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異端の子  作者: 水園寺 蓮
師弟編
69/93

異端児と孤独の天才

 自分は世間から天才と言われる人間だ。しかし自分はそう思わない。ただありありと有る事実からわかることを並べて、わからないを解明へ至らせるだけ。それは天才と言われるものではないと思う。


 天才という肩書は自分を孤独にした。幼いながらに親に与えられたのは愛ではなく無数の本と問題集。学校でも友人ができることはなく、天才だと一線を置かれ続けた。今の居場所ですら大差ない。自分の所属はUNC管理人・研究開発部。主にUNCの能力や体質などを研究する。その成果からUNCに有効な武器やあの能力の対抗策を作り出す。


 その中でも自分の専攻はUNC能力について。譲渡が可能なのかや、段階、限界などを研究している。五段階を見つけたのも自分だ。その成果から研究開発部の個人ラボを貰っている。とはいえ、真面目な研究者ではなくよくサボっているわけだ。


 研究開発部の建物はUNCを育てている隣の塔で、その間にある庭の研究棟の裏手の庭は人が滅多に来ないサボりの穴場。自分のお気に入りだった。

天才、と言われながらも人との交流はなく、サボりもしていて本当に友人などいない。まさに孤独。


 だが、自分が二十八歳の時に、それは壊されていくのだ。


 今回のUNCの二次審査も無事に終わり、隣の塔は昼間、実に元気な声が響くことが多い。それをうるさいとは思わないが、不思議と孤独が心を蝕む。今日もサボり場所に行こう、と研究室を出て適当に売店でコーヒーとサンドウィッチを買った。廊下で誰にもすれ違わずにサボり場所まで行けたが、ベンチに座ってすぐ自分は先客の存在に気づいた。


「は?」


 ここにいるはずのない、いていいはずのない存在。隣の塔から勝手に出られるはずのない子どもが、なぜかここにいる。


 持っていたサンドウィッチを落としかけるのを防ぎ、自分の声に首を傾げた先客の子供を見つめた。


「…お前、UNCか?」


「……UNC?僕は鬼波零斗だ。」


 鬼波零斗のことは知っていた。名前を聞いてすぐにデータベースに辿り着く。

UNC№0015の問題児。確か、今の担当はまだ子供の勝井虹奇とかいう奴。


「なぜここに?」


「かくれんぼだ。」


 確か、今四歳。そんな子供がはきはきと話すのだ。


「…ここは研究塔の方だよ。帰りな。」


「勉強サボってんだ。しばらくここにいさせて。」


 噂通りの問題児。勉強をまともにしない、悪戯、逃亡を繰り返し管理人を困らせる。


「…いてもいいけど、この問題に答えてみな。」


 自分はこいつを追い返す気で問題を出した。子供ならば知らないであろう問題だ。


「そこに咲いてる花は、お前ら子供に使う対抗材の一つだ。どんな効果がある?」


「……カラスバネ。UNCに対してのみ、思考判断力を極端に奪い、弱らせる効果がある。人間には猛毒の危険な植物だ。」


「…。」


四歳が、こんなにも知っているのか?サバイバル学はまだ始まってないはずだ。


「…じゃあUNC能力のおおよその発現平均年齢と、UNCと人間の違いを述べてみろ。」


すると鬼波零斗はすらすらと答え、間違いどころか、求めている以上の回答を出してきた。


「…お前、四歳じゃないの?」


「四歳。」


四、と指で作る様は本当に子供。自分はそこで理解した。この子供は頭がいいのだと。

その瞬間、初めて孤独が消えた気がした。自分と同じような頭を持つ人間を直感が見つけ出したのだ。


 その日はその後勝井が子供を見つけ、鬼波はまた来ると叫んでいなくなった。

自分はたしか苦笑して見送った。



 鬼波は三日と空けず再びサボり場所にやって来た。


「まだあんたの名前聞いてなかった。」


「あー」


「なんて呼べばいい?」


「矢辺亮。好きに呼びな。」


ふうん、と鬼波は頷いて持ってきてた本を自分の隣で開いて読み始めた。読んでる本は四歳児が読むとは思えない、というか自分の書いたUNC能力についていの解剖録だ。なんでこいつ読んでんだ…


