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異端の子  作者: 水園寺 蓮
師弟編
68/93

影差す

 矢辺を守るようにしながらルアとソウは行ってしまった。灯骨はそれを羨ましそうに見ていたが、レイに首根っこを掴まれた状態であの氷のステージに飛び乗って脱出することはできない。


 残った灯骨は嫌そうな顔をしている。わかってしまっているのだ。これからレイという人間が何をするかを。


 灯骨はレイの悪戯仲間として最高な存在であったから、当然わかってしまう。灯骨も日常では悪戯は割と好む側で、レイのクリスマス逆ドッキリパーティーでは、仕掛けの隠蔽に一役買っている。レイの悪戯のどこから出てきたとなる仕掛けは灯骨のお助けあってこそ。同時に、灯骨一茶は鬼呪一天で唯一の結成前のメンバーである。だから、一人目である三月も、二人目である田中も知らない。結成前に、加わることが決まっていて、拠点が出来上がった日にはもう、中で根を張っていたのだから知る機会もなかった。



 あの初期の頃、レイは襲撃を繰り返し勝井に隠蔽してもらっていたわけだが、たった一人で全てできただろうか。答えは否である。隠蔽のことはノーカンとしても、レイには心強い協力者がいた。それこそが灯骨一茶である。


「懐かしいな、一茶。あの頃みたいだ」


「俺はもう嫌ですよ」


「そう言う割に、残ることに文句はなかったじゃないか」


 だって面白そうだったもんで、という言葉は言わなかった。言ってしまえば、灯骨もまた、このイカれた師弟と同じ側になってしまうのだから。


「お、来たな」


レイは面白そうに先程から吊るしていた首をやっと地面に置いた。やって来たのは、守護神の残り。死んだ守護神の気配を辿ってやって来たらしい。


「侵入者」


「殺す」


 巨漢は二人に向かって一気に突っ込んだが、二人の目の前で倒れる結果に終わった。巨漢たちは不思議そうに自分の足を見て止まった。二人には足がない。正確には、ひざ下半分がなくなっていた。


「頭が足らないとはいえ、戦力としては最高の守護神たちが双燕の応援に派遣された厄介だからな。最初に戦闘不能にしとかないといけない。」


「………」


灯骨は表情を変えることなく、自分の指を鳴らして、一本のピアノ線を出した。


「いつも通りでいいんですよね?」


「そういうこと」


 巨漢は己の状況を理解した後、レイに襲い掛かろうと、かろうじて残された膝で立って動き出したが、レイに伸びた手は肘先から消えて、血だけが静かに垂れる。だが、その血もそれほど酷くない。まるで切断箇所に膜でもされたかのように斬られた断面からの出血は少ない。


「その人はダメですよ。死なれたら俺の引籠り生活がなくなる」


 切ったのは灯骨だ。手からはピアノ線が数本伸びている。レイはもう一人の巨漢に近寄って、一本ずつ四肢の骨を折っていく。その横で、手まで切り落とされた巨漢の方は、残った腕を切り落とされた。


「悪いねぇ守護神さん達。応援に入られたら厄介だと思うと、こうするしかないからさ。あ、安心していいよ。腕のいい医者さえいれば、一茶の切った手足はちゃんとくっつくから。」


 レイは明るかった。こんなにも残酷なことをしているのに、全く罪悪はない様子だった。普段、人殺しを嫌い、苦しませることも好まないレイが。


けれど、灯骨はこの顔をよく知っていた。



 確かにレイは殺人も苦しめることも好まない。一方で、邪魔に対する処遇の手段は殺害以外手段を選ばない。仲間には優しく、清く、正しい希望の存在に映る裏に、残酷を極めた影があることは灯骨とあの天才だけが知っている。レイの中では殺さなければオーケーなのだ。四肢を捥ごうが、全身の骨を折ろうが、脊椎を壊そうが、死んでいなければ、死ななければ、邪魔を片付けることは何の罪悪にもならないのだ。


 仲間を守る、未来に必要な正当な手段にしか思わない。


**********


「これでいいですよね」


「流石、一茶。綺麗だよ」


「汚れるの嫌いなので」


 灯骨はそう答えながら、動けなくなった巨漢二人を見ていた。この二人が戦場に、監獄に戻ることはこの先一生ない。殺しはしていないが、彼らの人生はここで終わった。終わりなのだ。死も同然じゃないか、と灯骨の理性が言ったこともあったが、仕方ないのだ。仲間を失うのと、誰かの人生を奪うことを天秤にかけた時、知りもしない誰かの人生まで救ってられない。全部救おうとすることはできない。レイは、お人好しだと言われるが、それはあくまでレイと関りがある人間限定だ。


