前夜録②
「「乾杯」」
俺はビール、矢辺はワイン。並べるつまみも俺とこいつではチョイスが違う。そもそも食事の傾向も、得意分野も、思考の方向も何もかも俺達は違ってる。本来、仕事ということ以外で関わることはないはずで、こんな世界じゃなければ出会うこともなかったと思うほどだ。
そんな俺たちの共通点は鬼波零斗に懐かれていることだ。
「最後の晩餐だな」
「縁起でもないこと言うな。まだ最後と決まったわけじゃねぇだろ」
「だが本当に最後かもしれないぞ?悔いのないよう愛を伝えるべき女にはさっさと伝えることだな」
「な、にを、言ってるんだ?俺には別に――」
「あの女は違ったか?」
「藤井はただの協力者だ」
言ってやったぜと思ったが、鼻で笑われる。
「藤井とは一言も言っていないが」
「お、お前こそどうなんだよ」
「生憎俺は遺言を残す家族も愛するような女もいない。強いて言うなら弟子だが、弟子は最前線だからな。必要ない」
淡々とした言葉に、仕草。こいつは明日を一ミリも不安に思ってない。「最後の晩餐だ」とか言っている口は平然と結果報告をしているいつもの様子と変わりなかった。
「人間は傲慢にも当たり前に明日を信じている」
「急になんだよ」
「自分ら人間の話だ。反対にUNCは常に死とともにある。わかるか?あいつらは明日というものを希望のように語るんだ」
確かに、人間は平然と明日告白するなどと言う。俺の周りもそうだったように、明日は当たり前だった。だがUNCはどうだ?
戦争下、奇襲だってあり得る。いくらルールがあろうと、処罰は戦争が終わってから。それまでにすべてなくなることもあるし、底辺がどうなるか……俺達は知っている。そんなUNCに明日というのは当たり前のものではない。レイの元にいる連中は生きる力が強くてついそんな違いを忘れてしまう。
UNCは強くなければ明日がない。
その事実を俺は今この戦場に立っても忘れていた。
「勝井……お前は少し丸くなった。上の席が苦しいことは知っているが、ここが戦場であることを思い出した方がいい」
「そうだな……」
言われてもこればかりは言い返せない。俺自身、現場への出動が減って、デスクワークが増えて、体が鈍った自覚がある。そのうえ、上は贅沢を尽くすことばかりしか頭になくて、誘いを断るのにも一苦労……
さらに言えば、レイのあの悪戯の襲撃が俺を鍛え、勘も尖らせてくれていた。なくなってからは少しずつ劣っていって、代わりに胃痛が激しくなった。
「皮肉なものだな。出世すればするほど命のやり取りを忘れ、命が狩られるまで幻に溺れる」
「あんな奴らでも昔は立派な異名があったらしい」
「お前も今のままじゃ腐り名だぞ」
今日はいつにも増して頭が痛いことを言ってくる。なんなんだが知らんが俺は言い返せない。口に枝豆を運びながらそっと矢辺を観察することしかできない。
「お前……ビビってんのか?」
つつくとこを見つけた時、人はパァっと顔を輝かせる。俺もそうだ。矢辺がワイングラスを持った手を震わせているのを見て、考えるより先に口が吐いた。
「これは武者震いだ」
「のわりには普段と様子が違うぞ。さっきから言うことも痛いしな」
「勝井こそそう振る舞わずにいれないのだろう」
俺たちの言い合いは無駄だと悟った。多分矢辺も心の奥底で同じ不安を抑え込めないでいる。全く合わない俺達がこうして飲んでいるのもそんな、不安からの異常行動だ。
「自分らは情けない大人だ。それでも鬼波の望む最良の結果になるよう手を貸してきた」
「約束した結末を喜べない」
俺たちの目がやっと交わった。
あいつは鬼を倒すために仲間を集めた。そうして仲間に情を抱き、外への憧れを取り戻し、平和になったこの島で外へ出ていこうと望んだ。何よりも、仲間の未来の安寧を望んだ。それを俺達に語った時にレイは言ったんだ。
「島ごと吹っ飛ばす爆弾を用意してくれ」と。
言われた俺達はそれを了承し、未だに変わりない約束だ。だからもし、本当にとある出来事が現実になってしまった時、二人のどちらかが死亡した時点でこの島を吹き飛ばさないといけない。つまり、鬼も何もかも失くしてしまわないといけない。
「更地に帰すか、あいつが殺されるのを黙ってみるか……それが情けない大人に用意された選択だ」
「どっちも最悪の言葉に尽きる」
もっとできることはあったんじゃないか。いつもそればかり思う。レイと出会った時から、何かもっとできたのではないかと。俺と矢辺で共謀してレイをどこかへ隠すことだって……
「なぁ勝井……三つ目の選択肢があるとしたら、お前、やるか?」
「……その選択で結末が変えられるなら」




