食人鬼
翌朝、朝日が昇ると同時に上がった赤い花火。中心街の西で爆ぜて始まった双燕軍の行進。
昨夜に着いた更なる援軍は本国の軍であり、それを率いる双燕はもはや王。双燕の率いる軍は、国軍と呼ぶだろう。それに刃を向け抗う鬼呪一天を筆頭とした彼らは革命軍、はたまた逆賊となるだろう。だが、いつでもどこでも共通なことに、正義は勝者によってつくられる。今は国軍と逆賊でも、逆賊が勝てば、国軍は反逆者へと逆転する。それが、この世の約束だ。
進軍が始まってすぐ、鬼呪一天も応じるように出陣し、中心街の北部である北舞台との中間の場所では早々に戦いの火ぶたが切って落とされた。
『貴族軍の連中は昨日話した通りだよ!それ以外は避けて!』
紘が無線から叫んで、戦場へ数多くのドローンが飛ばされた。
双燕が出した貴族軍はこの日もほぼ一緒だった。双燕としては、レイのいない鬼呪一天はやはり何もできず、全員を使うまでもなく、このまま押し切れるという判断だった。しかし、油断は禁物。その精神から今日はあのジャックを一応控えさせてある点は昨日と違うところだ。さらに、前線には高坂も出している双燕は、今日の勝利を確信している。
クル達は倒れた仲間の分まで補うよう、戦えるメンバー全員を戦場に連れていた。ルアは結局目覚めることなく、代わりに要田がルアの能力をコピーして参戦した。
クルが最前線で仲間への能力攻撃を逸らし、仲間からの攻撃の助力をしている。ロミはそのすぐ後ろで波を張って先へ進んで行くメンバーの壁を飲み込んでは消し攫う。三月は早々に潜っていて、少し離れた場所で銃撃音が響き出した。
樹も開戦早々飛び立って、仲間を取り返すべく、月森との戦いを始めた。
樹は中心街のメイン通りを逆走し、入り口である門に辿り着けば、待ち構えていたように踊っている月森の姿を見つけた。月森もすぐに樹の存在に気づいて、踊るのをやめて地上に降りた。
「そんな怖い顔しなーいでな?」
「するに決まってるだろ。小生の仲間を返せ。」
「……昔もそんなこと言ってたね。」
月森は懐かしむように微笑むと、何かを懇願するように樹に目を向ける。
「変わったのは貴殿だけだ。」
周囲を覆い出した黒い炎は樹の怒りを示すように月森へ伸びるが、月森はものともせずに立っている。その姿は、樹にも悲しく映っている。
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―n年前…
「たーつるっ!」
月森が背中へ飛びついても樹は揺らぐことなく「おおっ」とだけ言って笑う。
「どうした?何かいいことでもあったか。」
「そーなんだよねぇ。」
「そうか、良かったな。」
樹は月森の頭を撫でながら微笑んでいる。月森は満更でもない笑みを浮かべながら樹を見ていた。
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俺は、樹がずっと好きだった。幼馴染。家が隣で、本当に小さい頃から一緒だった。樹は器用だけど、これと言って特筆したものはなかった。それでも、俺の知る世界では一番やさしくて、一番大きかった。
逆に、俺は何でもできた。周りに天才だともてはやされては、色んな奴に囲まれて過ごした。
誰もが俺に羨望の眼差しや、嫉妬の目を向けるような中で、樹だけはいつまでも変わらずに温かくて、どこかその功績に無関心な目をしていた。それが俺には心地よくて、「あぁ俺を見てくれているんだ」と心を落ち着かせられた。
「天才なのだから、大丈夫だろう。」という何気ない言葉のプレッシャーも、樹がいれば気にならなくて、樹だけが俺の本当の気持ちに気づいてくれたから、俺は大丈夫でいられた。
気づいたら好きで、自分の気持ちを知った頃には樹には親友と、初恋の人が出来ていた。
柴崎真と鬼波蘆寿だ。
あの二人は俺よりも樹の隣に立つ時間が増えて、俺も共に過ごす人間が変わった。変わっていく中で、次第に諦められると思ってた恋心は、いつまでも消えないどころか、一層強くなっていた。蘆寿を想う幼馴染を応援したくて、何度も、何度も、諦めようとした。
なのに、樹の笑う顔が消えなくて。優しい顔が消えなくて。何も言わずに傍にいてくれた夜を忘れられなくて。一緒に過ごした記憶が、深く俺には存在し続けていて。蘆寿と自分を比べて、何もかも違うのだと自分を納得させようとしても、樹と話したら、納得できる余裕がなくなった。
諦められなかった。
諦めたかった。
好きだった。
苦しかったんだ。