 何の関りもない他人には、こうしてレイの黒い部分が鋭く突き刺さって人生を狂わせる。レイは選択ができてしまう。皆の思うほど、お人好しで全部救おうなどという甘く綺麗な考えはレイの中にない。


 あのお人好しの裏にはこうして人生を壊された人間がいくつもいるのだ。生きているが、終わりの人生。レイも灯骨も、骨を折ること、切断することは上手く、不思議なことにきちんとした治療を行えば、骨折は戻るし、縫い合わせれば戻せる。だが、管理人の下っ端と看守たちのような、上の連中にとってどうでもいい人間がまともな治療を受けれるはずはない。ましてや人体を改造された人間など…


 二人はそれをわかっている。


「戻ろうか。」


「…あの男にしてあんたあり、ですね。よくわかりました」


「褒めてるのか?」


「褒めてますよ。」


 レイが、矢辺の作った現場を見て顔色一つ変えなかったこと、灯骨は見ていた。ルアとソウでもうわっという顔をしていた中で、平然と生首を拾ったレイ。灯骨自身も平然とできてしまう、自分の性質を嫌っているが、抑えきれないものがあるのも理解している。



 それこそ、灯骨がレイの仲間になった本当の理由。


 灯骨はかつて異常者として海馬でいじめらていた。おいやられた結果、引籠りとなり、能力にも目覚めた。目覚めた、というか能力に気付いたのだ。いじめられた原因は今の灯骨の記憶にはもうない。灯骨に残ったのは罪の数だけ。


 けれど、海馬島の記録には明確に残っている。


『堕天使壊滅事件』


 当時の海馬には堕天使というイキがっていたチームがいて、灯骨は暗いだのなんだのよくいちゃもんを付けられてはサンドバックにされていたそうだ。その時は灯骨にも友人や仲間がいて、庇っていたのだが、ある日、灯骨はたった一人で堕天使の面々をバラバラにして殺害した。所属していたのは十三名。誰一人、生き残ることはなく、殺害現場には、異常と言わざるを得ない光景が残っていたそうだ。


 十三人の手足はもちろん、頭部も内臓も、胴も滅茶苦茶になった現場は血の海。そんな血の海の上に、見事な仏像だけがあった。


 だがそれはただの仏像ではない。人間の死体で作られた仏像。十三人の死体をバラバラにした後で、パズルのように作られたらしい。


 灯骨は管理人に捕獲された。けれど、本人の事情を鑑みて、要注意人物として管理人は島に戻した。以来、虐めは直接的なものではなく、遠巻きされるという恐怖からのものになり、灯骨は引籠りになった、ということである。この異常な事件から、灯骨は定期的に管理人と通話をすることが決まっており、今も要注意人物であることに変わりはない。


 そんな灯骨の前に現れたのが、レイだった。引籠りの場所がかつての仲間には知られていて、皆島を出る前に、灯骨を焼き殺そうと画策してその場所に火を放った。灯骨もそこで死んでしまおうと思っていた。


 異常者の生きる場所は、この先にも存在しない、と。


 自分のやったことが異常なのは理解していた。それでも、止められなかった。殺して、バラして、集めて、作ったあれを、灯骨は美しいと思っていた。自分のおかしさは正しく理解して、恐れていた。だからこそ、迫る火を見ても、あぁ終わりなんだ、くらいにしか思わないで逃げようともしなかった。


「異常者ねぇ、ただの引籠りに見えるけど」


 その声に灯骨は火の中で眠ろうとするのを止めた。ここで終わりなんだ、と思ったついさっきの感想は一気に灯骨の中で失せる。


「誰だよ」


「樹炎で死んだ鬼波零斗。」


「幽霊が何の用。お迎え?」


レイは笑って、灯骨の横に座った。


「異常者のお迎え、かな。」


灯骨は起き上がって、レイの首に素早くピアノ線を這わせた。


「お望みなら殺すけど。」


「殺したがる奴の顔じゃないね」


灯骨は一瞬手を緩めたが、すぐにレイを睨む顔に変えた。


「自分を恐れられるなら、まだ大丈夫。本当に恐ろしいのは、自分を恐れられない本物の異常者だ。」


「あんたは余所者だから知らないんだ。俺は―」


「堕天使壊滅事件なら知ってる。知ってて君を勧誘に来た」


灯骨は何言ってんだこいつと言わんばかりに唖然として、ピアノ線も、被っていた布団も落としていた。


「灯骨一茶、僕と一緒に地獄に落ちるのはどう?」


 灯骨はその言葉につられて、穴倉を出て行った。終わるのは幽霊の話を聞いてからでも遅くないと思ったからか、地獄へ誘われたことが面白そうだったからかは灯骨の記憶の中では定かでない。





