ライトノベルと三角形の秘密
「ここは、加法定理を使って」
ファストフード店に向かう道すがら、紗良と話す機会は無かった。表面上は特に変わった様子は無いが、かといってあの日の事について特に会話する事も無く、勉強会は始数学から始まっていた。
「あーなんかそれ知ってる!コスモスが咲くやつでしょ?」
あかりの、いかにもうろ覚えな感じの発言にも紗良は丁寧に答えていく。
「そうそう、それそれ。丸暗記しちゃっても良いけど、忘れててもこうやってその場で導ければ大丈夫だよ」
そう言いながら、紗良はノートに加法定理の導出方法をさらさらっと書き込んでいく。
「あかん、こんなんその場で解くの無理や……」
紗良がノートに書く数式を目で追っている遥に、いつもの堂々とした様子はない。
「だいたい何やねんこのπってやつ……180度じゃあかんのか?」
遥の抗議はもっともだ。なんだって小学校からずっと180度でやってきたのに急にそんな事言われなければならないだろうとは、僕も常々思っていた。
「ほんとだよね、今まで360度でやってたのに急に出てくるんだもん」
遥の抗議にあかりも同調する。
「角度を半径1の単位円上での弧の長さで表した物、なんだけど、確かにちょっと分かりづらいよね。こうやって図を書くと分かりやすいかも」
紗良がノートの上にフリーハンドで円を書いていく。その円はコンパスで書いたように正確だった。
「なるほど、こういう事なんか」
「あー、だから180度がπなんだねー」
紗良の説明は僕が聞いていても分かりやすかった。丁寧に、一つ一つ図を書きながら、要点を説明していく。あかりと遥も真剣に耳を傾け、問題を解いていた。
「とりあえず三角関数はこれぐらいかな。じゃあ、次は国語やろうか」
一時間ほど数学をやった後、紗良が提案した。
「うわー、国語も苦手なんだよねぇ……ラノベ読むのは好きなんだけどな〜」
あかりが問題集をめくりながらぼやく。
「ウチも古文とか全然あかんわー。なんで昔の人はあんな面倒くさい書き方すんねん」
遥も頭を抱えている。
「えーっと、現代文の評論文からかな?」
あかりが問題集を開くと、そこには環境問題についての評論文が載っていた。
「なんか難しそうやな……この『持続可能性』って何?」
遥が首を振りながら文章を眺めている。
「あー、これはね、要するに環境を壊さずに発展を続けられるかどうかって話だよ。経済発展と環境保護のバランスをどう取るかっていう」
僕は、以前に読んだ本にも似たような事が書いてあったのを思い出し、自然に説明を始めていた。
「へー、そうなんだ。師匠詳しいね〜」
あかりが驚いたような顔をする。
「この問題、『筆者の主張を120字以内でまとめなさい』って……何書いていいかわかんないよ……」
あかりが頭を抱える。
「ああ、これなら『筆者は持続可能な発展について、従来の経済優先の考え方から環境との調和を重視する立場へと転換する必要があると主張している』って感じかな」
僕は問題文をさっと読んで答えた。
「え、師匠、もう答え思いついたの?」
あかりが目を丸くする。
「大体こんな感じかな?」
僕は手早く文章を書いて見せる。おおよそ100文字ちょい。120文字には足りないがまあこれだけ書けば大丈夫だろう。
三人がそれを読んで驚く。
「師匠すごい!これめっちゃわかりやすいね〜」
「ほんまやな、シンイチ君やるやん」
「ほんと、私も記述はあまり得意じゃないから時間かかっちゃうけど、こんなにスラスラっとかけちゃうなんて」
「そ、そんなに驚かなくても……?」
僕は三人の意外な反応に驚いていた。自分としては特別な事をしたつもりは無く、いつものように思いつきで書いただけだったのだ。
「師匠、これどうやったらこんなにスラスラ書けるようになるの?」
「うーん、そう言われても……特に何かやってるわけじゃないし……文章読んで理解してまとめるだけ……かな?」
「はー、シンイチ君、それは勉強できる人間の言い分やな〜ウチらみたいな凡人にもわかるように教えてや〜」
「いや、ほんと、何かテクニックとかそういうのじゃ無くて普通に読んでるだけだから……」
「シンイチ君ってライトノベル以外の本も良く読むの?部屋にはラノベと漫画が多かったけど」
紗良の質問に僕は少しだけ考えた後に答えた。
「そうだね、父さんの本棚にいっぱいあるし、図書館で借りてきたりとか」
小さい頃から父さんは僕に色んな本を読ませてくれた。それはいわゆる児童書とか絵本とかでは無くて、ちょっと難しい哲学書だったり科学の本だったり、小説だったりしたのだった。
僕は特に疑問も感じずに父さんが与えてくれた本を嬉々として読んでいたのだが、どうやらあまり普通じゃないと気づいたのは小学校高学年ぐらいになってからだった。
「そっか、それでなのかな。色んな本たくさん読んでるから」
「師匠凄いねー、私もラノベ以外の本も読んだ方が良いのかな〜」
「あかん、ウチはラノベと漫画専門や……」
「うーん、そうなのかなぁ。あんまり意識した事なかったけど」
父さんのおかげなのかは知らないが、今まで国語で苦労した事は無かったのは確かだった。
「でも、これだけ記述もさらさらっと出来るなら小説とかも書けるんじゃ無い?」
「えっ?」
紗良の何気ない一言に、僕は言葉を失ってしまった。今までもっぱら読むだけだったのだ、自分が「書く」という考えは頭に浮かんだ事が無かった。
「ほんとだねー、師匠ラノベもいっぱい読んでるし、自分で書いてみたらいいんじゃない?」
「ウチもそう思うわ〜シンイチ君が書いたラノベ読んでみたいな〜」
「い、いや、国語の試験の記述と小説書くのじゃわけが違うでしょ……」
そう答えつつも、僕の頭の中では「小説を書く」という言葉がぐるぐると回っているのだった。




