罅
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ⁉
怒りを全開にしながら廊下を歩く双燕の姿は、部下の誰一人近づけない状態で、一歩一歩が廊下によく響いた。通り過ぎていく双燕を見て、その怒りの原因が自分でないことだけを祈りながら、消えた背中に安堵する。
なんでお前が…!
「要田っ!」
「どうした?」
俺は飄々とした顔をしてお茶を飲んでいた要田へ詰め寄る。
「父上との連絡が取れない。」
「何かあったのか?」
何かあったのか、なんて顔、本当に何も知らないような顔をしている。もし、知っていなかったら俺は騙されていた。
「何かあったのか、じゃないだろ……とぼけるなよ…」
要田の胸倉をつかんで、睨みつける。
「………なんだ、バレちゃったか…」
要田の琥珀色の目から光が消えた。俺の知らない顔。裏切り者の顔。
「お前…本当に…」
要田は俺から目を逸らし、ごめん、とだけ呟いた。
要田は、俺を裏切った。ここの連絡無線を壊し、以前の建国式の日の戦いで、勝手に撤退を決めた。おかげで俺が負けたようになったあの戦い。そして、父上との連絡を密にしていたこの時期に無線の破壊。すぐにでもこれは直すことはできるが、あれを壊せた人間が要田しかいな以上、これは追及するしかなかった。
そして、追及した今、俺には見えてしまった。馬鹿な片割れの思考が、嫌と言うほど見えてしまった。
「そんなに俺を恨んでたのか。」
そう言えば、要田の顔は歪んで、歪な笑みを作り出した。
「好きな奴を殺されて恨まない奴がいるか?」
剣を首に向けて突きさしたが、要田は俺の目の前から消えていった。
後に残ったのは、俺が誕生日に渡したループタイだけ。
この世界でたった一人の片割れ。俺の半身。ずっとずっと可愛がってきた弟。ずっと一緒に戦ってきた。ずっと一緒に道を歩んできた。ずっと、ずっと、生まれてからずっとだ!要田がUNCの判定を受けて、離れ離れになっても、王族という地位を使って、管理人を脅し、裏ルートを用意させて、ずっと一緒に過ごしてきたのに。お前は俺から離れていくんだな?せっかく石崎を消したのに。レイという俺達の計画の邪魔も消し去ったのに、お前は馬鹿なことに女の為に俺を裏切るのか。
裏切ってどうするというのか。まさか、鬼呪一天に?
許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。
鬼呪一天は皆殺し。俺から要田を奪っていったのだから、皆殺し。殺す。絶対に殺す。
「殺す。」
一人の部屋に響いた声。誰も知らない、双燕の怒り。
開戦前日の夜、真壁要田が鬼波双燕を裏切った。
************
双燕との衝突の少し前―
この停戦期間終了の間際、要田はルアとひっそり会って、能力をコピーさせてもらうことになった。
「ルア…すまなかった。」
「…今更もういいだろ。」
ルアは謝罪を受け取って、軽く笑うと要田に手を伸ばした。
「裏切ったことは怒ってる。でも、今は仲間だから。全部終わったら、俺の分もソウの分もレイの分も全部罰は受けてもらう。」
「あぁ、そのつもりだ。」
要田は深く頷いて、ルアの手を握った。
『コピー』は触れた対象の能力をコピーする。鬼呪一天が挙兵するという建国式の前日、要田は津宮に自分の計画を話した。
そこから要田の逃走経路を確保の話しが鬼呪一天の中で成され、試行された。しかしどの方法も確実とは行かず、要田が双燕のもとから確実に合流するには難しかった。そこでルアが自分の能力をコピーさせればいい、と言い出し、今の形になった。
「それとお前のお姫様から伝言。『今度は私が傍にいるから。』だとさ。」
ルアはそう言って消えていった。一人になった要田はその伝言を聞いて微かに笑った。
*********
ルアの能力で双燕の元から脱した要田は今、鬼呪一天の拠点に辿り着く。
「ほんとに来た!」
要田が着いた時、拠点の前にいた俺とすぐに目が合った。そろそろではないか、という勘の元、俺は待っていたのだ。要田は俺を見るなり、頭を下げた。
「津宮…すまなかった…」
え、と驚いて顔を上げてよと言うが、要田はそのまま続けた。
「謝って終わることじゃないが、こうでもしないと俺はお前と顔を合わせられない。津山を使うために酷いことをしてきた。さらには、あいつを……なのに、お前達は麗奈を救ってくれた。俺は……」
要田の言葉の中、俺は「紘と俺のことは別にいいよ。確かに酷かったけど、おかげでレイと出会えたわけだし、俺は強くなった。」と言って笑った。
「それに、レイのことも……井月が教えてくれたんだけど、お前は別に何もしてないんだろ。むしろ、俺達を生かしたのは、真壁要田だった。」
要田は顔を僅かに上げて、暗い顔を見せた。
「そうだとしても、あいつを追いやったのは俺だ。」
「お前も気づいてんだろ?」
クルは微かに笑って、拠点の方へ歩き出す。
「レイは、生きてる。」
俺が言うと、要田は顔を気まずそうに歪ませていた。
あの時、あの場で涙を流していた奴が、演技だったはずがない、と要田は思っていた。確かに死体がなかったことや、監獄の崩壊は十分な生存を示しているのだろうが、要田には、まだ生きているとは言い切れない思いだったのだ。
「津宮……」
「それはそうと、中で待ってる人がいるよ。早く行ってあげなよ。謝罪も、罰も、全部終わったらでいい。今は一緒に戦ってくれるんだから、仲間だ。」
俺は先に歩いて、拠点の扉を開く。漏れ出る温かい光の奥に、微かに見えた黒く長い髪。
「お前も、大概だな。」
「人ってそんなもんでしょ。恨み合ってたらキリがない。」
俺の中で『拾える石まで捨てるもんじゃない。』というレイの言葉が過った。
*********
クルに続いて、要田は鬼呪一天の拠点へ入る。
入ればそこには要田を待ち続けた一人の少女が立っている。二人が確かに想い合っていること、それは二人が抱き合い涙しているのを見れば、十分にわかることだった。