 穴倉を出た後、燃える山を見ながらレイと灯骨は狩りたての熊の肉を焼いて食べていた。


「俺を認めてくれんのはいいけど、俺戦いたくないよ。殺しもしたくない」


灯骨は島から出ることには納得し、レイの仲間になることも了承しかけているところだった。


「僕も殺しは好まない。それでも、僕は戦うんだ。」


「いつかは殺す時が来るよ」


「それでも、だよ。大体、四肢を折ればしばらくは戻ってこない」


「それいいね。俺も今度から切り落とすならそうしよ」


 二人は静かに食べながら燃え尽きて倒れていく木に目を留めていた。灯骨はレイを計りかねていた。異常者であることそのものを認め、殺しは好まないくせに、戦渦に身を投じる。理解はできなかった。


「灯骨は戦わなくていい。ただ僕に力を貸してくれればいい。好きなだけ引籠って、好きなことをすればいい。金も衣食住も負担するから」


「人が良すぎる。その力を貸すがとんでもないんでしょ」


「どうかな、拠点を隠してほしいのと、僕が襲撃の時の隠密に協力してほしいのだけど」


「ちょろくない?」


 灯骨は別に、外が嫌いではなかった。ただ自衛の術が、引籠りなだけで、外は好きだし、動くのも好きだった。もちろん、寝るのは寝るで好きだが。


「そういうことならいいけどさぁ…俺やらかしたらごめんね」


「問題ない。僕だって異端者だ。仲良くお互い止めればいい」


 この人なら平気かもしれない、そう思ったのは灯骨の中の勘だった。そしてその勘は間違っていなかった。


 今がそれを示している。



**********


 こんな現場を一緒に作っても、自分達のしたことをお互いどこかで背負ってはいても、振り返らないでいられる。仲間を守る影だから。これが、正しいことだから。


 共犯者。それが二人の関係。


 灯骨は、人殺しを好まない。レイも、好まない。


けれど、守るべきもののために、自身に影を落としていくことは厭わない。


 監獄からは絶えず人が溢れ出ていて、混乱は続いているようだ。レイは振り返ることなく、師にこっそり渡されていたスイッチを押した。灯骨は静かに崩れ始めた監獄を見た。


――――――事故ならば仕方ない。


 殺しをしない主義のお人好しなんて、本当にいると思うか。

それも、こないだまでの話。鬼波零斗は初めて人を殺した時からもう、そうで在ることを捨てた。仲間を守るため、レイの中で殺しは必要な手段になりつつあった。灯骨はそれを知っている。鬼呪一天の殺さない主義が崩壊しつつあることを知っていた。この先の戦いで死人が増えることを誰よりも知っていた。


 殺さなければ殺される。


「総長、あんた王様向いてないですよ、絶対。」


 監獄から目を離し、船の方へ二人は向かっていた。後ろの混乱も悲鳴も何も聞こえない世界。


「それは知ってる。結末は変わらない。」


 船はもう出航間際、ルアが二人の姿を見て急げ、と叫んでいる。その背後で、目を細めながら崩れる監獄を見つめているのは、これまた狂人といわれる天才、矢辺。


「影は俺が引き受けますから、ちゃんと笑ってください」


 灯骨がレイの背中を叩けば、あとはもういつものレイがいる。この共犯者は、誰も知らずに罪を重ね続けている。





――――――――四肢欠損事件


 千殊島への移動が始まった頃に、一部の組織所属者が四肢欠損の状態で搬送された。四肢の骨折、欠損は酷く、結果的には治った者が多いが、過去に、各出身島にて管理人指導を受けた面々が揃って搬送されている。このことから管理人は襲撃者の正体を××―――――


                                     『管理人新聞部 2021年4月3日発行紙抜粋』



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