前夜録⑤
双燕がああなってしまったのはいつからだったろう。俺はずっと側にいたつもりだ。生まれた時から、双燕がこっそり会いに来るまでの数年を除いて二人で一緒に過ごしてきたはずだ。入れ替わりをしながら、鏡を通じて話し、お互いのことはなんでも知ってきたはずだ。
どこで変わったんだろう、なんで愚問だった。
そうだ、俺が最初に双燕から離れたんだ。
双燕が天下統一のための俺達の駒としてあちこちの島に見学に行ったとき、俺が麗奈に一目ぼれをした時に俺達は分かれた。いや、ずっと違ったのかもしれない。双子だからってなんでも同じなわけじゃないし、思考が合うわけでもない。俺達はずっと違っていたけど、一緒にいて仲良く過ごしているせいでそんなことに気付かなかっただけなのかもしれない。そして、俺が恋をしてやっと違いがわかっただけだ。
双燕は誰のことも愛してない。
双子である俺のことさえ愛してはいない。双燕にあるのはただの執着で、双燕にとっては執着するものすべてあいつの物でしかないんだろう。少なくとも駒としていた人間たちは全員、双燕にとって物でしかなくて、切り捨ても破壊も厭わなかった。むしろ遊んでたつもりなんじゃないか?
双燕はいつも笑ってた。彼らの結末がどんなものでも必ず笑ってた。まるで映画を観て、面白かったって言うだけのような当事者意識の低さ。
双燕、俺達はずっと人間を使い捨てて、潰してきたんだぞ。こっちは頭が狂いそうだった。お前がやったことをやらなければ俺達が別人だとバレるから、逆に俺が情を見せればお前もそうしなくちゃいけなくなって矛盾が生まれるから、お互い変なことはできなかったはずなのに、お前が好き勝手やってくれたおかげで俺は最悪の人間になってた。
全部をお前のせいにするつもりはないよ。お前のしていたことを止めることもできたのに、それを選択しなかったのは俺だ。俺もお前を利用してきた。麗奈を守るためには俺達が作った真壁要田が何より都合よく役立った。麗奈を守るためとはいえやってきたことは双燕と同じようなものだ。責められるはずはない。
それに家族に切り捨てられた俺を大事にしてくれた双燕にまで愛されたてないとは思いたくなかった。お前が俺を大事にしてくれる間、ずっと信じてたんだ。信じてたんだよ……
でも麗奈のおかげでやっと現実が見えてきたんだ。双燕は俺のことも誰のことも愛しちゃいないし、人として大事にしてない。どれだけ俺が尽くしても、アクセサリー以上に見てくれはしない。結局、執着だったんだ、物への。
明日お前が出てきたら俺が相手して潰す。せめてもの罪滅ぼしは俺を止めることだろう。お前を止めて、俺は麗奈を外に連れ出して見せる。
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明日、まずすべきことは要田の回収だ。あいつのコピー能力を取り返して、俺の洗脳をさらに向こうに向ける。ルアやソウには通用しないだろうが、鬼呪一天の医者くらいなら狙えるだろう。あと厄介な管理人だけでも洗脳してこっちに引き込まないとな。
「要田、お前はちょっとお兄ちゃんから離れてみたかっただけだろ?」
写真の中のあいつは俺のよく知る可愛らしい笑みを浮かべている。お前のいるべきところは俺の横だ。だから明日必ず迎えに行く。
待ってるだろう。あいつには俺が必要だ。
「すぐ迎えに行くよ」
あいつらは俺が始海とかいうおっさんだと思ってるだろうが、要田は気づいてるだろ?俺は何も変わってない。あの人は俺に接触した時点で間違ってたんだ。馬鹿なじいさんだったよ、俺が子供だからって舐め腐ってさ……ほんと腹の立つじいさんだった。
父親じゃダメだから俺に目を付けたことは褒めてやれるが、俺を器にできると?
馬鹿すぎて笑い転げたわ。
始海とかいう神の成り損ないはもういない。俺の中でどーっくに眠りに就いてるさ。あとはレイの鬼とかいう存在を潰せば全部終わる。
なぁ要田、俺達はもうすぐ世界の頂点に立てるんだ。やっぱり俺の隣はお前しかしないだろ?
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「優菜様、これを」
「ありがとう」
勝呂寺が持ってきたのは魔の森の中にある小屋に保管された日記。この日記は第一世代の人の日記らしい。レイが小屋にはお宝がごろごろだと言ったから見てきてもらったのに、こんな日記が宝?
前言撤回。これは宝も宝。占い師の記録だ。
「王は在らず……」
「どうやら貴族軍が必死に担ぎ待ち望んだ王様はいないようですね」
「意味がわかるの?」
「占い師の記録はその人が必要とする情報の結果を伝えてくれます。優菜様はずっと双燕様を探って来たでしょう?」
勝呂寺が言うなら多分、この言葉は間違いなく王がここにいないことを言ってる。王――始海がいない。
「始海様が今どこにいるかを警戒する貴方には何より大切な情報なのでは?」
「そうね」
ページを進めていけば私の知りたいことが一つ、また一つと出されたヒントと結びついていく。
「―――始海は、死んだのね」
始海の不在。誰が気づいただろう。始海はとっくに双燕に成ろうとしていたのだ。よくよく考えてみれば、こんな年齢まで始海が「洗脳」を使えるUNCを放置するだろうか。「洗脳」さえあればどれほど違和感を抱ける双子の弟だってどうにかできる。早くに双燕に成り替わって計画を進める方が有利だったはずだ。
でも始海は双燕になっていなかった。
短期間しか一緒にいない私でもわかる。双燕は出会った時から何も変わっていない。一度も変わっていなかった。まだ始海が双燕に移ってないだけだと思っていたけれど、とっくにコトは終わってたわけね。
双燕が始海を洗脳して吸収した。それが真相。
「勝呂寺、明日双燕が出た後ここを出るわよ」
「かしこまりました。準備の前に一つよろしいですか?」
「何?」
「何か、わかったのですか?」
私の「反転世界」は可能を不可能にする。こじつけでもへりくつでも、「できる」ことを「できない」にすることがなせてしまうのだ。
「何も、知ることができないわ」
「そうですか」
レイに教えなきゃ。もう知ることはないわ。双燕が何を目指して鬼を求めるかだけ心残りだけど、始海がいないことを伝える方が重要。
もうすぐそっちに行くわ。