「…あんた、頭いいんだろ?」


「まぁね…」


「兄貴の授業はわかってることばっかなんだ。僕はもっと先を知りたい。教えて。」


「勝手に勉強しな。」


「限界がある。」


「…少なくとも、自分の義務ではない。」


 そう言うと、鬼波は少ししょげたように本を捲った。それがどうも罪悪を感じる。

大体、子供の読むこの本は、自分が書いたものながら決して子供が理解できるものではない。理解できるものなら恐ろしいくらい、自分の研究成果をまとめあげたものだ。もしも、これを理解できているなら先日思ったよりも数倍頭がいい。こいつは…


「…わかった。教えてあげてもいい。ただ条件付きだ。」


鬼波はぱぁっと顔を輝かせた。


「実験に付き合え。それならお前の知りたいことに全部答えてやる。」


若干、驚いたような顔をしていたが、子供はそうこなくちゃと言わんばかりの顔をして「いいよ。」と答えた。




 それから、自分の作った道具の実験を手伝ってもらいながら、鬼波に算数、歴史、科学、調合…他にも結構教えた覚えがある。特に自分が力を入れて教えたのはUNC学と科学だ。


 鬼波は教えただけどんどん賢くなっていくまさに神童。時々、自分が気づかなかったような結果を見つけ出してくれるよき研究者でもあった。

それらに加えて、自分は人生において唯一自分の研究につき合いきれる人間を見つけたのだ。


「今日は人体の勉強だ。」


「あれ、こないだの続きは?」


「そんなことより貴重な勉強になる。生きた個体が手に入るのは珍しいぞ」


 そんなことを言いながら、鬼波を自分の研究室の地下へ連れて行った。途中、確認を忘れていた、と足を止める。


「人間を切れるか?」


「人体解剖でもするんすか」


 そうだ、と言えば鬼波は微妙だという顔をした。何度も見てきた。部下になった連中と散々な研究を繰り返してきたが、全員が吐瀉物を撒きながら去って行った。


「まだ見たこともやったことがないんでなんとも。」


 この返事は初めてだった。無理なら無理で、今後の研究につき合わせるのは厳しいから、そのうちここへ通うのをやめさせるが、まだ可能性がある。


「なら今日のところは見学だ。自分がやる」



 とある部屋には台の上で藻掻く男の体がある。怯えた顔をこちらに向けていたが…今更の話だ。


「記録の用意」


 自分は手袋をして鬼波が端末の方を用意した。先に鬼波には手袋をさせてある。もしかしたら、やらせるかもしれないと思ったためだ。


「この男は本国死刑囚番号088。大量殺人の罪でここに送られた。」


「殺人の場合は研究室のに送られるってこと?」


「色々な要因を鑑みた結果だ。ここへ送られることは滅多にない。それでもここへ来たということは、この男が救いようのないクズでせめて研究に貢献させてやろうということだ。」


 鬼波が素早く端末に打ち込んでいく姿が見えた。このどうしようもない男はやめてくれと目で訴え続けているが、その様子に鬼波が怯えを見せることも、辛そうな顔をすることもなく、ただそこで作業をしている。まずは問題なさそうだ。

この時点で部下の何人かは離脱した過去があった。


「今回は最初にいくつかの臓器を回収した後、そいつらを移送し、残った部分で実験を行う。実験内容はファイルに入れてある。自分が臓器の回収をしてる間に確認しとけ」


 ラジャーという声を聞いたら、自分はもう作業に取り掛かる。読むのが早い鬼波なら三分もあれば読み終わるだろう。そのあとはこっちを多少手伝わせよう。


「……読み終わったか」


「丁度ね」


「ならクーラーボックスを用意しろ。一つ目がもうすぐ回収できる」


「ねぇ僕さ、本物の臓器見たことないから見てからでもいい?」


 まさかそう言ってくるとは思ったことがなかった。自分は少し間を開けてた招きすると、鬼波がジーっと穴の開いた男の腹を見て、中身を丁寧に見ていく。吐く様子もなく、むしろ好奇心で輝く瞳がそこにはあった。


