ゴスロリ人形と、騎士見習いの僕②
「あれ、一学期に紗良ちゃんに撃墜された3年の先輩、だよ」
あかりが、こちらに向かってくる男子生徒を見て、僕にそう耳打ちした。
紗良は気まずそうに目を逸らし、僕の後ろに隠れてしまっている。
遥が、その先輩の前を遮り、いつものように堂々と言い放った。
「えーっと、先輩なんかな?個別での撮影は禁止されとるんや、すまんな」
遥の言う通り、コスプレイヤーの安全と会場の混乱を避けるために、個別での撮影は運営する商店街により「禁止」されているのだった。
「ちょっとぐらい良いじゃねえか、なあ?」
先輩はどうやら、紗良に因縁をつけに来たのか、遥にはお構いなしにずかずかとこちらにやってくる。
「あー、もう、あかんって言うてるやろ」
遥が両手を広げて、先輩の前に立ち塞がった。
「ちっ、お前に用は無いんだよ、すっこんでろ」
遥を強引に押し退け、先輩は更にこちらに向かってきていた。
遥は、押し退けられた拍子につまづき、地べたに転がってしまった。
「ちょ……」
「ちょっと!なにすんのよ!遥ちゃん!大丈夫?」
僕が動くよりも早く、あかりが遥の元に駆け寄る。
先輩はそんな遥の事など眼中に無いようだった。
周りで見ていたクラスメイト達も、ざわざわと騒いでいる。クラス委員の由紀恵と数人のクラスメイトが何やら話し合った後、どこかに行ったようだった。
「村上さん、相変わらず可愛いねえ。今日の衣装もよく似合ってるよ」
僕と、紗良の目の前まで来てそう言い放つ。
「…………」
僕の横で、紗良は無言で俯いていた。表情は怯えており、僕の袖をぎゅっと握りしめている。
「ちょ、ちょっと待ってください先輩、遥も言った通り個別の撮影は禁止されてますし」
僕は、紗良と先輩の間に割って入り、先ほど遥が言った言葉を繰り返す。
「ああ?陰キャはすっこんでろよ」
先輩が僕を睨みつける。
(うっ……)
正直、怖い。確かこの先輩、野球部か何かだったはずだ。今まで、こんなトラブルなんて僕の経験には無いのだ。ただ、僕の袖をギュッと掴み、俯いている紗良の存在が、僕を何とか突き動かすのだった。
「紗良も、困ってますし」
ぐっと、先輩のを睨み返す。いや、睨み返したつもりだけど、ちゃんと出来ているだろうか?
「紗良、だあ?馴れ馴れしいな、お前、あんま調子乗るなよ?」
どん、と両手で胸の辺りを押される。先輩にとっては軽く押したぐらいのつもりだったようだが、僕にとっては十分な衝撃だった。僕は突き飛ばされて、地面に転がってしまった。
「シンイチ君!」
「師匠!」
「シンイチ君!」
あかりと紗良と遥が同時に叫ぶ。
「雑魚が、すっこんでろよ」
いよいよ、守る者の無くなった紗良の手首を先輩が掴む。
紗良は振り解こうと身じろぎするが、いかんせん相手が悪く、振り解く事が出来ない。
「まあ、ちょっと記念撮影させてくれよ」
「なにしとんねん!」
突然、遥が大きく一声あげると、素早く紗良の元まで駆け寄り、先輩の手を振り解こうとした。
「ちっ、しつこいんだよ!」
ちょっとした揉み合いになり、手を振り解いた拍子に、先輩の袖のボタンが、紗良の衣装の袖にひっかかり、破けてしまった。遥の小さい体も突き飛ばされるが、後ろを追っていたあかりが抱き止める。
袖から千切れた布地が宙を舞う。紗良は泣きそうな顔で袖を抑えている。
先輩をきっと睨みつけ、今にも飛びかかりそうな形相の遥を、あかりが、必死に宥めている。
その姿を見て、僕の中で何かが弾けた。
(その衣装は、お前なんかが傷つけていいもんじゃ無いんだぞ!)
剣の切っ先を先輩に向け、大声で啖呵を切る。
「お前、俺の女に手を出そうってんなら、覚悟は出来てるんだろうな?」
自分が自分で無いようだ。「アラン」が「クレア」と最初に出会った場面、そのセリフがそのまま僕の口をついて出る。
「ああ?何言ってんだてめえ?イキってんじゃねえぞ?」
先輩は動じず、こちらに向かってくる。
その顔をきっと、睨みつけ、例のポーズを取る。
「これ以上やる気なら、覚悟しろよ」
「師匠!」
「「シンイチ君!」」
まさに、一触即発というその時
「あー、ちょっと宜しいですか」
「運営」と言う腕章をつけた中年男性が、僕らの間に割って入ってきた。見覚えのある顔。本屋の店長のようだった。
「君、⚪︎⚪︎高校の生徒だね?個別の撮影は禁止させてもらってるんだ、これ以上騒ぎを起こすなら学校にも連絡しなきゃならないよ?」
どうやら、由紀恵がクラスメイトと共に運営に通報してくれたようだった。
「ちっ」
先輩はバツが悪そうに、それだけ言うとどこかに去って行ってしまった。
「大丈夫かい?君たち」
「え、ええ、僕は大丈夫ですが」
紗良はだいぶショックを受けているようだった。袖を抑えてうずくまっている。
「……あかり、紗良を更衣室に連れてってあげてくれる?」
「う、うん、わかったよ、じゃあ師匠は遥ちゃんお願いね」
あかりが紗良の肩を抱き、更衣室に向かって歩いていく。
遥は地面に座り込み、先輩の後ろ姿を睨みつけていた。表情にいつもの快活さは無く、その顔には悔しさと怒りが滲んでいた。
「ご、ごめん、遥。僕がもっと早くなんとかしてれば、遥の衣装、傷つけさせなかったのに」
僕がそう声をかけると、遥は僕の方に振り返った。遥の表情が、少しだけ緩む。
遥は僕にだけ聞こえるぐらいの小さな声で、こう言った。
「かっこ良かったで、シンイチ君。ウチの衣装のために、怒ってくれたんやろ?」
「い、いや、なんというか、その」
僕は座り込んでいる遥に手を差し出す。遥は僕の手を取り立ち上がると、さっきまでの悔しさを微塵も感じさせない笑顔で、僕に耳打ちした。
「あかりちゃんか紗良ちゃんか、はっきりせーよ、と思って煽ってたけど……気が変わったわ、ウチも参戦させてもらうで」
「はい?」
予想外の言葉に、間抜けな声を出しながら遥の方を振り向く。間近で見る遥の顔は相変わらず人形のようだったが、少し照れくさそうにはにかんでいた。




