脱獄
え?矢辺さんの脱獄?
あーそれは…あぁそうだな、うん。説明するわ。
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潜水艦はすんなり監獄の港を通って、停泊まで無事に終わった。
「いいか、時間はニ十分だ。ニ十分後にはここを出る。それまでにお前達はあいつを連れてここに戻ってないといけない。」
「しかも穏便に、だっけ?」
「そうだ。」
勝井は降りる準備をしながらレイに向かって念押しをしているが、俺には意味がないように見える。だって見てみろ、あのこれから悪戯しますよって顔。穏便に終わるはずない。
「僕らは穏便に動くよ、そのためにあいつ連れてきたし」
「「あいつ?」」
俺とソウはあと誰かいただろうか、と船の中を見回した。もちろん誰いない。簡易的な家具や収納庫、その他は木箱。そういえば、あの木箱は一体…?
「一茶、出番だ」
木箱の蓋をパコっと開けて出て来たのは以前よりも髪の伸びた、パジャマっぽい姿の灯骨一茶。嫌そうにレイを見ながら、行かなきゃダメと目が言っている。
「本国のホールケーキ三つ。」
「行くよ、わかった。」
灯骨一茶は、ホールケーキ三つでつられてきたらしい。
「灯骨が来るのはわかったけど、どうするつもりだ?」
俺は灯骨をよく知らない。能力が拠点を隠していたというのは知っているが、結局能力の詳細を知ることなくここまで来ている。穏便に済ませられるだけの能力者なのだろうか。
「一茶の能力は前にざっくり説明したな。あれは超絶ざっくりしてて、ちょっと細かくすると、条件次第で、僕達の姿は他人から見えなくなる。」
これまた適当なざっくりとした説明が終わったと同時に、爆破の衝撃音と共にこちらも揺られた。まるでこの監獄島そのものが揺れたような感覚。
「……嫌な予感がする」
勝井さんが心底最悪だという顔をして梯子を上って行った。
「……あんの馬鹿…!勝手に行動しやがって」
勝井さんは外に顔だけ出して拳を作っていた。どうやら迎えに来たはずの人物が一騒動やってしまったらしい。流石、レイの懐いた人だ。レイなんて笑ってる。
「作戦は変更らしいな。兄貴、こっちも勝手にやらせてもらうよ」
「絶っっっっ対に姿は見られるなよ!」
勝井さんはさらなる念押しの後、行ってしまった。あの人も苦労するな。
「さぁて師匠様を迎えに行こう」
俺達もそっと外に出て行動を始めるのだが、こんな混乱でどうなることやら。
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牢屋の中に用意したモニターの一つは、港の様子を映している。見慣れた潜水艦、矢辺にはわかった。
「看守、俺の弟子が迎えに来た。あれをやる」
矢辺はマスクの下で笑いながら牢の扉を開けた。看守の男は敬礼をして、とあるボタンを差し出す。矢辺はそれを受け取ると、迷わずに押した。直後には監獄が揺れる爆破の衝撃。
「さぁて合流しに行くか。世話になったな、看守」
「滅相もございません!隠蔽の方は問題ありませんからどうぞご安心を」
「あんたはさっさとここを脱出しなよ。死にたくなきゃ、な。」
矢辺そう言い残すと、堂々と廊下を歩き出して、階下へ向かう。
矢辺は最重要監視人物の死刑囚として最上階で処刑日を待っていた。レイが来ようが来まいが、前日にはこの爆破で脱走を企てていたのだから、計画に何の問題もなく、矢辺は一歩ずつ階段を降りていく。
矢辺が脱走をすることは簡単だった。それでもしなかったのは誤魔化しが効かない連中の引き付けを誰にさせるかに困るからだ。先ほどの看守を含め、上層階の担当者はおおよそ矢辺の手によって飼い慣らされている。なんなら前にいた地下監房も矢辺の手中だ。それでも、この島の出入りを見張る連中は誤魔化せないし、脱走者を始末する、この監獄の守護神だけはどう出し抜いたもんか、と常々考えていた。レイが来なければ、リスクを承知で他の囚人も解放させて、とりあえず逃げるという策だったが、レイが来ているのならば、遠慮はいらない。
矢辺はもう一つのスイッチを押した。
今度は囚人たちを解放するもの。階下では早速脱走を始めた囚人と看守たちの喧騒が聞こえだす。
「鬼波、お手並み拝見といこうか。」
もう一歩階段を降りた時、矢辺の姿はいきなり階段から消えた。
監獄内は乱闘状態。看守と囚人が入り混じっている。この喧騒では、あいつ一人探すのは無理だと勝井は中に入ることを止めた。外から登るにも、現在矢辺のいる場所は最上階層。処刑が決まった後、脱走の難しいよう孤立させられた塔の一つに映された。だからこそあいつの独裁が一層強まって始まったわけだが…
『兄貴、守護神の場所だけ調べてきてくれ』
レイの無線に勝井は狙いを理解し、すぐに管理人棟の方へ向かった。
中は誰もいない。それもそうだ。本棟であんな騒ぎがあれば、看守の加勢に行く。がら空きでありがたいと思いながら、適当なパソコンを立ち上げて、管理システムへログインした。