 全ての工程を終えても、鬼波が顔色を変えることはなく、四歳が故に理解してないのかとも思ったが、どう考えてもわかったうえでのこの好奇心。この後に行った人体実験の詳細は省くが、鬼波はそれを見ても記録の仕事を全うしたうえ、助手紛いの仕事もほとんどこなしてみせた。強いて違う反応を見せたことと言えば、男が「死ぬ」と叫んだ時に、殺しまでが実験なのかと聞いてきたことだ。


 場合によっては死人が出る実験。それでも本来は殺すつもりはない。ただ実験の結果が悪いかいいかだけの結末。鬼波にはそう説明するとそれ以上何も言わなかった。結果として男は記憶の混濁が見られたが、命は残った。この後の男は別の研究室に送られて治療とともに他の実験が施されるが、自分の管轄ではない以上、鬼波には語らなかった。だが、聡い鬼波は端末のファイルにある書類をすべて見ていて、男の結末を知っていることだろう。


「鬼波…どうだった?」


「まぁちょっと酷いけど、楽しいと思ったよ」


「そうか。まだ酷いと思えるなら、お前はましだ。」


「思わないの?」


「繰り返しているうちに思わなくなった。必要なことでもあるんだ、ってな」


 鬼波はそっか、とだけ言って片付けである血痕のふき取り作業を淡々とこなしていた。やはり、鬼波は唯一だ。自分はこの子供と出会うべくして出会った《《同じ側》》の人間だ。


「鬼波、お前はもう実験に付き合わなくていい」


「それじゃあ約束が崩れる」


「あぁ代わりにお前を助手にする」


「それ、結局実験手伝うってことでしょ」


 自分は仮にもこの研究室の室長、多少の権限を持っていて、実現しようと思えば実行できるはずだ。


「お前を助手にしてここへの出入りを合法化できる。いつまでも勝井を悪戯で足止めするのは不可能だろう」


「UNCを助手にできるとは思えない」


「書類上は実験協力者とするが、こっちでの扱いは助手だ。幸い、お前は一次UNC。その中でも能力の発現が現状ない。観察でも研究でもお前を引っ張る理由は付けられる。」


 今までもしようと思えばできたが、わざわざしてやるつもりもなかった。最初は、仮に賢いとはいえ、ここまで自分につき合えるとは思えなかったからだ。だが、今日のでおおよそのことはわかった。《《同じ側》》であるなら自分は最大限の手を尽くそう。こいつなら完全に同じ土俵に立てるというこの確信は、最初に会った時に感じたあの直感は正しかった。


「助手になるのか、ならないのか?」


「お師匠様にわざわざ答えが必要?」


「いや、もう貰ってるな」



 以来、上に研究のために能力の発現していない鬼波を引っ張ることを承諾させ、勝井に研究塔まで連れて来させ、その後は自分の管轄。助手として様々な研究を手伝わせ、鬼波の好奇心勉強も手伝った。正式に出入りができるようになったわけだから、鬼波はほぼ毎日通うようになり、自分も研究成果が増えるものだから、上は自分のことに対して何も口出ししなかった。部下も、自分が研究をしていると喜び、どんなことかまでは一切気に留めずに自分達の仕事をこなしていた。


 


 一年もすれば、すっかり慣れて、鬼波もかなり勉強が進んだ。同時に、五歳の鬼波は自分と唯一対等な研究者だった。他が皆、UNCの弱体化方法を模索する中、既存のものの最適化を図る自分達。しかも鬼波のおかげで自分は段階のさらなる詳細を突き詰められそうだ。


 今、UNC能力には五段階があることはわかっているのだが、それが五が最後なのか、まだ上があるのかという最終的にどうなるかまではわかってない。しかし鬼波の協力でそれが五が最高であると明確にわかっている。鬼波は能力を発現してないが、周りを見る観察眼に優れており、発現している人間の様子から考察してくれているのだ。ついでにその今年の平均も図ってもらっている。


 そんな最高の弟子は一年後、島入りしてしまう。だが、勝井経由で何度か話すことができた。それでも、再び空いた心の穴は簡単には埋まらなかった。

対等に話せた弟子は、離れた島で毎日を生きていて、連絡も全然できていない。

そこで、自分は自分の最大限の技術を持ってプレゼントを用意した。鬼波の十歳の誕生日に間に合うように。



 十歳、鬼波は今頃楽しく祝われていることだろう。いつも話していた仲のいい二人。あの二人と一緒ならきっとあいつは大丈夫。もちろん心配で、すぐにでも様子を見に行きたいが、信じている。鬼波は総合成績こそ真ん中だったが、その真の実力は自分が良く知っている。だからこそ、自分は最高のプレゼントをつくり上げた。


