オタクになりたい少女は歌いたい
「あ〜、やっと終わった〜〜〜!!!」
期末試験の最後の科目が終わったその日の放課後、あかりが僕の目の前で一際大きな声を張り上げた。
「紗良ちゃんと師匠のおかげで、今回は結構良かったかも!ありがと!」
「ううん、あかりちゃん頑張ってたもんね」
「ウチも頑張ったんやけどな……色んな意味で終わったわ……」
一方、遥の声はとても弱々しかった。
「遥ちゃん、大丈夫……?」
紗良が思わず心配そうに遥に声をかける。
「紗良ちゃんとシンイチ君のおかげでなんとか赤点は免れそうや……ありがとな……」
力なく笑う遥の姿は、普段よりも更に小さく見える。
「ま、まあ取り敢えず赤点免れそうなら良かったじゃない……」
「せやな……」
遥は僕のフォローにも心ここにあらずという様子だった。こう言う弱々しい遥は珍しい。
「遥ちゃん、元気出して〜!」
あかりが遥の肩を持ち、両手で揺らす。遥はあかりになされるがまま、頭をぐらぐらと揺らしていた。
「そうだ!試験も終わったし、気晴らしにどっかでパーっと遊ぼうよ!」
あかりが、遥の肩から手を離し、僕と紗良の方を向いてそう言った。
「遊びに行くって、どこに?」
僕は率直な疑問を口にする。
「そだねえ、この辺だったらカラオケかな?紗良ちゃんもいけるでしょ?」
「え、うん、時間はあるけど……私、カラオケ行った事ないけど大丈夫かな?」
「え?紗良ちゃんカラオケ行った事ないの?じゃあ絶対行かなきゃ!ほら、遥ちゃんも歌ったらスッキリするよ!」
「あー、せやな……歌でも歌ってスッキリするか……」
「じゃ、決定〜!カラオケ行こ!」
「あ、あのー、僕もカラオケ行った事ないんだけど……」
「え〜、師匠も行った事ないの?ほんとに日本人?大丈夫だよ〜そんな怖いところじゃないから!」
「あー、そう……?」
どうやら僕に拒否権は無さそうだ。カラオケなど行った事は無い。そもそも人前で歌う事自体あまり気乗りするものではない。最悪、歌わずに聞いているだけで何とかやり過ごそう。
「ほら〜師匠、はやく〜」
ふと気づくとあかりと紗良と遥は、既に教室のドアから外に出ているのだった。ドアの向こうから呼ぶあかりの声に答え、僕も三人の後を追った。
◇
(うーん……近い……)
コの字型にソファーが並ぶカラオケルーム。そこに僕ら四人は通されていた。
が、何故か遥が僕の横にピッタリとくっついて座っているのだった。僕がさり気なく距離を取ると、それに合わせて距離を詰めてくる。それを何度か繰り返した結果、僕はソファーの隅に追いやられ、これ以上逃げ場が無くなってしまっていた。
遥の短いスカートから覗く膝と、僕の膝がピッタリとくっついている。遥の小さい肩は僕の腕のあたりにあり、短い髪の頭は僕の肩に乗っかりそうだ。この距離感に、否が応でも僕に遥の体温や鼓動が伝わってくる。遥が呼吸をするたびに、小さく胸が動くその様子ですら、僕の目に、はっきりと映るのだった。
「ちょ、ちょっと遥、狭いってば……」
壁と遥に挟まれた僕は、小声で遥に抗議する。
「ん?どうしたんシンイチ君」
そんな僕の抗議など意に解さぬ様子で遥はそうとぼけて見せる。
先ほどまでの落ち込んだ様子は全く見られず、目にはいつものいたずらっぽい光が戻っていた。
たまらず僕は席を立ち、遥の反対側に座り直す。流石に遥もそれ以上は深追いして来ず、僕と遥の間に平和な距離がやっと保たれた。
僕の正面にはテーブルを挟んで紗良が座り、奥の方にはあかりが座っている。その二人は訝しげに僕と遥の攻防を見守っているのだった。
「シンイチ君なに歌う〜?」
わざとらしく、しなを作って見せながら、遥は僕に曲を登録するための端末を差し出した。
「何って言われても……」
カラオケが初めての僕に何を歌えというのだろうか。まずは慣れてるあかりか遥あたりが歌ってくれれば良いのに……と思いながら端末を操作する。
(なるほど、曲名や歌手名だけじゃなくてジャンルとか年代とかでも選べるのか……)
不慣れな手つきで色々と触っていると、なにやら音楽が鳴り始めた。
最近流行りのアニメのOPのイントロだ。どうやら誰かが曲を入れたらしい。
「じゃ、トップバッター私から行くよ〜」
あかりが、マイクを片手に立ち上がる。アップテンポのギターに続いてあかりの歌声が狭い室内に響いた。
「ちょっとボリューム大きすぎるかな〜」
あかりが、マイクから口を離し、手慣れた手つきでボリュームとエコーを調整する。
「あー、あー、うーん、こんなもんかな〜」
と言うなり、あかりは曲の途中からぱっと歌い始めた。
「すごーい、あかりちゃん上手!」
紗良が思わずパチパチと拍手をしながら小声で感嘆の声をあげた。
紗良が褒めるのも無理はない、あかりは流石に通い慣れているだけあって上手だった。アップテンポで明るい曲調もあかりの声質にあっている。あかりはノリノリでフリを交えながら一曲を最後まで歌い上げた。
「あかりちゃん上手やな〜、ウチも負けへんで〜」
遥がパチパチと拍手をしながら、端末で次の曲を登録していた。
2曲目の前奏が流れ始める。これも聞き覚えのある曲だ。確か顔を隠してデビューしパワフルなヴォーカルで一躍時の人となった、女性シンガーのデビュー曲だ。
マイクを握る遥の表情はいつものように自信に満ちていた。
前奏が終わり、遥の声がマイクを通じて室内に響く。その声に僕は、いやあかりと紗良も目を見張った。遥の小さいからだのどこからこのような声が出るのだろう。豊かな声量、伸びのある高音、細かいビブラート、あかりも確かに上手だったが、とは言え素人レベル。遥のそれはプロさながらだった。
歌い終えた遥は芝居がかったお辞儀を僕ら三人に向かってしてみせた。
思わず、僕ら三人はぱちぱちと盛大な拍手を送っていた。
「遥ちゃんめっちゃ上手いじゃん!」
あかりが興奮気味に叫ぶ。
「ほんと、プロかと思った!」
紗良も感嘆の声をあげる。
「いや、ほんと凄いね」
「まー、こんなもんかな〜今日はちょっと調子悪いわ〜」
遥は悪びれない様子で、僕ら三人の称賛を当然のように受け止めていた。
「次は、紗良ちゃんかシンイチ君、どっち行く?」
「いやー、今の遥の聴いちゃうと次歌いずらいよ……ねえ?」
僕は紗良に向かってそう言った。
「うん……」
紗良も僕に同調する。
「そうなん?気にせんでも大丈夫やのに。まあじゃあ気が向いたら歌ってな〜」
「よーし、私も遥ちゃんに負けないぞ〜」
あかりと遥が競うように次から次へと歌を入れては歌っていく。
僕と紗良は、あかりと遥が歌うのに耳を傾け、手拍子をし、拍手をする。完全に盛り上げ役だが、僕は歌わずに済みそうだと思うと内心ほっとしていた。