「こりゃすぐ遭遇じゃあねぇか…?」
勝井はマップに表示された守護神の赤丸に顔を引きつらせながら、レイに場所を伝えた。矢辺の現在の囚人番号はS-0282その座標と、赤丸は一つ階を隔てているだけ。この混乱に乗じて、もしかしたら守護神には矢辺の暗殺が下されているのかもしれない、そんな考えが勝井の頭を過った。
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中への潜入は簡単だった。騒動のおかげで警備員も看守もみーんな本棟に大集結。勝井さんにもらった位置情報をもとに、レイは氷で作ったステージで俺達を運んでいた。
「結局、どういう原理なんだよ。」
「えーっと、俺が説明しなきゃだめですかね…」
「本人だろう」
灯骨は布団にくるまって出てくる気配などなくて、小さい声でしゃべっている。どうしたもんか、と思えば、レイが笑って説明を始めた。
「一茶は自分が引き籠っている場所にいるものあるもの全てを引籠りの一部として、自分とともに隠してしまう。そのおかげで拠点は隠れていたし、僕達は今、誰にも見えてない」
なるほど、とやっと納得した。さらなる説明では、灯骨が認めていれば、入れるし、見つけられるとのことで、こないだの秋崎襲撃事件の真相もここで明らかにされた。こいつがレイを起こすためにわざとやったことだそうだ。
「とにかく、師匠を回収すれば簡単に終わる。一茶は戦わなくていいから」
「うぅ…帰りたいですぅ…」
「じゃあさっさと終わらすために協力はしてくれ」
灯骨ははい、という小さい声でレイに返していた。
レイの氷のステージが止まって、この階のはず、と窓の鉄格子を壊そうとした時、内側から何か飛び出てきた。レイは間一髪直撃を免れたようだが、代わりに、下の方へ落ちていて、下の階の窓枠の鉄格子を掴んでいる状態だった。
「気配、人、感触…殺してはないな…」
内側から突き破ってきたのは槍のようなものだけど、先端は刃物じゃなくて筒。それもハンマーのような物だ。サイズ感としてはレイの鉄パイプと変わりないのを考えると、相手は力技で突き破ってきた。
この監獄の石造りの壁を。
「…………侵入者」
俺達は下手に動かず、残された氷のステージの上で相手の様子を窺っていた。灯骨の能力を信じるなら、まだ見えてない。相手は気配だけで攻撃してきた。
「………何もいない………鳥…?いや人間だった」
顔を覗かせてこちらの方を見たのは、全身布で隠れているデカイ奴。俺達に比べたら、本当に身長も体格も違いすぎる。
「……任務、続行…」
それだけ言うと、中に消えていって、俺達は見逃された。レイも行ったことがわかると、ステージに戻って来て中へ入っていく。
「あれが守護神だ。侵入者と脱獄者を処刑する殺人マシーンズとも呼ばれる。」
「大丈夫か?」
「直撃はしてないけど、流石にビビった」
俺達もビビった。普通にあれはやばい。
レイが持ってきた薄い布を被って、灯骨の引籠る「場所」を完成させた後、俺達は慎重に進んだ。だが、先を行くレイが、急にフロアの一部屋目を覗いて俺達を覆っていた布を剥いだ。
「レイ!?」
俺は思わず声を出してしまったが、レイは焦った様子もなく、血が四方に飛び散った部屋の中央を見ていた。中央には先程俺達がやばいとい言っていたデカイ奴がバラバラになって転がっているではないか。
首だけが、レイの足元に転がっていて、レイはそれを躊躇いなく掴んだ後、部屋に立っていた白衣の男に目を向けた。
「あんた何したんだよ」
「この場所に閉じ込めた馬鹿の失敗だな。一月もあれば大きな建物の一部を仕掛け部屋にすることなど容易い、だろ?鬼波」
白衣の男は眼鏡に付いていた血を拭って、真っ白い白衣を整えると、レイに歩み寄った。
「まさか真っ向からこいつを殺すとでも?」
「相変わらずの無残さに感激だよ」
「それはよかった。」
レイの何したんだよ、の返答の時点でこの男の正体はわかりきっていた。この人物こそ、レイが懐いた天才科学者と言われる矢辺亮。
「船の場所までさっさと戻った方がいい。」
「もう守護神は倒した。あとは混乱とぶつからなければ問題はないだろ」
「阿呆。離れてる間にその頭は衰えたのか?殺人マシーンズという呼ばれがあるだろ。」
矢辺さんはそう言ってレイのことを掴むと、窓を割るよう指示を出した。
「やつらは三人いる。」
レイは悔しそうな顔をしながら窓を割って、氷のステージを作り直した。
「ルア、ソウ、師匠連れて兄貴のとこまで行ってくれ。多分もう、船に戻ってる」
「何やろうとしてんだ…」
俺の問いにレイはニカッと笑った。あぁどうやら悪戯はこれかららしい。最初からレイは何か企んでここに来ていたのだろう。俺達は早々に逃げた方がよい、というどころか、逃げなくてはならない、らしい。