『師匠?』


 送ってから数時間後、自分の部屋に響いた呼び出し音を取れば、懐かしい声が聞こえた。


「…久しぶりだな。無事に繋がったようで何より。」


『ほんとに、師匠?これ、繋がってる?』


「あぁ。繋がってる。自分の最高傑作だ。」


『すごいや。これで、師匠ともいつでも話せる。』


「?も、って…」


『あ…』


やらかした、という言葉の『あ』。

自分はそれで大方の予想がついた。勝井と、鬼波の絆を見た。

微かな嫉妬を感じたが、それよりも大きな成果がそれを消し去る。


「鬼波、これからも研究手伝ってくれ。」


『もちろん。師匠は友達作り頑張って。』


「…まぁ。」


 そこでその日の連絡は終わる。自分は連絡を取れるように、必需品でもあったナイフの中に、通信機を搭載した小型ナイフを仕込んで置いた。鬼波なら気づくと思った。気づいてくれてよかった。

審査にも引っかからないナイフの贈り物は、自分と鬼波を繋ぎ続ける証。


 鬼波が一人になっても自分だけはこっちからUNCの研究を共に行い、UNCの解明をした。鬼波はUNCへの理解を深め、確実に強くなったようだ。


 心配もあったが、弟子の再出発を祝いながら自分は管理人研究開発部の責任者となった。一研究室からの出世…もっと早くなれていれば、と少し思った。


 多少なり周りに人ができ、孤独というのはなくなった。鬼波のおかげで自分は人と話せるようになっていったのだ。


 鬼波が勝井と再度連絡を取り始めた時、自分は研究開発部の責任者としてアポを取り付け、勝井と話した。


「どーも。」


「矢辺さん、今日はどういった?」


 研究開発部からの珍しい接触に勝井は警戒を抱いているようだ。当然だろう、勝井は鬼波との繋がりがある。それは他に知られてはいけないこと。自分の存在は、勝井にとって鬼波を研究していた研究者でしかない。それ以上の話をしたことがなかった。だが、今はもうお互い隠す必要がないはずだ。


「…えーっとまぁ、鬼波のことで。」


「…。」


 自分も勝井も鬼波の協力者。手を取り合う時だ。


「あなた、あいつと一緒に管理人探ってんだよね?」


 勝井の表情には微かな動揺。自分への警戒が高まったのは確かだ。


「安心してよ。自分も鬼波の仲間。師匠として弟子を助けてんの。」


 そう言うと、勝井はそれなら、と態度を崩してきた。


「…あんたもレイに振り回された側か。」


「いや、いい弟子だよ。唯一対等な研究話ができた相手。」


 さらに昔からの繋がりを話してやれば「嘘だろ…」と勝井は頭を抱えた。まぁそうだろうな、勝井は鬼波に散々振り回された。その話を鬼波側から聞かされているし、想像はできていた。


「あなたは苦労してたみたいだな。」


 勝井の頷きに苦笑しながら自分はトランシーバーを差し出す。


「鬼波の為に、仲良くしよくしてくれ」


「言うまでもなく、そのつもりです。」


 ここに、鬼波の為の同盟ができた。

後に鬼波も知るが、しばらくは内緒にしておいた。鬼波がチーム結成の祝いに自分が暴露したのだ。いいプレゼントになったろう。



 師として、自分の務めは弟子を導くことだ。弟子が動き出せば、自分もそのために用意を決めて動き出す。監獄にいようができる準備はいくらでもある。どうせ迎えに来るんなら、それまでに用意もしておかなくては、と用意もしたうえ後々の準備もして、研究室とは別の場所に隠してもある。


「…鬼波…もうすぐだな。」


 かつて繰り返された実験場はサボり場所。小さな庭は今はもう暗い空の下にある。いよいよ鬼波は最後の戦いに向けて動き出す。

自分もそのために、用意してきた。面倒な上とのしがらみも、給料の少ないことも…この国が変わるまで、あと少し。


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