず笑っていたが、僕にはあかりが泣いているように見えた。


「で、師匠に声かけたんだよね。なんか、いっつも本読んでて、すごい好きなんだろうな〜って。もしかしたら私も何か好きな物出来れば、また絵描けるんじゃないかなって」

あかりは、照れ臭さそうに笑っていた。


「Tシャツの絵、とっても素敵だったよ。好きじゃなきゃ、あんな絵、描けないんじゃないかな」


僕がそう言うと、あかりは、途端に黙りこくってしまった。

下を向いたまま、微動だにしない。


「あ、あれ、高坂、さん?」

僕の声にもあかりは反応しない。


よく見ると、あかりの肩は震えていた。

膝の上におかれた両手がスカートの裾をしっかりと握っている。

その、あかりの手の上に、水滴がぽたり、と落ちた。


あかりの大きな二つの目には、涙がたまり、必死に堪えているようだったが、堪えきれず溢れていた。


「こ、高坂、さん?」

僕の間抜けな声に呼応するかのように、あかりは、堰を切ったように声を出して泣き出してしまった。


「ふえ〜〜〜ん、ししょおおおおおお〜〜〜」


「ど、どうしたの?」

さっきまでの冷静さは消し飛んだ。僕はどうしていいかわからずオロオロするだけだった。


「ししょおおおおお、ありがとおおおおおおおおおおおおお」

あかりは、横に座っている僕の袖を両手でぎゅっと掴む。僕の制服の袖に、ぽたぽたと涙の雫が落ちる。


「い、いや、僕は何も」


「ぞんだごどないよおおおお」

あかりは、泣きながら僕の袖をぎゅっと掴んで離さない。


「ちょ、わかったから、もう泣かないで」

もうどうして良いかわからず、僕は、思わずあかりの頭に掴まれていない方の手を置き、優しく撫でていた。

あかりのさらさらとした手入の行き届いた髪の毛の感触が心地いい。


あかりは、最初びくっとしたが、嫌がるでも無く、僕に撫でられるがままだ。

ひとしきり泣いたのもあってか、僕の袖を掴む力もだんだん弱まり、落ち着きを取り戻したようだった。


「えっと、ティッシュはどこだったかな」

僕はベッドから立ち上がり、机の上にティッシュの箱を見つけると、それをあかりに差し出した。


「ありがと」と小声で呟き、あかりがそれを受け取る。

ティッシュで鼻をかみ、涙を両手で拭う。

泣き腫らして目と鼻が真っ赤だが、ようやくいつものあかりの表情に戻ったようだ。


僕とあかりは、ベッドの端と端に腰掛けていた。

僕は何と声をかけていいか分からず、あかりもいつもの調子では無く、恥ずかしそうにうつむき黙りこくっている。

どれぐらい沈黙していたか定かではないが、その沈黙に耐えかねて、僕はなんとか声を絞り出した。


「「あの」」

僕が声をかけるのと同時に、あかりも声を発していた。

二人で顔を見合わせ、思わず「ぷっ」と吹き出してしまう。


「なんだよ、()()()、その顔」

「師匠こそ、何よ〜」


(ん?今、僕、高坂さんのこと()()()って呼んだか?)


「こ、高坂さん?」

「ん?どしたの?師匠」


あかりは気にしてないようだ。ちょっと勢いで下の名前で読んでしまったが、以後気をつけよう。


「あ!もうこんな時間!そろそろ帰らなきゃ!」

時計を見てあかりが慌てて帰り支度をする。

あかりは、ばたばたと鞄を拾い上げ、そこにTシャツのデザイン画を突っ込む。


どたどたと階段を下るあかりを僕も急いで追いかける。


「高坂さん、帰り道、わかる?」


「ん〜多分?」


「送ろうか?」


「だいじょうぶだいじょぶ、迷ったらスマホ見るし」


「そ、そう?」


いそいそと靴を履き、あかりは玄関のドアに手をかけた。

「ごめんね、バタバタしちゃって」


「いや、こちらこそ」


「あ、あと、()()()って呼んでくれていいんだよ?」

あかりは、ぱちり、と片目をつぶって見せた。


「え、ちょ、ま」

僕の返事をまたずに、あかりは「ばいばーい」と手を振り、走り去っていってしまった。



「Tシャツが出来上がったので配りまーす」

紗良の声が、教室に響き渡った。決して大きな声ではないのだが、紗良の声はよく通るのだった。

僕と、あかりも、箱の前に並び、一人づつサイズを確認してTシャツを手渡ししていった。


「おおー、実物見るとやっぱかっけー」

「いいね〜、今年はうちのクラスが一番じゃない?」

「いや〜、高坂さんさすがだね〜」


そこかしこで、クラスメイト達がTシャツを手にとり、広げ、試着している。

クラスメイト達の口からは、Tシャツと、あかりを讃える声ばかりだ。

僕は、少し誇らしげに、クラスメイト達の声を聞く。


横を見ると、あかりもいつも以上のドヤ顔を披露している。相変わらず腕を組んで、踏ん反りかえっては居るが。


反対側では、紗良が満足そうに微笑んでいた。

データ完成後は殆ど紗良が一人で全てやったようなものだ。

僕とあかりは、やいのやいの騒いでいただけ。それでも、常に紗良は楽しそうだった。


その日の放課後、いつもの三人での「作戦会議」

それも、今日で最後かと思うと、少し寂しい。


「いやー、大好評だったね」

僕が口火を切る。


「紗良ちゃんと師匠のおかげだよ〜」

珍しくあかりが殊勝なことを言う。


「ううん、高坂さんの絵の力だよ」

紗良はとても嬉しそうだ。


「まあ、三人の力って事で」

僕が、適当にまとめる。


「そうだね〜」

「だね」


三人で満足感に浸っていると、そこにクラス委員の由紀恵がやってきた。

「ほんと、ありがとう」

と、頭を下げた。


「そんな、かしこまらなくっても」

と紗良がフォローする。


「あかりはともかく、村上さんと、神山くんまで手伝ってくれるなんて、思ってなかったけど、ほんと助かった」


「なんであたしはともかくなのよー」

あかりがふくれっつらで不満を述べる。


「だって、あんたは何だかんだ助けてくれるじゃない」


「うーん、納得いかないー」


「まあまあ」

由紀恵があかりを宥める姿を、紗良は楽しそうに見つめていた。


「私は、ちょっと手伝っただけだから」

紗良は控えめにそう言った。


「そんな事ないって、村上さんが言うと男子が素直に言う事聞くから助かった〜」

由紀恵は肩をすくめて見せる。


「神山くんも、あかりが褒めてたよ?師匠のおかげだって」

うりうりと由紀恵は僕の肩をこづいて、意味深な視線を送ってくる。

なんだこいつ、母さんか?


僕があかりの方を見ると、あかりは照れくさそうに、ぱっと目を逸らしてしまった。

紗良がその様子をめざとく見つけ、僕に意味深な視線を送ってくる。


(おいおいおい、勘弁してくれよ……)


紗良の誤解が解けぬばかりか、由紀恵にも誤解され、僕の前途は、多難なのだった。

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