そんな気も知らないで、樹はいつも俺と一緒に眠るんだ。俺達一世代の時は、同郷で同性なら大体同じ長屋で、長屋の一部屋に二人で生活してた。俺は運がいいのか、悪かったのか、樹と同じで、毎晩、毎晩、自分の感情と戦いながら眠りに就いた。樹は何も知らないから、無防備で、酒に酔っていつも蘆寿のことを語った。それがどんなに苦しかったか。
自分じゃ蘆寿に敵わない。わかっているのに、傍にいるのは俺だから。俺だけがこいつの幼馴染だから。
この場所だけは俺のものだから…
なんとか気持ちに折り合いだけがついた。好きなのは微塵も変わらないが、なんとか平静を装って樹の恋路を応援できるようになった矢先だった。鬼波盧寿は、自らを犠牲にして戦いを集結させた。その際に、柴崎真も消されて、樹は一人に戻った。
応援を決意したのに、敵がいなくなった瞬間、俺は「あぁ、よかった。」と一人喜んだ。誰もが蘆寿の犠牲に涙を流すのに、俺だけは心の中で安心していた。そんな自分が怖くなった。怖くなって、どうしようもなかったのに、傷ついていたはずの樹は俺の心配をする。それがまた俺を愉悦へ至らせた。だけどそれが嫌になって、俺は樹と採集に行ったあの日に、目の前で崖から飛び降りた。
あまりにも醜い自分で、樹の傍にいていいのかわからなくなってしまったんだ。だけど、いつまでも忘れてほしくなくて、真より、蘆寿より、死を刻んでやりたくて、目の前で飛び降りた。あの時、心底必死に手を伸ばしてくれたことすら俺はすごく嬉しくて、記憶に残ってる。
死んで、魂が始海に捕らわれた時は困惑したけど、樹との思い出を永遠と振り返るのは楽しくて、封印されたのだという事実もいつしか忘れていた。再び、解き放たれるまでは。
突然目の前が明るくなったと思ったら、そこには知らない子供がいて、知らないようで知っている男が立っていた。その奥のカーテンに隠されるように飾られた絵画には、どこか見たことのある少女がいる気もした。目の前にいたのは双燕様と始海候補である双一様。俺は、従うように脅された。従わなければ、すぐにでも依り代を破壊する、と。
せっかくとどまったこの世。あの後、樹がどうなったかも、UNCがどうなったかも気になった俺は、大人しく従うことにした。―そして、今樹の前に立っている。
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樹の炎を全て避けて、樹の目の前まで進めば、樹が僅かに動揺したような顔をして、咄嗟に扇子を振った。樹の振った扇子が俺の喉を割いて、赤い血が飛び散ったのが見えた。
「來華っ!」
樹の扇子はただの扇子じゃない。蘆寿たちが持ってた扇子もそうだが、第一世代の持つ扇子は、刃物。
鮮やかなまでに人の皮膚など切り裂ける。喉を斬られれば、それだけでもう、致命傷。樹も俺も魂の存在。樹に殺されれば、依り代関係なく俺は死ねるわけだ。
「…ごめん。」
もう、腹に収めた連中は要らない。吐き出すように外に投げ出して、俺は力を手放した。
樹は俺を抱えて、何か言っているが、声はもう遠くて聞こえない。
二度目の死。またお前の前で死ねることを喜ぶ俺は、最低だ。この世に戻った時、最初に思ったのはお前に会うこと。そして次に、こんな奴らに従うくらいなら、樹に殺してもらおう、だ。
「なぁ、ずっと、俺ちゃんさぁ…」
聞こえないけど、俺は喋れてるだろう。
「ずーっと、好きだったんよなぁ……たつ…る。」
先にあの世で蘆寿たちと会ってるから、精々勝って土産話持ってこい。
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何度も呼びかけても返事はなくて、耳が聞こえないんだと思った。
なのに自分の言いたいこと言って、こっちの話は何も届かなかった。
「…なぁ…小生に助けてとは言えぬものだったのか…?」
依り代がどこかにあるのはわかってた。それが、双燕が持つことも簡単にわかった。そして、來華はここに脅されて立っているのだと気づいてた。それでも、來華は何も言わないから、小生が戦っている中で、説得しようと思っていた。なのに…お前はどうして、何も言わずに…
目の前に迫ってきた友を、小生は咄嗟に切り殺した。あの瞬間、小生の手は別物だったかのうようだった。
現実に追いついた時には、來華が「ごめん。」と言って倒れたのだ。
一度目は、その手を掴めず、二度目は自らの手で友を失った。月森の体はもうない。
小生ら、魂の存在にとって二度目の死は魂の消滅。二度と、來華に会うことはできない。




